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小さな国だった物語~  作者: よち


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119/249

【119.橋渡し】

本格的な秋を迎えたスモレンスク公国では、トゥーラへの侵攻の際に副将だった3名が、国家の思惑を挟みつつ、ようやく祖国で顔を合わせることを成就させていた。


「お久しぶりです」

「おう」


暖気の残る昼下がり。城下に広がる、石畳の大広場。

黒い頭髪をいくらか伸ばした丸顔の男が微笑むと、四角いテーブルが備わるテラス席に筋肉質の身体を沈めた兄貴分が、ふっと視線を上にした。


「早いですね」

「まあ、暇だからな」


童顔のカプスが木組みの椅子を引きながら口を開くと、ブランヒルがテーブルの上のマグに手をやって、けだるそうに口へと運んだ。


「あれ? 酒じゃないんですか?」


手元の違和感に気が付いて、弟分が不思議そうな顔をする。


「今は軍属から外れてるからな。トゥーラとの会談に向かう使者として、いつ呼び出しがあるか分からん」

「そりゃ、大変ですね…」


律儀に飲酒を気にする辺りに、真面目な性分が窺える。

カプスが同情を口にした。


「監視が光るこんな所より、外の方がマシなのは間違いないけどな…」


言いながら、瞳だけが左右を窺った。


あからさまに赤い腕章を巻いている者はいなくとも、いらぬ噂が立たぬようにと、毛並みの違う者たちが方々をうろついている。


意気揚々と東に向う前日のこと。午後の日差しの中で過ごした、穏やかな雰囲気はどこにもない。

大手を振って街を歩く者は皆無であった—―


「トゥーラの奴らと交渉するとなった時、お前は行きたいか?」

「え?」


唐突な質問に、カプスが思わず真顔となった。


「そりゃあ、お供ができるなら…」


素直な心情である。

彼こそは、トゥーラと戦って最初に祖国に戻った将官で、敗戦をひた隠す情報操作に最も協力した人物なのだ。


それゆえに、監視の目は当然厳しいものになっていた。


「上が一旦の停戦を望むなら、フリュヒト様の護衛として、推してやれないこともない」

「ありがとうございます。しかし、なんでまた俺が?」

「会談の場所が、カルーガになるからだ」

「……」


鼓膜の奥を揺らした地名に、カプスの脳裏が一つを浮かべた。


それは撤退の際に立ち寄った小さな村で、部下の狼藉を謝罪できなかった事である――


「行きたいだろ?」

「是非、お願いします」


早馬を生業としている一家の元へ、せめて馬だけでも返しに行こう――


新たな目標が定まって、カプスは明るい感情を胸に灯した。


「ベインズは、呼んでないんですか?」


不足している兄弟分を求めるように、カプスが続けて口を開いた。


「後から来るさ。今の話もあって、お前を先に呼んだんだ」

「……」

「今の俺は、アイツの考えとは違うからな。相容れない話なら、言わなくていい。今は俺の出番でも、あいつの出演時間は後からやってくるだろうしな」

「……」


厭戦気分に浸っているブランヒルも、停戦が一時的なものだと踏んでいる――


二人の将軍を失った事により、軍の再編成には時間を要する。

序列を当て嵌めるなら副将を務めた3名の昇格が適当だろうが、隠避している中とはいえ、敗軍からの昇格は士気にも関わろう。


「出番がいつになるのか、それだけの話だ」


しばらくは矛を収めて、陣容を整える。

ブランヒルは言いながら冷めた紅茶を口元に届けると、一気にマグを傾けた――



一方スモレンスクの中枢では、連日に渡って軍議が開かれていた。


城の南側。大広場へと続く通りを眼下に望む3階の一室で、新旧の宰相ジロスラフとフリュヒト。更にはトゥーラから戻った、捕虜への対応を遂行していたデクランが、それぞれの椅子に座って丸テーブルを囲んでいた。


議論は齢70歳を超える前宰相、フリュヒトを中心に進められた。

両膝の間には樫の木で作られた愛用の杖を突き立てて、重なった両手を持ち手に置いている。

白い顎髭は首元を掠めるまでに伸びていて、大国の中枢として長い年月を担っていた自負とも映った――


「トゥーラ側の要求を、総て呑むということですか?」


エンジ色の服を着た、彫りの深い顔立ちをしたデクランが、襟元に付けた金銀の宝飾を南の窓から差し込む明かりに反射させながら、確認するように口を開いた。


「宰相は、どう思われますか?」


デクランからの問い掛けを、前宰相は右手で白い顎髭に触れながら、膨らんだ体躯を木枠の椅子で支える現宰相(ジロスラフ)へと渡した。


「え? そう言われましても…賠償金や兵糧の供出といった指定すら無いのですから、何かを削るという話にもなりません。カルーガという会談の場所も、適当かと…」


彼は肯定するしか無かった。

それほどにトゥーラからの要求は、中身の薄いものであったのだ。


「会談に当たって『武器の所持、護衛の入村を禁ずる』 とありますが?」

「そのへんが、向こうの狙いなのでしょう」


確認するようにデクランが尋ねると、老臣が悟ったように口を開いた。


「と、申しますと?」

「向こうの要求は、対等な立場での停戦。不可侵という条約だけ……という事です」

「……」

「だからこそ、兵糧だったり金銭といった、数字が絡んで揉めそうなものは、議題から排除しているのでしょう。あちらの国王は、なかなかに優秀な人物のようですな」


両手を杖で支えた老臣は、姿勢を変えることなく見解を語った。


「早急な停戦を求めている。という事でしょうか?」

「……」


デクランの発言に、フリュヒトが是認するように瞳を合わせた。


戦いに勝利したにも関わらず、殊勝な態度で接してくるという状況は、歴史を振り返ってもあまり見られるものではない。


それほどに、圧倒的な国力差は存在している――


「確かに、こちらを牽制しているようには見えますね。とはいえ、トゥーラを落とせるだけの戦力と士気は、こちらも逸しておりますが…」

「そ、そうですよね…」


続いたデクランの発言に、ジロスラフが幼稚な相槌を挟んだ。


「それすらも含んでいるのなら、身の程を(わきま)えている…といったところでしょうか…」


度量の広さを示すのも、大国たる正しい姿勢である――

要求の丸呑みという老臣の考えを、デクランは受け容れることにした。


「……」


齢70歳を超える老臣は、相手から交渉人として指名され、踊る心を隠せずにいた。

同時に指名した人物像に、大いなる関心を寄せていた――



「デクラン殿」


新旧二人の尚書との会談を終えたデクランが地階へと続く階段を下っていると、後頭部の方から男の声がやってきた。


「あなたは…」


デクランが振り向くと、見覚えのある長身の男が待ちわびたといった表情で近付いてきた。


「ベインズです。デクラン殿とは、以前、ドルツクで御一緒させて頂きました」

「……」


現在は内政を担っているデクランであるが、元々は騎兵上がりの武闘派で、トゥーラにて命を落としたバイリー将軍とは西側の戦役で戦った仲である――


「何か?」


好戦派と目されている男が何の用だ? デクランは素っ気ない態度を表した。


渋々といった感じではあったが、スモレンスクを束ねるロマン公も、一旦の休戦に納得をしている—―


「デクラン殿の本心を、お聞きしたくて…」

「本心?」

「休戦という雰囲気が漂っておりますが、バイリー将軍の仇を早急に討たねばなりません。軍を編成する許可を、頂きたいのです」


焦りの表情を浮かべながら、階段の手すりを左手で掴んで前のめりとなった長身の男は、手短な要件を語った。


「……」


出来るわけがない…


彫りの深い顔立ちは、言葉を潰したままで面長の男を眺めた――


「何か、策というのはございますかな?」


向き合った二人の頭上から、年季の入った(しゃが)れ声が降ってきた。


ベインズが振り返り、デクランが視線を階上へと向けると、宰相ジロスラフに右肩を支えられた老臣が、手すりの向こうから姿を現した。


「フリュヒト様…」


トゥーラとの戦いに敗れたことにより、当初から出兵に反対していた見識が見直され、加えて停戦交渉の全権を担う立場となって、彼は見事な復権を果たした。


そんな老臣の姿を目に入れて、長身のベインズは小さく呟くと、スッと両足を壁の方へと寄せたあと、敬意の籠った屹立を捧げた――


「いかがですかな?」


足場の安定した踊り場に達すると、白い顎髭を伸ばした老臣は、興味深そうに問い掛けた。


「はい。停戦交渉ともなれば、人材の少ない向こうは必ず重臣がやってくる筈です。護衛を付けるともなれば、将軍を含めて50人、100人が城を出立する事になります。これは絶好の機会です!」


対してベインズは、怯むことなく両腕を前に出しながら、まくしたてるように持論を並べた。


どうせ潰すのだ。

どんな手段を用いようとも、倒してしまえばどうにでもなる――


好戦派としては、妥当な考えである。


「……」


対してフリュヒトは、自身の考えを溜め息交じりに語った。


「北のスーズダリ、南のポロヴェツにさえ、此度の話は渡っているのです。私憤に駆られて、スモレンスクの威光を穢す訳にはいかないでしょう」

「……」

「会談の場所を中間地点。中立を掲げるカルーガとしたのは、話題の広がりを狙ってのものです」

「……」


交通の要衝であるカルーガは、冬を迎える前に一稼ぎしようと目論む商人の往来が激しくなっている。


紛争中の両国であるが、大国で起こった悲惨な事故を耳にして、小国のトゥーラが救援活動を行って、スモレンスク側も感謝を表した――


一旦手打ちとしないか?


そんな提案が持ち上がり、両者の会談が行われる事となった――


以上が、商人を経由して広がった、土産話の概要である。


実際は、トゥーラの王妃が作り上げ、メルクたちが広めたものではあったが、勝利を誇らずに、大国のメンツを守ろうとする意図が覗いて、火消しに走る内容では無かった――


「勘違いしないで頂きたい。私はスモレンスクに仕える人間です。いずれあなたが武功を挙げる機会は、訪れましょう」

「……」


白い顎髭を蓄えた老臣は、相反する考えを有する者に対して丁寧な説明を行うと、断を下して階下へと一歩を踏み出した――

お読みいただきありがとうございました。

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