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小さな国だった物語~  作者: よち


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165/218

【165.一騎打ち】

<人物紹介>

ミハルコ = キエフの守護者。キエフと敵対するスーズダリ大公の実弟。

ヴワディスワフ = ミハルコの親友。ポーランド人のキエフの司令官。

ポロヴェツ = 遊牧民(異教徒)。キエフの南西。ドニエプル川の東側を支配する。

ベレンディ人 = 遊牧民。主にキエフの南側で活動。同地区の領主ミハルコとは繋がりが強い。

トグリィ = ポロヴェツの族長。略奪遠征を図ったが、ミハルコに見つかった。

キエフから西へ約220キロ。ポロニィの城市付近。

囮となった女性達に群がったポロヴェツの一団に、破壊された集落を挟んだ南の林から、ミハルコの軍勢が一斉に襲い掛かった。


「あなたは、後ろに回ってください!」


全速で駆ける馬上から、ベレンディ人の族長がミハルコに向かって叫んだ。


「見失う訳にはいきません!」

「……」


続いた発言に、振り向いたミハルコは言葉を飲み込んでから頷いた。


乱戦になる。

背中に旗を立てた族長は、ミハルコの前へと馬体を進めると、一度だけ振り向いて、更なる加速を馬に命じた――



「トグリィが居たぞ!」


キエフの司令官ヴワディスワフは、戦場の外側で悠長にしている標的を捉えると、彼らの退路を意識して突入を図った。


「くあっ」


トグリィは慌てて馬を走らせる。

少数で外側へ逃れるよりも、多勢の味方に突っ込むのは当然の選択であった――



やがて展開されたのは、総勢6000を超える乱戦模様。


「トグリィは、どこだ…」


燃え残った家屋の中で、隊を任された男は僅かな窓の隙間から標的だけを必死に探した――


しかしながら戦場は移動する。当然ながら困難を極めた。


<あそこか?>


馬の毛を使った房飾り。

味方の軍旗が混戦の上に僅かに覗いた――


右往左往。

旗の動きは鈍くなって、やがて視界の向こう側へと消えてしまった――


「……」

「まだですか?」


戦乱の濁音は届くのに、女たちの声は届かない。

隊長の弛緩を捉えると、若い兵士が焦りを含んで問い掛けた。


「喇叭の音がしてからだ…」


男は繰り返した。

胸には焦燥が重なっていく――


喇叭が鳴って飛び出したところで、標的の姿が無ければ動きようがない――



ベレンディ人とポロヴェツ族。

遊牧民同士の争いは、一層の乱戦模様を演出していた。


衣装や頭髪の装飾に違いはあれ、槍を振り回す状況下では識別に苦労した。


それでもベレンディ人を見つけると、数で勝るポロヴェツ族が複数で追い立てて、確実に息の上がった命を奪っていった――


「くっ…」


混戦の中に、軍旗が見当たらない。


分散した味方の兵士は次々と絡め捕られていく――


「旗を探せ!」


トグリィを追ったヴワディスワフは軍旗の消えた辺りに馬頭を突っ込むと、引き連れた兵士に緊急の指令を発した。


「旗は、ここに!」

「おお、助かる!」


一人の若い遊牧民が駆け寄って、竿を掴んだ右腕を自慢げに掲げると、キエフの司令官は強い感謝を表した。


「おい。先はどうした?」

「ポロヴェツの奴らが、剥ぎ取って…」


棒きれとなった軍旗のあらましを、眼下の男は戸惑いながらも伝えた。


「ミハルコは、見たか?」

「いえ…」

「……」


多大な歓声は聞こえない。

討ち取られた訳では無かろうが、焦りが灯った――


「俺に続け!」


ヴワディスワフは兜を脱いで内側から頭巾を取り出すと、竿の先端に固く結んで鼓舞をした。


陽光を浴びた即席の軍旗。

苦戦の中で光明を見出した仲間は続々と集まると、彼の掛け声と共に一団となってポロヴェツの族長を目指した――


大空を渡る鳥のよう、V字となって緑の大地を突き進む。


「追い立てろ!」


守勢を固める一団に楔を打ち込むと、ヴワディスワフは槍の穂先を振り回し、翼を広げるようにと指示をした。


「くあっ」


丘の上。優勢な戦況に再び胡坐をかいていたトグリィは、決死の覚悟で突っ込んでくる一団に恐れをなして、一目散に南へと駆け出した。


「丘を取れ!」


駆け上がる状況は苦戦を招く。

越えてこそ勝機は掴めると、ヴワディスワフは愛馬の手綱を必死になってしごいた。


敵の首領が逃げ去って、勢いに勝る。

相手の軍旗が墜ちて丘の上の攻防を制すると、更に翼を広げて追い立てた。


退避の遅れた守備隊は、丘の上から駆け下りる人馬の勢いに飲み込まれ、緑の大地に舞い堕ちる枯れ葉のように打ち倒されていった――



トグリィの視線の先には、集落があった。

打ち壊したうえに火矢も放ったが、丸太の家屋は随分と生き残っていた。


<助かった…>


障害物と為して、追手の勢いを殺す。

疲弊を宿した人馬が脚を止めたなら、屠るのは容易である――


右手を掲げて意図を伝えると、異教徒の族長は集落の向こう側へと馬の四肢を更に飛ばした――



「来たぞ! 構えろ!」


凡そ90人。ペレヤスラヴリの従士たちは身体を寄せ合っていた訳では無かった。


人馬一体となった勢いは、歩兵が敵うものではない。

戦場が視界から消え去ると、彼らは家屋の裏側で焼け残った丸太を立ち起こし、次なる襲撃に備えていたのだ――


喇叭が鳴る。縄を離す。


丸太が二度目の倒木となってゆく――


「くあっ!」


トグリィの視界。家屋の陰から、数本の丸太が現れた。

同時に炎を認めると、みるみるうちに増殖をして、一斉に火矢となって飛びかかってきた。


手綱を絞るわけにはいかない。

頭を下げて馬に進路を任せると、愛馬は家屋の間で跳ね飛んで、鮮やかに複数の丸太を跳び越えた――


「よくやった!」


愛馬の首元を叩いて感謝を伝えると、鳴動(めいどう)と叫び声が背後で轟いた――


慌てて振り返る。

崩れる人馬。馬の(いなな)き。転倒する馬体と放り出された遊牧民(仲間たち)

止まることなく後続が突っ込んで、丸太の家屋は土煙に隠れるほどになっていた。


煙の中ではルーシの歩兵が槍を手に、向こう側ではヴワディスワフが仲間の命を削っている――


「くそっ! 立て直すぞっ!」


土煙を迂回してきた仲間が左右から集う中、焦りを隠せないトグリィは、集落で脚を止めているヴワディスワフに狙いを定めた――


来る!


経験が、彼の動きを静止した――

埋伏の一角は、即ち死地となる――


どこから…


迷いから解答を選ぶが早いか、土煙を迂回する味方の背後から、明らかに勢いの勝る集団が現れた。


「ミハルコだ! 殺せ!」


数に勝るトグリィは、集団の中に居るはずの男の名前を叫んだ――




川岸の向こう側。ミハルコは僅か10騎を従えて、戦場を大きく南へと迂回していた。


キエフの守護者を敵が恐れるように、ミハルコも相手を知っている――


数に勝る状況下で、トグリィは先頭に立ちはしない――


再び渡河を終えると、ミハルコは更なる迂回を図って戦場の東側へと馬を進めた――



視界の劣る集落付近の混戦は、やがて膠着状態を生み出した。


敵味方が入り乱れ、疲労も重なって厭戦気運を灯した異教徒が一人二人と離脱する。


キエフの司令官が鼓舞をして、ルーシ側の士気は衰える気配が無かった――



「ミハルコは、どこだ!?」


異教徒の族長は、膨らんだ目袋。縮れた金髪の男を必死で探した。


混戦の中で息絶えたか?


願望が過ぎるたび、彼は否定で打ち消した――


「……」


離脱を図った者たちが、左右から集まってくる。


視線の泳いだ右側に、トグリィは確かな違和感を捉えた――


同じ衣装。ゆったりと近付いてくる一団に、戦意を隠そうとする意志を僅かに感じ取ったのだ――


すなわち殺気。


10騎の最後方。ミハルコが居た――


闇夜の曇天に覗いた、黒い晴れ間のよう。

彼自身の殺気の消失が、却って確信を齎した――



気付かれた。


10騎の最後方から飛び出すと、槍を右手に携えて、ミハルコは一点だけを目指した――


標的(トグリィ)の背後には緑の茂み。幅10メートルの河川。


来る――


決死の眼光となった漢を前にして、ミハルコは槍を持った右手を打突に構えた――



一騎打ちは、一瞬だった――


金属の擦れる音がして、お互いが身体を遠ざけた。


狙いは同じ。明日の命。


逃げる。そして、逃がす――


東へと駆ける首領に気付いた遊牧民(ポロヴェツ)たちは、川面を埋めた水鳥が羽ばたくように、次々と戦線からの離脱を図った――

お読みいただきありがとうございました。

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