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小さな国だった物語~  作者: よち


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186/218

【186.契り】

オカ川に太陽が沈んで、星々の瞬きが大地を微かに照らしている。


閉店を迎えた土手の上。4人はそれぞれの椅子に座って無言となっていた。


「ま、まあ…女性なんて他に居ますし…」

「ナタリアは、一人しかいませんよ」

「……」


ありきたりの慰めは通用しない。

机に伏してやさぐれている男を前にして、背中を戻したロイズは脱力をした。


「…それでは、仕事の失敗と言うのは?」

「失敗なんて、してないですよ」


話題を変えてみる。

しばらくの時を置いてロイズが口を開くと、変わらぬ姿勢から失敬すぎると反論が飛んできた。


「では、何があったのですか?」

「それも……聞きたいですか?」

「そうですね。仕事の話であれば、協力できるかもしれません」


恋愛話よりは興味深い。ロイズは膝に両手を置いたまま前のめりとなった。


「私はね、仕事を継ぐのが嫌だった訳じゃないんですよ。違うことで貢献したかったんです」

「違うこと?」

「そうです。魚は豊富に獲れるのに、毎年加工が追いつかない。やり方が悪いんですよ」


伏したまま。男は不満を口にした。


「それで、あなたの考えるやり方は、あるんですか?」

「ありました…でも、却下されたんですよ…」

「差し支えなければ、教えていただいても?」

「……いいですよ。ただし、一つ条件があります」

「なんでしょう?」

「ここの支払いを、お願いします…」

「……」

「お金ないので…」

「…わかりました。アイデア料ということで、ついでに紅茶かお酒を一杯奢りましょう」


男の体を起こすため、ロイズは店主と視線を合わせた。


「効率が悪いんですよ」


ロイズに紅茶が運ばれて、ラッセルの手元に酒の入ったマグが置かれると、男はおもむろに身体を起こした。


薄い顔立ちが月明かりに照らされて、なかなかに気味が悪い。


失礼だとは思いながらも、ロイズは口説かれた女性(ナタリア)に同情をした。


「この辺りの家は、漁業で食ってるんですけどね。皆がバラバラなんですよ」


マグを傾けて酒を一口流し込むと、ラッセルは饒舌になって考えを披露した――


詳細はこうである。

漁業を営む各家庭は、それぞれが独立をしている。

オカ川で魚を獲って、捌いて加工して、干物や燻製にして保存食とする。

それを商人に売ったり朝市に卸したりして生計を立てる訳だが、各工程において得手不得手は存在するし、天候や体調によって供給が滞ることがある。


そこで集団となって、漁に長けた者、加工に回る者、両方の調整役を担う者を取り決める。


雨天の前には皆が漁に出て、火元の監視や加工品の保管場所も協力すれば、皆が助かるというわけだ。

病気やケガで動けなくなった時には助け合い、国家は糧食の心配が軽減できる――


「なるほど。それで、却下された理由は?」

「早い話が、面倒くさいんですよ」

「……」


内容は悪くない。共感を覚えたロイズが結論を促すと、端的な答えが戻った。


「新たな加工場を造らなきゃならない。保管場所も用意する。投網を作って舟も増やす。誰がやるんだ? って事ですよ」

「……」


今の苦労は先のため。

しかしながら、現状で満足している。或いはどうにかなっている状況から更なる一歩を踏み出すのは難しいという訳だ。

しかも、皆が足並みをそろえる必要がある。


「これはね、親父に言った事があるんですよ。でも、やっぱり却下されましてね。サボる奴が出てくる。誰が調整するんだ? 利益の配分方法は? って問われましたよ」

「……」

「だから役人になって、上から伝えたら、動くんじゃないかって思ったんです」


しかしながら、下っ端ではどうにもならない。

無念を吐き出すと、ラッセルは少量の酒を口にした。


「叶える方法がありますよ?」

「は? どうやって?」

「今日は、もう遅い。店主にも悪いですし、明日にしましょう。明日も、一杯御馳走しますよ」


言いながら、ロイズは右手を差し出して握手を求めた。


「わかりました…」


半信半疑。

少量のアルコールで頬を染めたラッセルは、とりあえず右手を前にして握手を交わした――



「あの人にするの?」


代金を支払って店を後にする。

都市城門を潜ったところで左を歩くリアから声が掛かった。


「悪く無いと思う。文句垂れるだけじゃないっていうのは、リアも好きでしょ?」


赴任する仲間の条件として、信頼のおける人物。更には無害。或いは有益な人物であることが望ましい。


店主が心配するくらいの人望はあって、出生や家業も把握した。酒癖も悪くなく、清貧な身なりも過酷であろう砦の生活に耐えられそうだ。


「そうね…」


何よりも、リャザンを後にするだけの要素がある。


短い青草の生える土の上。リャザン城の北側に建てられた官吏の住居群へと歩む道中で、リアは伴侶の決断を受け容れた――



翌日の夕刻。眼下にオカ川を望む土手の上。ロイズとラッセルの二人は同じ席、同じ装いで向かい合っていた。


ところどころに湧いた雲たちが、夕陽に変わりそうな太陽を隠している。


「トゥーラ?」

「はい」


薄い顔立ちは変わらずも、前日と違って頬に張りが戻っている。

ロイズが赴任の話を持ち出すと、ラッセルが想定外の地名に高い声を発した。


「最前線ですね…」

「はい。いかがですか?」

「……」


いかがと言われても…困惑の表情をラッセルは浮かべた。

スモレンスクとの国境に建つ砦。ここ数年はリャザンから毎年のように援軍が派遣され、小競り合いが続いている。

「演習みたいなもんだ」 と語る兵士もいるが、それなりの死者数は双方が出していて、危険度は増している。


「悪くない話だとは思うのです。今のリャザンには、あなたも居場所が無いんじゃないですか?」

「……」

「昨日語ってくれた素案は良いものです。トゥーラで生かして下さい」

「……」


仕事もダメ。恋もダメ。

ラッセルは、幼馴染(ナタリア)と顔を合わすのが怖くなっている。


やがて噂話が広がって、家では気まずい空気が流れるに違いない。


「私も、ここに来て2年になります。どうにも居場所が無くて…」


更にロイズは同じ境遇だと訴えた。

高官となったワルフの後ろ盾はあっても、彼と同じ道を駆け上がっていく青写真は浮かばない。


「それで……私が、あなたを支えるという事ですか?」

「形式上は、そうなります」

「はあ」

「もうひとつ……後ろに座っている女性を、支えてやってください」

「うしろ?」


ラッセルが振り返ると、麻の衣服を着た少女のような女性が座っていた。

オレンジ色の陽光が左から注がれると、染まった白い頬と大きな瞳がラッセルを射抜いた。


「……」

「よろしくお願いします」


膝に乗っていた楓のような右手が開いた。細い手首。華奢な肩。小さな身体…

瞳が追っていくと、ナタリアのような金色に輝く髪が揺れ、(まなじり)が下がって優しい微笑みが向けられた。


「はい…」


抗えなかった。危険に向かう彼女を、放ってはおけない…


託生を宿した心が伝播して、崩れるように両膝を土に接すると、彼は短い誓いを口にした――




「…というわけです」

「つまり、ラッセルさんがヘタレな上に、リア様の魅力に騙されたって事ですか?」


トゥーラ城の3階。

王妃が尚書を決した背景を語って両手を前で開くと、呆れたマルマが要約をした。


「騙すって何よ…」


一瞬の勘違いはあったにせよ、リアとロイズの関係は不変である。

王妃は不満そうに口を尖らせた。


「一つ、気になったんですけど…」

「何?」

「その…ナタリアって娘は、いくつだったんですか?」

「……」


少女の恋の自覚とは? それは、初恋なのか?


「聞いてみましょうか?」

「いえ。いいです! なんか怖い!」


リアの問い掛けに、マルマは両腕を交差して身震いをした――


「それで、参考になった?」

「はい」

「で、どうするの?」

「どうって…」


本題は彼女の三角関係。

両手でカップを支えたリアが紅茶を口に含むと、結論を急かされたマルマは押し黙った。


「今が良いのは、分かるけどね」

「そうなんですよね…」


リアがカップをテーブルに戻すと、窓から差し込む陽光が二人を照らした。


「リア様は、どうしてロイズ様と?」


憧れの女性(ひと)。理想像の参考にできるかと、マルマの丸い顔が問い掛けた。


「私はもう、あの人しか居なかったから…」


しみじみと、小さな王妃は伏し目になって答えた。素直な思いである。


「……ノロケですか?」

「違うわよ! そういうのじゃなくて…本当に、私には、あの人しか居ないの…」

「……」


カティニで救われた――


差し出された右手を掴んだのは、生涯の契りだったと彼女は思っている――

お読みいただきありがとうございました。

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