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小さな国だった物語~  作者: よち


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174/218

【174.共闘】

1167年3月14日。キエフ大公ロスチスラフの死去に始まったキエフを巡る騒乱は、ジミルヴィチの謀反、スーズダリ大公アンドレイの襲撃を経て、1170年2月現在は、アンドレイの弟グレープがキエフの椅子に座していた――


一面の雪原に白が舞う――


落涙と共に、アンドレエヴィチの棺はドロゴプージを後にした。



「公妃様。ダヴィドとリューリクの兄弟を頼りましょう。ジミルヴィチとは反目しております。必ずや力になってくれるでしょう」


馬橇の御者となったスラヴェンは、キエフの北方15キロ。ダヴィドの所領となっているヴィシェゴロドを目指すことにした。


件の兄弟は、前キエフ大公ムスチスラフに対する裏切りをジミルヴィチから(そそのか)されて、一度は乗ってしまうも心を改めた二人である。(*1)


「夫をキエフに…埋葬できるでしょうか…」

「努力いたします」


名君モノマフの後妻の子。

幼い頃に父親が逝去した夫には、キエフ大公の継承権は与えられなかった――


それでも夫はキエフを統べる者の手助けに、何度も戦場へと赴いた――


キエフの大地に眠る事が出来たなら…


情愛を滲ませる公妃の発言に、スラヴェンは最後の奉公を誓った――




ダヴィドは快く一行を受け入れた。


しかしながら、キエフへ赴く事には抗った。


「ムスチスラフの軍勢が迫っている。ヴィシェゴロド(ここ)を空にするわけにはいかない」

「……」


真っ当な理由である。

庇護の身分では、スラヴェンも承諾するしかなかった。


「ただ、止めはしない。あなた方のみでキエフに向かうなら、ムスチスラフは傍観するでしょう」

「……」


ジミルヴィチは襲ったが、ムスチスラフは自重した――


二人の行動を顧みれば、ダヴィドの発言には根拠がある。


「ですが、キエフの市民は、我々を受け容れてはくれないでしょう…」


スラヴェンは重たい声を吐き出した。

主君の兄アンドレイに便乗する形で、彼らの軍勢も前年にキエフを襲っているのだ。


「でしたら、大公に頼んでは如何ですか?」


解決を図って、ダヴィドはキエフ大公グレープを頼ることにした――

正確には、背後に控えるミハルコの智略を頼った――



「問題ないでしょう」


ミハルコの見解を受け取ると、キエフ大公グレープは洞窟修道院の典院ポリカルプをヴィシェゴロドに派遣した。


「なんと憐れな……ドロゴプージの者たちは丸腰です。天に召された公を憐れむ妃を前にして、争いを起こすなどあってはなりません。ダヴィド様。私が先導いたします。護衛の従士を出していただきたい」

「しかしな…」


ダヴィドは再び渋った。

彼もまた、キエフを襲った一人である。


スモレンスクの軍勢が略奪に飛び込んで、後を追った従士たちを止められなかった――


「グレープ様の尽力により、キエフは以前を取り戻しつつあります。堂々と軍旗を掲げて下さい。『ダヴィド様は悔い改めた』 市民はそのように受け取るでしょう」

「……」

「ムスチスラフは、必ずやキエフの前にヴィシェゴロド(ここ)を狙います。心をお決めください」


距離は15キロ。ヴィシェゴロドは代々キエフを守護する立場にある。

離れてしまった人心を、再び取り込む好機には違いない――


「それとも、ムスチスラフに加担して、キエフを再び襲うのですか?」

「…わかった。アンドレエヴィチは生涯をキエフに捧げた。我々は一時(いっとき)、彼の軍門に下ろう」

「ありがとうございます」


こうして2月21日の土曜日。

金門から入城を果たしたアンドレエヴィチの葬列を、キエフの市民は感謝の歌を捧げて出迎えた――


葬儀を執り行った典院ポリカルプは、雪の舞い落ちる中、伴侶の涙と共に、彼らの菩提寺である聖アンドレイ修道院に棺を納めた――




翌日、図らずもキエフ大公となり、復興に努めたグレープはキエフを去った。


戦禍を再び起こしてはならない。

アンドレエヴィチの葬儀を見届けると、近郊に迫っていたムスチスラフが動く前に、自らペレヤスラヴリへと退いた――


就任時の期待は矮小であった。


しかしながら、灰燼となった街に善政を施した去り行く背中を、キエフの民は涙を流して見送った――



大公に返り咲いたムスチスラフは、周辺の諸侯と不戦の約定を結ぼうとした。


彼の軍勢も、烏合の衆である。

軍勢の中には、キエフの南西を支配する遊牧民(ベレンディ人)が加わっていた。

古くからの従士はルーシの大地に散っていて、彼の血脈に惹かれた者たちが、報酬を目当てに集ったのだ。


条約締結に要した期間は一ヶ月。

不戦を誓った相手には、ドロゴプージを手中に収めた不逞の輩(ジミルヴィチ)も含まれていた――



平行してキエフの安定に努めたムスチスラフは、春を迎えてからヴィシェゴロドに攻め込んだ。


ダヴィドはグレープの治世を間近で眺めていたのである。不戦の声には応じなかったのだ。


スーズダリ大公アンドレイのお飾りだった筈のグレープは、ミハルコやヴワディスワフの意見を取り入れて、最大限の務めを果たしていた――


「必ず、助けます」


当然ながら、無策の籠城では無い。


予測をしていたミハルコは、抗うようにと告げていた――


「防御柵を焼き払え!」


城市を囲った防御柵は、必ずしも有利に働く訳では無い。

従士に命じたのは、籠城するダヴィドの側であった――


ヴィシェゴロドは堅牢な城。

加えてダヴィドは歴戦の勇士で、更にはグレープの従士やミハルコの息の掛かった遊牧民(ベレンディ人)も加わっていた。


「迂闊には、近付けんな…」


高台に建つ城壁は、威圧感たっぷりで立ち塞がっている――

松林が左右に広がる街道に陣を敷いたムスチスラフは、恨めしそうに呟いた――



ヴィシェゴロドを包囲して四日目。ムスチスラフの元にガーリチから参じた将がやってきた。


「帰還の命令が届いた。我々は、領地へ戻ることにする」

「なに? 一週間も、経ってはおらんぞ?」

「睨み合いであれば、少数の我々が居なくても良かろう。公からの(ふみ)もある」

「……」


彼らの目的は、あくまでも戦利品。

文書を示されて、ムスチスラフは受け入れるしか無くなった。


ガーリチはキエフの南西部。

ミハルコが治めるトルチェスクと隣接している――


当然ながら、彼が糸を引いたのだ。




「打って出るぞ!」


星明りの空の下。ヴィシェゴロドの城内で声を上げたのは、ベレンディ人の遊牧民バスチィであった。


時勢を読んで一時はムスチスラフに従うも、彼が本来慕うのはキエフの守護者である。


一連の騒乱が収まってから訪ねると、雪の中で捕縛したにも拘わらず、ミハルコは演じた裏切りだと理解して、笑顔で迎えてくれたのだ――(*2)


「俺も行く!」


遊牧民(ポロヴェツ)の族長コンチャクは、殺戮の提案に手を挙げた。


「承知した」


二つの遊牧民が同じ陣営に集うのは珍しい。


思いは同じだと、バスチィは快く彼らを受け入れた――


「行くぞ!」


バスチィの号令に、遊牧民は一斉に丘を駆け下りた。


防御柵を払ったのは、高台を生かした横陣からの突撃を、増幅するためであったのだ――


「敵襲だ!」


油断していた訳では無い。


ムスチスラフは敵の陣容を理解して、松林に広く布陣した諸侯に警戒を怠るなと説いていた。


しかしながら、彼は後衛に居た。

キエフを出たところ。金門の前に陣を敷き、決して前に出る事は無かった――



二つの異教徒は、駆け下りた勢いを利用して、存分に暴れ回った。


更にはムスチスラフの陣営に参加していた遊牧民(ベレンディ人)が計画通りに裏切って、多くの有力者を捕縛した――



朝を迎えると、キエフに退いたムスチスラフの元に一報がやってきた。


「グレープが、遊牧民(ポロヴェツ)を率いてペレヤスラヴリを出たそうです!」

「……」


集めた軍勢は、散り散りになってしまった…


思えばキエフの南西は、ミハルコの息が掛かっている――


キエフの守護者である彼は、ムスチスラフがキエフに居た頃も忠義の士であった――


趨勢は、ミハルコに寄っている…


キエフを統べようとする者よりも、安定を望む者を神は選んだのだ――


「撤退だ…」


虚空を仰ぐ。瞳を閉じたムスチスラフは、キエフを後にした。


大公に返り咲いた期間は、二ヶ月にも届かなかった――



撤退するムスチスラフの軍勢を、キエフの司令官ヴワディスワフが追い掛けた。


更にはグレープの軍勢も加勢して、多くを打ち殺し、又は捕虜にして、雪の舞う中で一方的な蹂躙を繰り返した――


*1 134話参照

*2 バスチィ 151-152話参照


12世紀ルーシ / 描写地.勢力図

挿絵(By みてみん)


リューリク朝 略系図②

1170年2月現在、キエフ大公はスーズダリ大公アンドレイの弟グレープ(グレプ)

挿絵(By みてみん)

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