43 ポルターガイスト3
パラダイスカイストアでコエが購入し、ボウイの手に現れたそれは、なんと……!
ただの、布きれっ……!?
「えっ……えええええええええええええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
驚愕の叫びで起こったわずかな風にすら、ふわりと揺れるほどに、ペラッペラの……!
手の中にある、あまりに頼りない感触に……。
心の中で悲鳴をあげるボウイ。
――な、何これっ!?
こ、こんなので飛んでくるコインが、防げるわけが……!
そうこうしている間にも、発射のカウントダウンは容赦なく進む。
『警告:コイン発射まで、あと1分』
――落ち着いてください、旦那様。
まずはその布を折って、二重にしてください。
こんな時にも冷静沈着なコエに、少年はわずかな望みを託す。
言われるがままに、のぼり旗のように手から垂れ下がった布を、半分に折った。
――そして闘牛士のように、ポルターガイストに向かって振るのです。
――なるほど、それで敵の攻撃を一手に集めるのか!
ボウイは頭の中で闘牛士を想像し、自分なりに挑発的に布を動かしてみたが……。
それはあまりにもぎこちなくて、空飛ぶ宝箱は目もくれなかった。
――ほ、本当に、これで注意が引けるの?
――はい、旦那様。闘牛士の映像をテロップで表示させていただきますので、そちらを真似てみてはいかがでしょうか?
……パッ!
と少年の視界の左下あたりに、小さいウインドウが開く。
そこにはコロシアムのような場所で、派手な衣装に身をつつみ、赤いマントを動かす男が写っていた。
『警告:コイン発射まで、あと30秒』
――こ、こうかな?
教材ビデオを観るような感じで、ボウイはスナップを利かせ、身体全体でリズムを取るように布を動かした。
すると、
……カッ!
まるで稲光のような勢いで、宝箱が睨みつけてきた。
途端、
……ピピピピピッ……!
電子音とともに、ボウイの視界で広がっていた弾道予測の矢印が、一気に収束……。
まさにマントめがけて突っ込む闘牛のように、一箇所に集まったのだ……!
ターゲットを集中させることには成功したものの、何よりも肝心な問題がまだ残っている。
『警告:コイン発射まで、あと20秒』
――こ、コエっ! それで、どうやって飛んできたコインを防ぐの!?
――はい、旦那様。その布を、弾道の前にかざしてください。
それで、全部防ぐことができます。
ただしオーバーフローを防ぐため、時折、布を振ってコインを払い落としてください。
――え……えええっ!?
本当にこんな、のれんみたいな布で、拳銃の弾みたいなコインが……!?
――はい、旦那様。
わたくしを、そして『ラスト・マギア』を信じてください。
メイドのその一言は、少年にとっては何よりにも勝る、カンフル剤であった。
……カッ!
と目を見開くと、
「……わかった! よぉし、こいっ! ポルターガイストっ!!」
ついに、腹をくくった……!
背後にいる少女たちにとっては、彼が不動を貫き、そして絶対のような自信に満ちていたのが、何よりも信じられなかった。
「ぼ、ボウイはん……!? なんで、なんでなん……!?」
『警告:コイン発射まで、あと10秒』
「なんでそんなに、堂々としてられるの……!?」
『警告:コイン発射まで、あと9秒』
「ポルターガイストといえば、学生の私たちにはとても手に負えないモンスターなのに……!?」
『警告:コイン発射まで、あと8秒』
「それに、それに……! どうして身体を張ってまで、私たちを守ろうとしてくれるの……!?」」
『警告:コイン発射まで、あと7秒』
「私たち……ずっと……ずっとボウイくんのこと、馬鹿にしてたのに……!」
『警告:コイン発射まで、あと6秒』
「でもボウイはん、いくらなんでも無茶やでっ! そんなペラペラの布みたいなので、さっきの攻撃が防げるわけないやろっ!」
『警告:コイン発射まで、あと5秒』
「じゃ、じゃあチャリン、ひとりで逃げたら?」
『警告:コイン発射まで、あと4秒』
「アホ! そんなことできるわけないやろ! だってわては……ボウイはんに傷モノにされたんやからなぁ!」
3……!
2……!
1……!
……ドゴォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!
少年少女たちの眼前で、星が爆発したような衝撃と、閃光が走った。
散弾銃のように放たれた無数のコインが、瞬きよりも早く、ボウイのかざしたマントに突き刺さり……!
そのままブチ破……!
……スドガガガガガガガガガァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!
金属を穿つほどの徹甲のドラムソロが、少年の目の前で起こる。
そして彼は、信じられない光景を目にしていた。
コインが着弾した瞬間、布は氷結したような硬度を持ち、コインを受け止め……。
水も漏らさぬコンクリートのように、すべてをせき止めていたのだ……!
――す……すごいっ!?
な……なんで布が、突き破られないの……!?
まるで夢なかのような光景に、瞬きも呼吸も忘れるボウイ。
頭の中で響く声だけが、いつもと変わらなかった。
――はい、旦那様。そちらは『グラフェン』という特殊な繊維でして、二重に重ねると『ジアメン』と呼ばれる繊維となります。
ジアメンは強い圧力がかかりますと、ダイヤモンドに似た原子構造になるという性質がございます。
――と、いうことは……。
僕はいま、ダイヤモンドの盾を持っているのと、同じということ……!?
――はい、旦那様。左様でございます。
ただ、衝撃により途中から硬質化いたしますので、弾くというよりも包み込むような形となります。
ですので、コインがマントに残ったままだと、跳弾の危険性が発生します。
そろそろ最初の射撃が終わりますので、次の発射までの間に、マントを振ってコインを落としてくださいませ。
――わかった!
……バッ!
ボウイはマントを大きく振った。
それは、絹の御旗のように美しく翻る。
そして、めり込んでいたコインが飛び散る。
……ジャララララッ!!
少年が大漁旗のような旗を振るたび、弾けたコインが上棟式の餅のように、景気よく散らばる。
黄金に照らされたその後ろ姿は、まるで後光を放っているようで……まさに神気のようなものを醸し出していた。




