異類婚姻譚
私は座敷童子だ。
子供にだけ見えて、大人には見えない。
子供の数を数えてみると、一人多い気がするけど、どれが余計な存在なのかは分からない。
私がいる限りその家は繁栄して、私はその家を守る。
その代わり、出ていってしまえば途端に落ちぶれてしまう。
まあ、これはプラスがゼロになるだけで、落ちぶれたというよりは元に戻った。という表現の方が正しいのではないだろうか。
まあつまり、貧乏神の逆が座敷童子なのだと考えてもらえばいい。
私は野木の一族に取り憑いている。
もう何百年ぐらい取り憑いている。
とはいえ、妖怪というのは『存在している』だけで『歳を食う』わけではないから、私は今も昔も十七歳なのだけど!
…………。
なんか、つっこんでくれる人がいないと、ボケのしがいがないなあ。いや、十七歳なのは事実なんだけど。
取り憑いた野木の一族は『呪われた一族』だった。
この世のものではないものが安定した食事の供給を保つために、呪われてしまった一族だった。
私は座敷童子としての存在意義を守るために、彼らの呪いを解呪することにした。
この呪いを解呪する方法はたった一つ。
この世のものではないものを、倒すこと。
それはほぼ不可能だと言ってもいいことだった。なんせ、その名の通り、相手はこの世のものではないのだから。
無謀な抗いは何世代にも続いた。その間にも呪いは強くなり、一族は繁栄して、たくさんの一族が食われていった。
それを見る度に、私は心が傷んだ。やるせない気分で滅入った。どうすればいいんだ。どうすればいいんだ。そうこうしているうちに、一族は衰退をはじめて、いつのまにかやしーだけになっていた。
しかし、私だってずっとムダなあがきを続けていたわけではない。
この世のものではないものを殺すための呪詛を知った。それを木に刻んで、この世のものではないものを殺す剣をつくった。
それで一部を殺すことも成功している。
そう、あとは本体だけだ。本体を殺すことさえできれば、やしーは救われるのだ。
「だから、さっさと死ねえええ!!」
篠突く雨の中、私は叫んで、剣を両手で掴むと宙に浮いている体の体勢を整えながら、この世のものではないものに降りおろした。
この世のものではなく、それゆえに存在のないこいつは、まるで黒いもやのように見える。黒いもやに剣をつきさすというのは、それこそ暖簾に腕押しというか糠に釘というか、手応えがなさすぎて、果たしてうまくつきさせているのかどうかは、よく分からない。相手の反応を見ない限り、その結果は分からない。
今回は、どうも失敗だったらしい。
黒いもやは剣を避けるように散らばった。地面に手をつきながら着地した私は、そのまま黒いもやから距離をとるように後転をした。直後、黒いもやが着地地点をたたく。
まったく、私はそっちに触れないのにそっちは私に触れるなんて、ズルいじゃあないか。
肩肘たてて座り込んだ状態で、私は剣を黒いもやの方へと向ける。剣には呪詛が刻まれている。やしーは『ラーメンの器に書いてある四角の連続みたいな、そんな紋様』と言っていたけれども、まあ、そんな感じだ。
『死ね。か』
黒いもやが言葉を放つ。
口なんてものがあるとは思えない姿をしているが、よくよく考えてみればこいつは野木一族を『食って』いるのだ。食うということは、口があると考えていいだろう。
口があれば話すことだってできる。話せば意思疎通ができる。だから、こんな争いをしなくてもいい。ということにはならないのだけれど。意思疎通ができるからと言って、仲良くできるとは限らないのだから。
『そんなことはできないことは、知っているだろう座敷童子。お前はどれだけ私に盾突いて失敗してきたか、忘れたか』
「忘れてないよ。忘れてないから、こうして盾突いてるんじゃあないか」
『意味もないのを理解しているのにか』
「無駄ではないことを知っているから」
私は剣を前に突きだしながら黒いもやへと突撃する。まるで槍のような体勢になった私は、そのまま黒いもやの中に突撃して、黒いもやの中で剣を振るった。
当たった感触は変わらずない。
当たっても当たってなくても、感触は変わらないだろうけれども、当たっていない。ということだけは理解できた。
直後、私の体をなにかが地面に叩きつけた。殴られた衝撃が背中から胸へと響く。地面にぶつかって反射する。目が飛びだしてしまいそうだったが、見えるところを見るに、飛びだしてはないらしい。口から吐瀉物とともに溢れた赤い血を見るぐらいだったら、見えない方がよかったかもしれないけど。いや、やっぱり目がなくなるのは困るや。
『座敷童子は『家を繁栄させる妖怪』その力はこちらにとっても便利だから残しておいたものの、こうも噛みついてくると鬱陶しく思える』
「座敷童子は、家を繁栄させて、その家を守る妖怪だよ。例えばあんたみたいなやつからね」
押さえつけられている体をムリヤリ捻って、自分を押さえつけている黒いもやに斬りかかる。感触はない。けれども、今度は当たったらしい。体を痛めつけることを覚悟して近づいたけれども、それで合っていたらしい。当たった部分の黒いもやが消えていくのを確認して、私は距離をとる。直後、迫ってきた黒いもやに、私は剣を盾にするように構える。剣の大きさは盾にするにはあまりにも小さいけれども、触れたらダメな分、相手は必死に避けようとするだろう。実際、黒いもやは私を避けるように左右に裂けて避けた。私はほう、と安堵の息を吐く。しかしそれは、『回避』ではなかったことを、すぐに理解した。
ずあっ、と視界外からなにかが私の顔面を殴った。それがさっき、剣を躱すように――私を囲うように裂けたこの世のものではないものであることを理解するのに、そう時間はかからなかった。
私の体は大雨でできた水たまりの中に、体を沈ませた。弾かれた砂混じりの水が口の中に入って、じゃりっ、と噛む音がした。
「――っ!」
『戦ったことはないだろう。守ったことがあるだけで』
次に来る行動は理解できた。しかしそれに対して、体が反応するのが遅い。もどかしさを感じるほどである。
私の脳内イメージ的には、既に私は体をゴロゴロ転がして、相手の攻撃を華麗に避けているはずなんだけれども、痛みによがっている体は意思の通告に反応が遅れて動けないでいた。
ずしり、と重みが私の体を襲う。それが黒いもや――この世のものではないものであることは容易に想像できた。
私はすぐに体を痛めつけるように捻りながら、剣をもやに突き刺そうとした。しかし痛めつけられた体は言うことを聞くのに、数瞬の時間がかかる。その間に、私の腕を潰して剣を叩き落とすのは、誰にでも容易だっただろう。
「あづっ!」
まるで手のひらを万力にかけられたようだった。そんな事故にあうのは私ではなくてやしーの仕事なので、それが本当はどんな感覚なのかはいまいちよく分からないのだけれど。
ともかく、ぐちゃり。と地面と黒いもやに挟まれて潰された私の手は、いともたやすく剣を離した。
『守ることしかできないお前に、私が殺せるとでも思っていたのか?』
「…………私は確かに、戦ったことはないよ。今回のこれが、はじめてだ」
私の周りを、黒いもやが覆っている。どこからかこの世のものではないものの声がする。どこからしているのかはさっぱりわからないし、こいつが今どんな状態なのかもいまいち分からない。
分かることがあるとすれば、こいつは私を見下ろしている。ということぐらいか。
それと、私を押し潰している。ということか。
地面と黒いもやに肺と肋骨を押し潰されて口から息を吐くことさえ困難になりつつ、私は言葉を紡ぐ。言葉を吐きながら、血反吐も同時に吐いている気分だった。それはきっと、間違いではない。
「戦うことがこんなにも痛いものだとは思ってなかった。苦しいものだとは思ってなかった。死にたくなるようなものだとは思ってなかった」
『ならば、諦めればよいだろう。あの一族が衰退したところで、お前には関係のないことであろう』
「けど、それが諦める理由にはならない」
『なぜ』
「決まってるだろう。悔しいからだ」
一族を守れなかったことの方が、もっともっと、辛いからだ。
お前に食われていく一族を見て、見続けて、失敗し続けて、ダメだったとして、それで歩みを止めるか。止めてたまるか。
私は守ってみせる。救ってみせる。やしーを、今度こそ。
「だから、私はお前を殺す」
腕を伸ばして、再び剣を掴もうとする。しかし、剣に手は届かない。それよりも先に、私の体は地面から引き離されたからである。宙に浮いているようにみえるだろうけれども、私は締めつけられている。握りしめられている。
腰辺りから悲鳴が聞こえる。息ができなくなるどころか、腸の中にあるものをすべて吐きだしてしまいそうだった。いやだなあ、せっかくおいしくできた夕飯だったのに。吐きだしてしまうぐらいならば、食べてこなければよかった。
『そうか、そうか』
この世のものではないものは至極残念そうに呟く。
『お前の能力は残しておきたかったが、まあ、仕方ない。一体いれば、まだ、あの一族は続くからな』
一体?
どういう意味だ?
野木の一族にとり憑いている座敷童子は二人いるとでも言うのか?
だとするならば、そのもう一体の座敷童子はなにをしてるんだ。座敷童子の本懐というか、本質を忘れているのだろうか。
そんなことを考えた瞬間、私の体を今までで一番強い力が襲いかかってきた。
私の視界は、一瞬で自分の血で赤く染まって――だから、飛んできたそれが一体なんなのかは、はじめは理解できなかった。
***
正直なところ。
座敷童子に『心を読む能力』がないことは重々承知していた。
ネットで調べてみてもそんな能力があるという記述は一個もなかったし、多分あれは僕が思ってることが顔にでやすいタイプだったのだろう。
それに、もし仮に『心を読む能力』なんてものを持っていたとしたならば。
姉さんは今、この世のものではないものと戦ったりしないだろうから。
「…………」
外は大雨だった。篠突く雨だとでも言えばいいのだろうか。
少し走っただけで、べっとりと体に張りついた雨が体から体力を奪っていく。額に張りついた髪をはらう余裕もなかったけれども、さすがに目に突き刺さった時にははらいのけた。
地面から跳ね返ってきた雨水は、ズボンのすそを躊躇なくぐっしょりと重たくしていく。
外は異常なまでに暗くて、おかしなまでに寒くて、不思議なぐらい人が歩いていなかった。
それだけで、いまこの瞬間が異変に巻き込まれているのだということが分かった。
否、巻き込まれているのではない。その異変の中心にいるのが僕で、姉さんはそれに巻き込まれているのだ。自分から、巻き込まれにいっているのだ。
台風というか竜巻に自ら飛び込んでいる。
それはあまりにも無謀で、本来ならその竜巻の中心にいるべき僕は、竜巻の襲撃に耐えれるシェルターの中で、姉さんの帰宅を待つだけだ。
考えてみれば、なんとまあ、男らしくないことか。
このご時世、男らしいとか女らしいとか、そういう考えは時代遅れなのかもしれないけれども、それは『女らしさ』という表現が性的差別だと主張されているだけであって。
まあつまり、『男らしさ』の方は性的差別でもなんでもなく、むしろ『男らしくない男』はごみを見るように見られてしまう。
なんでだよ。
まあ、それをおかしいだろ。と言うのは女々しくて男らしくないので言及するつもりは全くないんだけれど。
えっと、つまり、なにが言いたいのかと言えば。
男である僕は男らしく、シェルターに閉じこもってたりしていないで、一人の女の子を助けにいかないといけない。ということだ。
曲がり角を曲がる。
水たまりで滑るけれども、地面をしっかり捉えて曲がる。
視界一杯に黒いもやが入ってきた。その黒いもやには見覚えがあった。ついこの間、家で襲いかかってきた一部にそっくりだったからだ。あれが、この世のものではないもの。この世に存在しているものではないから、なんなのかが自分たちでは理解できないから、まるで黒いもやがかかっているみたいに見える存在。
それが、姉さんを、握りしめていた。
その近くの黒いもやが同心円状に広がっている。
そこになにがあるのかは分からないし、なんなのかも分からない。
けれども、それが一体なにをしようとしているのかは大体理解できた。されそうになったことが一回あるから、理解できた。
僕は走っていた体を、地面を蹴るようにして止めながら、手に持っていたモノを強く握りしめた。
下半身は急停止。その力を上半身に移動させて、勢いは殺さずに、ぶん投げる。
「姉さんから手を離せや、この化け物があああああああああ!!」
僕は吼えた。
この世のものではないものが、こちらを見たような気がした。
弓を引っ張るように力をためていた腕を、振り抜く。
手に持っていたモノは――六本の長い物差しは、姉さんを掴んでいる場所へと風を切り裂きながら迫る。
この世のものではないものはそれを避けようとはしなかった。
実際、最初に接触した物差しは弾かれて、二本目も三本目も弾かれてしまった。
『驚いたな。てっきりあの家の中にずっと隠れているものだと思っていたが』
「僕はそこまで女々しくねえよ」
『だが、ここに来たところでお前になにができる?』
「できるさ」
四本目が弾かれる。
「例えば」
五本目が弾かれる。
「姉さんを助ける。とか」
六本目が突き刺さった。
『な、にいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃっ!!』
この世のものではないものが吼えた。
吼えることもできるのか、こいつは。
突き刺さった物差しを中心にするようにして、黒いもやが消え去った。抹消された。
記号による呪術の効果が発揮されるには、一体なにが重要なのだろうと考えたことが一度ある。やはり呪『術』なのだから、術士の念力とかそういうものではないだろうか、と考えたのだが、けれども、もし仮にそうであるのならば、記号である必要性がない。
別にどんなものでもよくなる。その時の気分で適当に書いていいはずだ。念力さえあれば発動するなら、白紙であっても問題はない。
けれども記号を書く。それも同じ効果を発動しようとしたら、同じ記号を書く。
ということはつまり。
一番重要なのは『記号の形』ということになるのではないだろうか。
だったら、僕にだってできる。
記号は、前に一度、見ている。
「とはいえ、やっぱり一度じゃあきついか。同じように書いたつもりだったんだけどなあ」
地面に落ちる六本目を確認しながら僕はボヤく。
模写はかなり精密な部分までできる自信はあったし、それは中身のない自信ではないことは自負していたつもりだったけれども、やはり呪詛を発動するまでの、それこそ機械的な模写は難しかったか。本物があったらちょっとコピー機に当てたりしたんだけどなあ。まあ、それでも、一本は成功したらしい。
『ふ、ふざけるな! そんなもので、そのようなもので、消されてたまるか!』
「ふざけるもなにも、消せるんだよ。大真面目に」
黒いもやにしか見えないこの世のものではないものが、僕に向けて咆哮する。
空気を震わせ、雨水を吹き飛ばして僕にぶつけてくる。思わず目を瞑ってしまう。その気迫に気圧されそうになる。
よくもまあ、姉さんはこんな奴を相手に立ち向かおうと──更に言えば殺そうと思えたな。
僕ならこいつから逃げながら呪いを解く方法を必死になって探しそうだ。まあ、見つからなかったから、立ち向かったのだろうけれど。
震えている心を隠すようにしながら、僕はこの世のものではないものと相対する。
「結局、お前はその程度の存在だったってことだ」
『おおお、体が削られる。体が消されていく。力が、力が足りぬ。お前ごときに、食らう、食らう、食らう、食らってくれる、食らってくれるうぅぅぅぅ!!』
「別にいいけど」
僕はこの世のものではないものを指さす。
「姉さんのこと、忘れて大丈夫なのか?」
『――――』
この世のものではないものは。
きっとなにかを叫んだのだろう。
けれど、それが聞こえることはなかった。
それよりも先に、呪詛を刻んだ剣を拾って、この世のものではないものの背後に回った姉さんが、それを思いっきり突き刺したからだ。
記号を使った呪詛で重要なのは記号の形だ。それは僕が剣の呪詛を模写したものを使ったことにより立証されている。
けれども、どうやら、それ以外にもやはり重要な要素はあるらしい。
僕の模写呪詛では一部分しか消すことができなかったこの世のものではないものが、一瞬にしてその姿を消した。霧散した。
文字通り、一撃必殺というか。
一体どれだけその呪詛に力を込めていたのだろうか。
「知ってる? 呪詛の詛は、訓読みで『のろい』って読めて、これのろいのろいって読むこともできるんだよ」
「……だからどうした」
「私の恨みは化物一匹消し去るほどだってことだよ」
呪いなんてものは結局、感情が強い方が強いに決まってる。
額からだったり口元だったり目からだったりから血を流して、腹をおさえるようにしていたり、片足の動きが悪いのかぎこちない足取りだったりと、なにかと満身創痍に見える。そんな姉さんは僕に対してドヤァ、と笑ってみせる。うん、無事みたいだ。
「やしーの好み的には、もっと血を流してた方がよかった?」
「僕を心配で殺す気かよ」
「なるほど、呪いも遠回しな方法で殺しにくるね」
まあ。と姉さんは「はふう」と息を吐いて、肩を落としながら空を見上げた。
雨はこの世のものではないものが降らせていたものなのか、はたまた呪いが降らせていたものなのか、さっきまでの篠突く雨と重々しい暗雲はどこにいったのか、青い空が広がっていて、ギラギラとした太陽が僕と姉さんの濡れた体を乾かそうとしている。
姉さんはやりきったと言わんばかりに、目を細めた。
「もう呪いは、やしーを殺しに来たりすることはないんだけどね」
「……さんきゅ」
「んん? なに? 聞こえないなあ?」
「水に濡れて下着が透けてみえるぞ」
「やしーに見られた程度じゃあ、恥ずかしくもなんともないよ」
「ちっ」
「お礼を言うのはこっちだよ。やしーが助けに来てくれなかったら私は死んでたかもしれないから。いいこいいこー」
「無理すんなよ。僕のほうが姉さんより背が高いんだ。頭まで手は伸びいててててっ!」
「ただし、結界の中から勝手にでてきたのは罰を与えよう。もしそれで死んじゃったら、私は死んでも死にきれないよ」
必死に頭に伸ばそうとしていた手は、僕の耳たぶの方に移動してそのままぐいっと引っ張った。姉さんは罰だ。と言う割には楽しそうにしている。いや、罰だから与える側が楽しいのは普通か。
「しかし、よくここが分かったね。なに、もしかして私を探して街中走り回ってくれたの? いいねえ、好感度あがるよ」
姉さんは僕の耳たぶを引っ張りながらニヤニヤ笑いつつ、僕にそんな風に尋ねてきた。
「いや、ここまでまっすぐ来たよ」
「へえ、すごいね。絆を感じるよ」
「呪いってすごいな」
「ん?」
「いや、姉さん言ってただろ。『逃げてもダメだったし、逃がしてもムダだった。まるでレーダーで探しているみたいに出会った』って」
逃げることができない呪い。必ず出会うことになってしまう呪い。
だったら、相手に出会いたい時は、その呪いに身を任せればいいという話だ。
川の流れに乗るように、磁石の磁力に引っ張られるように。
僕は自然と、姉さんの元へと向かうはずだ。
「ふむふむなるほどね。あの呪いにそういう使い方があったなんて、想像だにしてなかったよ……ん?」
と。
そこで。
耳を引っ張り続けていた姉さんの手が止まった。
ようやく気づいたか。
「ん、ごめん。ちょっと待ってね。つまり、やしーの言うことを整理してみるとあれだよね。やしーは私に好かれているということを確信していた自信過剰野郎ってことになるんだよね?」
「まさかそっちを突っ込まれるとは思ってもなかったなあ」
そこに関しては呪いが発動したという話を聞いてから気づいた。
呪いが発動しているのだということjは、僕が好きな人が運命の人だという理解でいいはずなのだから。だから、まあ、口を塞いだりしたのだけれど。
「なるほどねえ、だからここ最近、ダメージを受けるはずだよ。運が悪いんだから、深刻なダメージを喰らうことだって、多々あるだろうし。ああ、傷物にされちゃったのかあ、私は」
姉さんは自分の体の調子を確かめるように動きながら、僕を睨む。口元は緩んでいるから、多分、からかっているのだろう。
「…………」
「ほら、ほら。なにか言わなきゃいけないことがあるんじゃあない?」
「それ、乗らないとダメですか」
「ダメだね」
「はいはい……」
両手でこいこい、としている姉さんに、僕はがっくりと頭を落としながら脱力気味に言い返す。
考えてみれば、これも姉さんの作戦の一つだったのかもしれない。
だって、頭を落とすということは、背の低い姉さんでも手が余裕で届くようになるということなのだから。
「傷物にした責任は、しっかりとりますよ」
「よろしい」
両手で、両耳を掴まれた。
ぐいっ、と引っ張られて、姉さんの顔にまで引き寄せられた。