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小さな国だった物語~  作者: よち


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169/219

【169.強奪】

【登場人物】

リア     トゥーラの王妃。宗主国リャザンに滞在中、娘を出産。

アレッタ   リアの子供。

マルマ    トゥーラの侍女。リアに憧れを抱く。

エフェミア  リャザンの10歳に満たない侍女。リアの世話係。

ライエル   トゥーラの若き美将軍。護衛としてリャザンに滞在中。

ワルフ    リャザンの高官。リアの幼馴染。

ジミルヴィチ キエフ襲撃に失敗してリャザンに逃亡中。妻はハンガリー貴族の娘


「じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」


夜明け前のリャザン城。

書庫へと向かうリアとエフェミアを、マルマは穏やかに見送った。


彼女は赤子の世話係。

天井から伸びる麻布のゆりかごに包まったアレッタは、どうやら表情豊かな丸顔と、暖炉がお気に召したらしい。



「誰か居るね」


2階へと続く階段を通り過ぎて書庫へと向かう途中、小さな松明の明かりが正面から近付いてきた。

書庫の方には厠があって、人の往来が皆無という訳では無い。


「あの…ジミルヴィチ様のお部屋は、どこでしょうか?」

「え?」


リアの持つ松明と声に反応したのか、男の声がやってきた。


「あ…そこの階段を上がって、二階です」


雇った従者だろうか。

腰の低い話し方に、エフェミアの足が壁の方へと一歩を寄せた。


「ありがとうございます。すみません…」


腰を低くして、男は二人の間を抜けようとした。


「あぐっ…」


突然に、男がエフェミアに襲い掛かった。

同時に、リアの首元に両手が掛かって、小さな身体は男の手によって吊るされた――


「リ…」


エフェミアの口元は塞がれて、リアの持っていた松明が石床に転がった。

高い音が二回響いたが、気配は無情にも静寂へと戻っていった――



「ん?」


星明りの下。三つの人影をライエルが捉えた。


彼の任務は護衛である。生真面目ゆえに、監視を怠ることはなかった。


「ジミルヴィチ?」


城内から城外へ、動きがあるならキエフに向かう彼であろう。

しかしながら、リャザン公への挨拶も無い夜明け前の行動には不審が灯った――


人影は、南の都市城門を目指している。

一人が先導役で、二人が担架のようにして()()を運んでいた――



「マルマリータさん! リア様は、おられますか?」


従者用の部屋から飛び出して、ライエルは扉を叩いて確認をした。


「どうしたの? リア様なら、書庫だと思うけど?」


突然の声にマルマが慌てて扉を開けると、整った顔立ちには焦りが浮かんでいた。


「……」

「ちょっと?」


何も言わぬまま、ライエルが書庫へと向かった。

何かが起こったらしい。マルマが松明を掴んで追いかけた――


「リア様!」


書庫へと飛び込んで、男の声が響き渡った。


しかしながら、人の気配はないようだ――


「……」


二階を確認――


踵を返して書庫を飛び出すと、追いかけてきたマルマの姿が松明と共に現れた。


「居た?」

「いや…」


確認の声を交わすと同時に、マルマの足先に何かが触れて、松明の明かりに照らされた金属が平たい石床を滑った――


マルマが覗き込む。左手に持った松明が映し出したのは、見覚えのある銀色のナイフだった――


「リア様の…」

「くっ」


呟きに、ライエルが外へと向かった。


「マルマさんは、ワルフさんのところに!」

「は…はい!」


背中に了承を伝えると、マルマはナイフを拾い上げてから立ち上がり、リャザンの重臣の元へと向かった――



「ジミルヴィチが、来なかったか!?」


リャザンの都市城門。

愛馬を駆ったライエルが、衛兵に尋ねた。


「伝え忘れた事があると、出ていかれました」

「一人か?」

「いえ。従者が二名…」

「馬は?」

「ジミルヴィチ様だけが…」

「荷物を抱えていなかったか?」

「そういえば…」

「至急の要件がある! 出る船があったら、止めてくれ!」

「はあ…」

「ワルフ様の案件だ!」

「は。はい!」


馬で女性を攫うなら、腹這いで馬体に括るか騎手と背中合わせに縛るだろう。

食料の確保も困難で、最後は船を使ってオカ川を遡上するに違いない――


二手の合流地点を意識して、星明りの注ぐ中、ライエルは南へ向かって馬を駆け、衛兵は仲間を率いてオカ川へと駆け下りた――



15分も駆けた頃、ライエルが振り返ると、城の辺りで松明の明かりが上下に蠢いているのが視界に入った。


川辺の民は操船に長けている。

遅かれ早かれ、船なら救出できる筈――


地平線まで輝く星明かり。

わずかな(かす)れも見逃さないように、ライエルは人馬の影を探りながら西へと急いだ――




アレッタ…


薄らぐ意識の中で、王妃は娘の名前を呼んでいた――


どれくらい経ったのか…


身体が揺れている。身動きが取れない。

宙に浮いた足先は、冷気に晒されている。

頭頂から上半身を覆われて、肘は腰の辺りで動かない――


小さな唇は、息苦しさを。

涙の溢れる二つの瞳は、漆黒だけを映し出していた――


助けて――


小さな身体は、ただそれだけを願った――




「いた!」


単騎と二人。馬の負担も明らかに違う。

月明かりの地平線を、一つの漆黒が南西へと真っ直ぐに駆けていた。


主君からの任務は、唯一つ。

欠けたなら、万死に値する――


視線を上げたライエルは、ひときわ輝く赤い星を(しるべ)と認めると、手綱を前へとしごいた――


「ジミルヴィチ!」


逃さない距離まで迫ったところで、声の限りに狼藉者を呼び止めた。


「ちっ 早いな…」


逃れることはできない――


手綱を絞って馬の足を緩めると、ジミルヴィチは追手の並走を受け容れた。


「リア様を返せ!」

「……」


続いて剣を抜いたライエルが、切っ先を男に突き付ける。

背中に麻袋が括られて、白い素足が星明りに輝いていた――


「高貴な血筋に、剣を向けるのか?」

「知るか! その方を守ることが、俺の任務だ!」

「……」

「止まれ!」

「ち…」


若い護衛の力量は、リャザンでも認知されている。


軍師の強奪を諦めたジミルヴィチは、短剣を取り出すと、肩から襷に掛けた麻縄と、腹部の結び目付近を断ち切った。


「あばよ!」


捨て台詞を残すと、男の背後から麻袋がずり落ちて、ドスンと地面に転がった。


「リア様!」


手綱を絞ったライエルは、御した馬を翻して馬体から滑り降りると、袋から覗く白い素足の元へと駆け寄った。


「ご無事ですか!」


言いながら、剣の切っ先で麻縄を断ち切って、上半身を覆った麻袋を外した。


「……」


小さな身体は、王妃様。安堵が灯る。

折れそうな肩を支えたライエルは、呼吸を認めて長い一息を吐き出した――


しかしながら、意識はない。


地面に落とされた瞬間、微かに痛みの声が聞こえた――


「リア様!」


呼び掛ける。


冷気を纏った空気の中で、ライエルの声が響き渡った――


「……」


星明かりに浮かぶ白い頬。右腕が支える重みの中で、うっすらと瞼が震えた。

ライエルは、双眸に喜びの涙が滲むのを感じた――


「リア様!」

「あ…」


真っ暗闇だった視界に、ほんの微かな星明かり――


リアが認めた顔影は、彼女が望んだ男に映った――


「ロイ…ズ…?」

「良か…」

「ロイズぅ! 怖かった! 怖かったよぉ!」


男の衣服を両手で掴むと、リアは胸に縋って恐怖を吐き出した。


「……」


戸惑うも、ライエルは勘違いを受け容れて、小さな身体を包み込むように抱き締めた――


決して力強いものではない。

躊躇(ためら)いを、多分に含みながら――


「もう、大丈夫です…」


咽び泣く王妃を胸にして、若い忠臣は安泰を口にした。


「ん…」


次の瞬間、王妃が胸を離れると、両手が頬に伸びてきて、同時に唇が合わさった――


「お…王妃様!?」


焦りに襲われて、男は思わず仰け反った。


「私です! ら…ライエルです! ロイズ様ではありません!」

「……え?」


ライエルの眼下には、上目遣いの大きな瞳。


泣き崩れた表情が固まると、夜明けを舞台に戸惑いの声が零れた。


「え? え!? ライエル?」

「はい…」


仰け反った上半身は、地面に触れた両手が支えている。


「そ、それは…ごめんなさい!」


みるみる顔を赤くして、王妃は俯いた。


「いえ…」


肉厚な唇の感触――

全身を羞恥が纏う中、ライエルは精一杯の声を発した――


ルーシ<略地図> 描写地.勢力図

挿絵(By みてみん)


お読みいただきありがとうございました。

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