42 ポルターガイスト2
突如として動き出した宝箱に、隠し部屋の中にいた女生徒たちはパニックになる。
「キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?」
「た、宝箱が飛んでる!? 飛んでるぅ!?」
「もしかして『ミミック』!?」
「いくら隠し部屋とはいえ、ミミックがこんな低層階いるわけないでしょ!? それにミミックは宙に浮いたりしないわ!」
「じゃ、じゃあ、何だっていうの!?」
「あれはたぶん、『ポルターガイスト』が宝箱に取り憑いたのよ!」
「ポルターガイストぉ!? ミミック以上に手強いモンスターじゃないっ!?」
宝箱は首のない『ろくろっ首』のように飛び回り、その場にいる者たちを恐怖のどん底に陥れていた。
誰もが立ちすくみ、その場から動けなくなっている。
無理もない。
相手は、彼女たちにとっては教科書のなかだけの存在でしかなかった、強力なアンデットモンスターなのだ。
さすがのチャリンも、押し倒されたことも忘れて固まっている。
「ま、まさか、ポルターガイストがこんな所におるやなんて……! へ、下手すると、全滅やぁ!」
ボウイはチャリンに馬乗りになったまま、空飛ぶ宝箱を睨みつけていた。
彼の視界には、いよいよヤバい警告が表示されていたのだ。
『警告:宝箱の中で、コインが連続で装填されています』
『警告:コイン発射まで、あと3分』
『警告:弾道計算終了。弾道予測を表示します』
……ピッ!
その結果は、絶望としかいえないものだった。
宝箱の口から飛び出した、弾道予測の矢印は、ウナギの群れのようにおびただしい数。
それが、全裸という極限の無防備な少女たちに、毒蛇のように襲いかかっていたのだ……!
もしそれが現実となったら最後、鉄風のようなコインの嵐の前に、ひとたまりもなく……。
この場にいる全員が、跡形も残らないほどに、ズタズタに……!
少年は反射的に立ちあがると、女の子たちをかき分けて、最前線に出た。
ケタケタ笑う宝箱と正対すると、腰の拳銃を引き抜いて構える。
――ヤツはこのあと、コインを大量発射する……!
そうなればみんな、ただではすまない……!
だったら先に、やっつけるしかないっ……!
銃口を向けられてもなお、宝箱は悠然と飛び回っている。
拳銃はこの世界には無かったものなので、そもそも武器を向けられているという意識もないようだ。
ボウイがアイアンサイト経由で狙いを定めると、ロックオンカーソルが宝箱に取り憑いた。
――もらった!
……ドゴォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーンッ!!
落雷のような爆音がつんざき、まわりの女の子たちは飛び上がらんばかりに仰天する。
ノックバックした少年の身体は、待ち構えていたメイドによって抱きとめられていた。
「あ、ありがとう、コエ!」
「はい、旦那様。ですが、銃弾は外れました」
「えっ!?」
今までの経験から、てっきり一撃で決まったものと思っていたのだが……。
宝箱はなおも平然と、空中遊泳を楽しんでいる。
その背後、遙か向こうの壁には焦げ跡のようなものが残っていた。
「そ、そんな……! 外れるだなんて……!?」
「旦那様がお使いの拳銃、『バントランS 9821モデル』に搭載されております自動追尾機能は、旧型の生体追尾となっております。対象が生体……すなわち生きているものでなければ機能しません」
その原理については気になったが、いまはそれを尋ねている余裕はなかった。
コイン発射までのカウントダウンが、刻々と迫っていたからだ……!
それに加えてボウイの攻撃が外れたことにより、彼の背後にいた少女たちはいよいよ騒ぎはじめてしまった。
「ど、どうしよう、どうしようっ!?」
「このままじゃ、みんなやられちゃうよっ!?」
「み、みんなで戦おう!」
「む、無理よ! あたしたち全員ハダカじゃない! 装備を身に付けてるヒマなんてなんわ!」
「じゃ、じゃあ、部屋の外に逃げよう!」
「そんなの、間に合わないわ! それに外には男子がいるのよ!?」
「じゃあ、どうしろっていうのよっ!?!?」
「も、もう、みんな死ぬしかない、死ぬしかないんだわっ!!」
「ああんっ、そんなぁ! 死にたくない! 死にたくないよぉっ!!」
「いやあああっ! 誰かっ! 誰か助けてぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーっ!!」
とうとう室内は阿鼻叫喚の渦に包まれてしまった。
ポルターガイストはその悲鳴でさらに力を得たかのように、縦横無尽に飛び回る。
しかし、その嵐を一瞬にして打ち消したのは、
「……静かにっ!!!!」
ある少年の、その少年が発したとは思えないほどの、頑とした一喝であった。
彼は、みなに背中を向けていた。
トランプ勝負のときは迷子のように小さくなって震えていたその背中は……。
なぜか今は鉄壁のように大きく、頼もしく見えた。
「ぼ……ボウイ、はん……」
誰かが、そう呼びかけた。
しかし、彼は振り向かない。
ごうごうと荒波のように狂い飛ぶ敵を、ただじっと見据えていた。
「みんな、僕の後ろから、絶対に離れないで……! 大丈夫、僕がみんなを、守ってみせる……!」
それはトランプ勝負の時の、何をするにもおどおどしていた彼からは、信じられないほどの……。
決意と自信に満ちた、一言であった……!
「よ……よぉし、こうなったら、トコトン付き合ったるでぇ! なんたってわては、すべてをボウイはんに見られたんやからなぁ!」
チャリンがボウイの背中につくと、周囲のクラスメイトたちもひとつになって、身を寄せ合う。
「よ、よく考えたら私たちも、ボウイくんにはハダカを見られちゃったんだよね!」
「そうそう! だから責任を取ってもらわないと!」
「ひとりじゃ死なせない……! 地獄の底までついていくわ、ボウイくんっ!」
彼女たちの物言いにはなんだか引っかかったが、少年はそれどころではなかった。
残り少ないタイムリミットのなかで、頭をフル回転させていたのだ。
――攻撃よりもまずは、次のコイン発射を凌ぎきらないと!
コエ! 盾みたいなのはないの!?
――はい、旦那様。パラダイスカイストアには持ち運べる盾がございますが、人数分のものを出現させるには、少々お時間がかります。
設置型の盾であれば間に合うかもしれませんが、側面や上空に回り込まれて発射されてしまう可能性があります。
――それじゃあ、僕にだけコインを集中させる方法はないかな!? 僕は弾道が見えるから、盾があれば、なんとか捌ける!
――アンデットモンスターの注意を引き、同時に旦那様をお守りする、盾となるもの……。申し訳ござません、そのようなものは……。
しかしコエはハッと息を呑むと、
――いえ、ございます。盾ではないのですが、その両者の特性を持ちあせたものが、ひとつだけ……。
――じゃ、じゃあそれを早く買って!
――す、すみません、旦那様。いまのは聞かなかったことにしていただけませんでしょうか。本来の用途とは異なり、使い方を少しでも誤ると、旦那様自身にも危険が及びますので……。
――構わない! それを早く出すんだっ! コエ!
主人から強い口調で命令され、メイドはありもしない腸を断たれてしまったかのように、身を縮める。
――か……かしこまり……かしこまり、ましたっ……!
……ぱぁぁぁぁぁ……!
少年の両手が、例の光に包まれる。
そして現れた、『盾』は……!
「えっ……えええええええええええええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
手にしたボウイでなくとも目玉が飛び出しそうになってしまうほどの、とんでもないシロモノであった……!




