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25 バイシクルメイド

「それでは旦那様、AMR(アムール)用の『バイシクル変形(トランスフォーム)』プラグインをご案内させていただきます」



 メイドの折り目正しい案内が終わると同時に、



 ……ふわっ!



 と光るボウイの左腕。


 浮かび上がる『パラダイスカイストア』の画面には、この世界では見たことのないようなものが浮かび上がっていた。

 無理に似たものを挙げるとするならば、乗馬練習用の木馬の前後に、巨大な丸いお盆のようなものが付いているのだ。


 ようは二輪車(バイク)なのだが、そんなものはこの世界にはない。

 初見の少年は「これ、何……?」と同然のように、疑問を口にする。



「そちらは『バイシクル』と申しまして、この世界でいうところの馬と同じように、シート……鞍の部分に跨がって、騎乗する乗り物でございます。下に付いております、車輪……輪のようなものが回転して、推進する仕組みになっています」



 その説明でも理解してもらえなかったので、コエはさらにかみ砕く。



「こちらの世界で申しますと、魔導装置のようなものでございます」



「ああ、魔導装置ね! ラスト・マギアは触媒だけじゃなく、魔導装置まであるのか!」



 それでようやく、ボウイは納得したようだった。


 『魔導装置』というのは、魔法を原動力とした装置全般をさす。

 家庭にあるものとしては、魔力によって灯りを灯すランプや、クラッグを粉砕するためのミキサーなどがある。


 さらには、この世界でもっとも一般的な乗り物は馬なのだが、その馬を模した『魔導馬』。

 一般的でないものとしては、巨人を模した搭乗兵器、『魔導巨人』などもある。


 ようは、魔導人形(ゴーレム)をさらに単純にしたものといえばわかりやすいだろうか。

 ゴーレムは魔法により自律的に行動するが、その思考のための術式を単純化し、『光る』や『走る』などの命令のみに特化した装置が『魔導装置』なのである。


 この世界にとって、無くてはならないものではあるが、魔力を原動力としているので、普及しているのは裕福な家庭のみ。

 庶民はいまだに灯りはランタンだし、クラッグを作るための材料の粉砕も手動でやっている。


 ボウイはラスト・マギアの魔導装置がいったいどんなものなのか、早く確かめたくて『今すぐ買う』に手を伸ばした。

 しかしはたと手が止まる。


 なぜならば、このバイシクルフォームのお値段……。


 なんと、300,000pp……!


 いま視界の左上に表示されているppの残高が、『684,932pp』なので、半分近く失うことになる。


 少年はブタの貯金箱を前に、ハンマーを振りかざすか否か迷っているかのように、唸りに唸った。



「うっ……! 高い……! う……うう~ん! でもバイシクルっていのも、見てみたいし……! ううっ……! うう~ん!」



「あの、旦那様。このバイシクルフォームは現在セール中でして、本来ですと50万ppほどするプラグインです。それにサイドカーオプションも付いておりますので、大変お買い得となっております。この機会を逃されますと……」



 まるで電気街で絵を売りつけるお姉さんみたいに、メイドも後押ししてくる。

 その口調はいつもどおり落ち着いていて、淑やかだったが……。


 どこか熱が込もっているような気がして、ボウイは不思議に思った。



「もしかして、コエも……これが欲しいの?」



 するとコエは、ハッ!? とほんのわずかではあるが、確かにのけぞった。

 慌てて取り繕うように、わたわたと手を振り回す。



「そんなことはございません。わたくしはこのバイシクルフォームが、セール中のうえにサイドカー付きでとてもお得だと感じましたので、お勧めさせていただいた次第です。あの、わたくしの本意のようなものでは、決して……」



 しかしすぐにしゅんとなって、白状しはじめた。



「……誠に、申し訳ございません……。旦那様のおっしゃる通り、わたくしは、このバイシクルフォームを旦那様にお買い上げいただきたいと、心の中で思ってしまいました……それがつい、出てしまったのかもしれません……」



「どうして僕に、買ってほしいと思ったの?」



「はい……。すでに申し上げたことではございますが、わたくしは旦那様のおそばにいられることが、なによりもの喜びなのです。特に変形(トランスフォーム)プラグインは、旦那様に密着できますので、とても嬉しくて……」



 メイドは白磁の頬を、ピンクの染めながら続ける。



「それにバイシクルフォームであれば、旦那様に乗っていただける。わたくしに跨がっていただけると思ってしまいまして……つい……」



 とうとう、かぁ~っと赤くなり、穴があったら飛び込んでいきそうなほどにモジモジし始めるコエ。

 白魚のような手で顔を覆って、童女のようにイヤイヤをしている。


 かなり妙な動機ではあったが、それでようやくボウイは納得いった。

 そして、ふんぎりもついた。



「よし、じゃあ買うよ!」



「えっ……? よろしいのですか?」



 チラッ、と指の間から、主人の機嫌を伺う犬のように見つめ返してくるコエ。

 ボウイは頷き返しながら、同時に『今すぐ買う』を叩いていた。



「うん。ラスト・マギアでコエが幸せになれるなら、僕にできることならしてあげたいと思って。だって僕はラスト・マギアを見つけたら、まず自分がいい思いをして、そしてみんなにも喜んでもらうために使いたいと思ってたんだ」



 ……ぱぁぁぁぁぁ……!



 昨日、初めてメイド服をプレゼントした時のように、コエの身体が光に包まれる。

 輝きの中で、メイドは嬉し泣きするように微笑んでいた。



「……ありがとうございます。旦那様……。わたくしは、わたくしは……。やっぱり旦那様にお選びいただいたことを、なによりも嬉しく、そして光栄に思います……」



 しかし少女のその感動は、すぐに少年の驚愕に取って変わる。



 ウイーンッ! ウイーンガシャッ! ウイーンガシャッ! ガシャッガシャッ!



 美少女の身体が、内部モーターが動くような音とともに、突然崩壊。

 四つん這いような姿勢になったあと、手足がぐいんと伸び、サスペンション付きのフロントフォークとリアフォークに変わる。


 美しい顔面が割れてヘッドライトになり、形のよい頭からはトナカイの角のようにハンドルが生えた。

 流れるような髪はさらに伸びてカウルになる。


 ぷりんと突き出されたお尻がテールライトになり、引き締まった腰がシートになり、そして……。

 乳搾りを待つ牛のような量感のある乳房は、燃料タンクに……。


 いつも清純可憐だった美少女メイドは、あっという間に見る影もない姿に……!



「バイシクルへの変形(トランスフォーム)、完了いたしました。さぁどうぞ、旦那様……わたくしに、お跨がりになってくださいませ……!」



 しかして、その変わり果てたモノから響く声は、どこか誇らしげで……。

 これから主人と散歩に行く犬のように、揚々としていた。

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