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小さな国だった物語~  作者: よち


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111/218

【111.濁り】

慰霊式の翌日。昼下がり。

国王執務室では、赤みの入ったくせ毛を背中に回した小さな王妃が、いつもの席で淹れたての紅茶を愉しんでいた――


一方階下では、国王ロイズと尚書のラッセル。

加えてグレンとライエルの両将軍が、腰までの高さの四角いテーブルの四方にそれぞれが足を置いて、防衛戦の総括を行っていた――


例えば捕虜の処遇をどうするべきか?

スモレンスクに派遣したメルクが戻ってくる迄に、軍略を含めた今後について話し合おうという訳だ。


不明瞭な方針では、有利な条件を引き出す駆け引きすら無理である――


ギュース(敵の総大将)が言うには、スモレンスクに戻されても居場所が無いと…」

「だからって、捕虜に?」


先ずは四角い顔の大将軍が口を開くと、ロイズが言葉を繋いだ。


「いえ、部下の命と引き換えに…という言い分も、決して間違いではないでしょう」

「……」

「恐らくは、大国に於いて二度の敗戦。それも連敗というのは、重いに違いありません。彼自身が傭兵上がりで忠誠心が薄いというのも、降った要因でしょうな」

「つまりは、総大将としての誇りは、持っていると?」


逃亡しなかった事は評価する。ロイズは見解を求めた。


「そのようですな。国や公ではない。軍や兵士に対してのみ一身を捧げる。それはそれで、立派な事でありましょう」

「……」


彼の発言は、薄暗い牢屋にて、格子を挟んで酒を酌み交わした時間に基づいている。


「捕虜を帰すのは、スモレンスクからの条件次第。ギュースはこちらで対応するって事で良いのかな?」

「そうですな…」


一つの結論を、グレンは静かに受け入れた。


「捕虜の一人、ブランヒルでしたかな。彼はロイズ様のお考えに響くものがあるようです。動けなくなった敵兵など、今までは見殺しにしていましたが、助ける事になったと話したら、感謝しておりました。実際、捕虜の3割は、今も動けないですからな」

「……甘いという意見も、ありますけどね」


発言に続いたのは、最年少の美将軍であった。


「助けた兵士が再び攻めてくる。納得しない者もおりましょう」

「……」


背筋を伸ばした青年は、テーブルに視線を落としたままで、自身の心情を明確に語った。


命を賭して戦うは、背中を支えてくれる人のため。

助けるべきは、敵ではない――


「うん…」


ライエルの発言に、ロイズが小さく頷いた。


「それでもね、憎しみを宿したまま帰ったら、今までと変わらない。施しを与えて帰したら、変化が生まれるかもしれない」

「……」

「途方もないお考えですな…」


部下であるライエルの発言を、グレンは擁護した。

自身でさえ、若い国王の考えは含めても、心情的には納得できないものがある。


「そうなんだけどね…それでも、戻った兵士の何人かが次の戦いでは止まってくれたら…或いは徴兵には応じても、途中で逃亡してくれたら、士気も下がるんじゃないかな?」

「……」


二人の将軍は、率いる立場で戦場を思った――


確かに、面倒なことにはなりそうだ…


「つまりは、内通者を育てるという事ですか?」


整った顔を上げたライエルが、合点を探るように尋ねた。


「いや、そこまではしないよ。あからさまな行動には反発が出るからね。自然と広まっていくのが理想だね」

「……」

「そうした意味では、慰霊式の弔辞。あの女性の功績は、素晴らしいですな」

「そうだね。彼女の発言が、捕虜の間で広がってくれると良いけどね」


リアが絶賛したカデイナの弔辞は、赦しの感情を捕虜に与えるだけでなく、国王の方針を示して、遺族の代表として賛同するものだった。


甘いと言い放ったライエル同様、赦しは心身を削った兵士や住民、何より遺族にとっては、簡単に受け入れられるものではない。


それでも国王が自ら語ったことならば、受け入れざるを得ない――


国家の根幹に一体感を掲げる王妃は、民衆に不満が溜まっていく事を最も恐れているのだ。


一市民であり遺族であり、共感を生み出す事のできるカデイナの弔辞に対して、真っ先に拍手を鳴らしたのはリアであった――


「そういえば…捕虜を慰霊式に連れてきてたよね。あれはなんで?」


式を執り行ったラッセルに、ロイズが尋ねた。


「あれは、弔辞を読む条件というか…彼女の希望でしたので…」

「条件?」

「はい。『このまま黙って帰すのも癪だから、ダイルって捕虜を連れてこい』 と…」

「……」

「なかなか、気概のある女性ですな」


尚書の説明に、四角い顔のグレンが顎の先端を指先で触りながら感心をした。


「弔辞の内容は、ご存じだったんですか?」


背筋をピンと張ったままのライエルが、ラッセルに視線を送った。


「いえ、全く。彼女にお任せしました。私が意見でもしたら、彼女の言葉では無くなってしまいますから」

「なるほど。それはそうですね」


戻ってきた高尚な返答に、ライエルは思わず納得の表情を浮かべた。


尚書がグレンを見やって口角を僅かに上げると、四角い顔の将軍はふふんと下顎を触りながら、含みの入った微笑みを覗かせるのだった――



「ギュースについては、いかがしますか?」


一旦の静寂を置いたあと、グレンがロイズに強い視線を預けた。


「そうですね…投降したとはいえ、武人としての誇りはあるでしょうし…お任せしてもよろしいですか?」

「承知しました」


隊を率いる重圧。歩んできた経験に対しては、丁重に扱うべきである。


立ち回りの難しさを感じた国王は、年長者の意向を尊重する事にした――


「正直どうしたものか…と思っていましたので、助かります」

「そうですな…」

「それで、どうするつもりですか?」


任せるとはいえ、方針は容れておかねばならない。ロイズが視線を預けた。


「先ずは、トゥーラ(こちら)に誘ってみるつもりです」

「え!?」

「は?」


予想だにしなかった年長者の発言に、部屋の空気が固まった。


「我々の最大の弱点は、人材の脆弱さにあります。此度の戦いでも露呈しましたが、ロイズ様のお考えを実行できるだけの人材がおりません」

「……」


更なる大将軍の見解には、どんな声すらも出なかった。


全く以て正しい――


王妃を監視役として屋上に配したり、四方の守りに国王や不慣れな文官を充てるなど、国家の防衛策としては脆弱すぎる。


「見込みはあるの?」


武将としての矜持を有する者なら、寝返るような話を受けるとは思えない――

ロイズが訝しんだ。


「相手がスモレンスクだけとは限りません。北のスーズダリに対しても備える必要があります。他にもリャザンに預かってもらって、誰かを借り受ける…というのも良いでしょう」

「なるほど」

「断った場合は、どうされるのですか?」


続いてライエルが、整った少年のような顔立ちをグレンの方へと預けた。


「その時は、殺すしかなかろう」

「……」


非情なる言葉が降ってきて、部屋の空気はまたしても固まった――


「ライエルが申した通り、ロイズ様のお考えには納得できない者も多くおりましょう。そんな者たちの留飲を下げるためにも、処刑は一考に値します」

「そうですね…」


グレンが諭すように視線を送ると、ロイズは伏し目になった。


理解はできる。しかしながら、殺してしまってはスモレンスクに売った恩も立ち消えてしまうのではなかろうか…


「分かりました。処刑については、少し考えさせて下さい」

「は」


口を開いた国王は、同時に一つの不安に襲われた。


高名なる敵の大将軍。

彼を軍門に招いても、受け容れるだけの器量が備わっているのか――


グレンとは明らかに毛並みが違う。

獣のような風貌に、どうしても粗暴さと残虐性を感じてしまうのだ。


「……」


清濁併せ呑む――

そうした強さというものを、漠然と理解はしている――


しかしながら、専守防衛を掲げるこの国に、彼は染まってくれるのだろうか?


例えば粗暴となった時。

大国であれば諫める者が存在するのだろうが、ここには居ない。

何よりも、傭兵として雇う財力が、この国には存在しないのだ。


命を助けるという慈悲で以って、未来永劫、大人しいままであろうか――


「仲間になるか、処刑されるのか…二択であれば、前者を選ぶかもしれませんね…」


難しいかもしれないと理解はしたうえで、それでも現状を変えるという覚悟を胸にして、小さな国の国王は静かな期待を口から溢した――

お読みいただきありがとうございました。

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