24 寝過ごした朝
――夢か……。
父さんの夢を見るの、ひさしぶりだな……。
少年は、意識を取り戻す。
同時に、えもいわれぬ柔らかを感じた。
まるで雲のなかに顔を突っ込んでいるかのように、頭全体が、筆舌に尽くしがたい柔らかさに包まれているのだ。
――夢から覚めたと思ったら……。
まだ、夢の中だったか……。
それにしても、気持ちいい夢だなぁ……。
まるで、母さんに抱っこされてるみたいだ……。
亡き母を思い出し、すぅ、と深呼吸。
胸いっぱいに吸い込んだ香りは、どこか覚えのあるものだった。
――ああ、すごくいい匂いだ。
この、匂いって、たしか……。
思い出した瞬間、意識が一気に覚醒する。
「こ……コエッ!?」
がばっ! と身体を起こそうとして、
……ぼみゅんっ!
と顔を、巨大なマシュマロのような物体にしたたかに打ち付けてしまう。
下からの突き上げで、たゆんと大きく弾む物体。
それをよけて、身体を起こしてみると……。
「あっ、お目覚めになりましたか? おはようございます、旦那様」
窓から差し込む朝日をバックに、朝顔のような笑顔が迎えてくれた。
コエは、ボウイの自室のベッドの上で正座していて、気を失ったボウイに膝枕を提供してくれていたのだ。
「昨晩、旦那様がお気を失われた時はびっくりいたしました。わたくしが、旦那様の心拍数の変化に注意していればよかったのですが……。誠に申し訳ございません」
コエは心の底から申し訳なさそうに言いながら、ベッドの上で三つ指ついて、深々と頭を下げた。
「ぼ、僕……気を失ってたんだ……。ってことは、女子寮のお風呂を覗いたのも、夢じゃなかったんだ……」
少年は、昨晩の出来事も夢であってほしいと思っていたが、その望みは早々に断たれてしまう。
「はい。旦那様が突然お倒れになられましたので、わたくしはいそいでお風呂から失礼させていただいて、旦那様のお部屋へとまいりました。そうしたら、血の海に沈んでいる旦那様がおられまして……」
「ち、血の海!?」
「はい。血圧の上昇により、お鼻からたくさん失血されておりました」
コエのその説明で、ボウイは気付く。
部屋が片付いてピカピカになっているのと、昨晩着ていた服が干してあって、別の服に着替えさせられているのを。
「僕の介抱だけじゃなくて、掃除と洗濯までやってくれたの?」
「はい。鼻血で旦那様のお召し物と、お部屋が汚れておりましたので、旦那様に膝枕をさせていただくついでに、お洗濯とお掃除のほうもさせていただきました」
膝枕しながら、どうやって掃除と洗濯をしたんだろう……とボウイはちょっと疑問に思ったが、それよりももっと気になることがあった。
「……ってことは、ひと晩じゅう、僕に膝枕してたってこと?」
「はい、左様でございます、旦那様」
見目愛らしい美少女メイドは、こくん、と事もなげに頷き返す。
「膝、痛くなったりしないの? それに、ぜんぜん寝てないんじゃ……?」
「お気遣い、ありがとうございます。AMRはご使用になる方が望まないかぎり、痛みを感じることはなく、また睡眠も必要としません」
「そうなんだ……」
「もしわたくしに痛みを与えることをお望みなのでしたら、パラダイスカイストアで、プラグインをご案内させていただきますが……?」
「いや、いいよ」
少年は、わざわざ他人に傷みを与えたがる人間などいるのだろうかと思ったが、敢えて深くは聞かないことにする。
それよりも、窓から差し込む光が、やけに眩しく感じた。
「コエ……いま、何時?」
「はい、10時28分40秒でございます」
「ええっ!? もうそんな時間っ!?」
少年が大きな声を出したので、コエは驚いて正座のままぴょんと飛び上がってしまった。
そして本当に申し訳なさそうに、ペコペコ土下座を繰り返す。
「も……申し訳ございません、旦那様。旦那様のお休みされているところをお邪魔しては良くないかと思いまして、起こさずにおりました。明日からは必ず時間どおりに起こさせていただきますので……」
「いや、謝らなくていいよ! それよりも、早く行こう! 今日も実技だから、急がないと遺跡への馬車が出ちゃう!」
この世界にある冒険者学校では、主に演習と実技のふたつの授業が行われている。
演習は、学校内で選択科目ごとに分かれての、座学や技術練習。
たとえば普通科の場合、『戦士科』なら剣術について学び、『弓術科』なら弓術について学ぶ。
実技は、昨日行っていた遺跡の探索などの、ほぼ実戦といっていいダンジョン探索や、クエストなどを行う。
これはクラスごとのグループに分かれて行なう。
それらの科目のうち、実技の授業のほうを多めに行っているのが、ボウイの通う『アインダス第四学園』なのである。
『アインダス第四学園』があるのは、『アインダス学園街』という大きな街。
第一から第四までの四つの学校が集まってできており、この世界では一般的な『学園街』という形態の街である。
先日新たに発見され、昨日ボウイたちが探索したのは『アインダス第一遺跡』。
このアインダス学園街では初めての遺跡である。
この世界には、同じような遺跡の建物がいくつもあるのだが、入り口の扉を開けるには古代の暗号を解き明かさねばならず、世界にはまだまだ閉ざされた遺跡がたくさんある。
暗号は、その遺跡のある国の王様が研究機関を使って解読させ、入り口の扉を開ける。
そして研究機関の大人たちが大まかに調査をしたあと、『遺跡発見』のお触れが出され、一般に開放される。
要は、この世界は遺跡だらけで細かく調査をしているヒマがないので、開けたあとは一般の冒険者に探索させて、なにか凄いものが見つかりそうだったら王室の機関で本格的に調査しよう……という魂胆なのである。
そんなわけで、『アインダス第一遺跡』も、発見早々に一般公開された。
学園街にある遺跡ということで、冒険者の卵たちの格好の教材となった……というわけだ。
ちなみにボウイの所属する『アインダス第四学園』から『アインダス第一遺跡』までは距離があるので、学校から馬車に乗って向かう。
ボウイが転げるように屋根裏部屋から飛び出した頃には、生徒たちはみんなもう出払っていて、寮内はがらんとしていた。
普通科の生徒で、寮から通っている生徒であれば……。
寝過ごして馬車に乗り遅れたところで、誰かが呼びに来てくれるのだが……。
準備科の生徒であり、屋根裏の住人であるボウイは、当然のように置いてきぼりであった。
「……やっぱり、もう行っちゃったかぁ~」
ボウイはもぬけの殻となった馬車乗り場で、へなへなと崩れ落ちる。
「遺跡までは歩いて行くと遠いんだよなぁ……。あ~あ、せっかく今日もラスト・マギアの調査ができると思ったのに……」
……昨日までは、それまでであった。
今日も、今までどおりであれば……。
誰からも気遣ってもらえることもなく、とぼとぼと歩いていき、みんなが帰ろうとしている頃に遺跡に到着するという、惨めな一日になるはずであった。
しかし、今日からは違った。
幸運の女神のような存在が、いつもそばにいてくれるのだから。
「それでは旦那様、乗り物をご用意いたしましょうか?」
「えっ!? ラスト・マギアって、乗り物まであるのっ!?」
少年はもはや、ひとりではないのだから……!




