討伐演習 1
「だからどうしてそうなる」
頭痛を覚え呟くシーガルにミリアはフフンと鼻で笑って見せた。
非常に腹立だしい。
「可愛い子は人類の宝なのよ?
知ってるでしょう?」
ミリアの非常に困った性癖というか持論はシーガルもよく知っている。
それはそれは非常に、よく、知っている。
だがしかし。
「それがどうした」
認めてやる訳にはいかない。
これは昔からシーガルの中では絶対だ。
認めてしまったら大事な存在があっさりと相手に取られてしまう。
彼女は押しに弱く、そして目の前の人物は押しが強いことで有名だった。
しかも敵は目の前の人物だけではない、否、目の前の人物には協力な相棒が存在する。そう、最初から敵は複数存在するのだ。
「往生際が悪いわよ、シーガル」
涼やかな声が割って入る。
ミリアの相棒、リーシャの登場だ。
「譲りなさい」
きっぱりと言い放つリーシャにシーガルは断固として首を縦に振ろうとはしない。
冗談ではない。
「あのように可愛い存在は私たちに愛でられる為にあるのよ?
そんな絶対的な理を歪めようなんて、許されると思っているの?」
理不尽且つ非情な女神の様な物言いに、それでもシーガルは言い返す。
「断る」
「シーガル?」
こ言葉少なくスッと切れ長な瞳を眇め睨み付けてくるリーシャは非常に怖い。爆発的に言葉で畳みかけてくるミリアの比ではない。
「譲りなさい」
周りの空気を凍らせかねない言葉の冷たさに背筋に嫌な汗が滲むのを感じるが負ける訳にはいかない。
それはそれは絶対に。
今更ではあるが、彼らは今、騎士科の訓練で使われている演武館と呼ばれる施設にある演習場のほぼ中央で睨み合っていたりする。
少し前までは同じクラスの数人が近くにいたのだが彼らの睨み合いが始まって直ぐにそそくさと離れていった。
懸命な判断である。
何と言っても騎士科トップと二大女傑の睨み合いだ。とばっちりで捲き込まれて怪我でもしたら洒落にならない。
「そろそろ始まるかねぇ………」
呆れた風に溜め息をついたのはルーディ。
その隣りでサラディーンが苦笑している。
「一日一回のお約束だ、仕方あるまい?」
「それもどうよ」
そろそろ演武館、吹っ飛ぶんじゃないか?
ルーディの言葉を否定出来る要因を見付けられずサラディーンは明後日の方向を見遣りあからさまに安堵した表情を浮かべた。
「救世主の登場だ」
言われて同じ方向を見たルーディもそこに現れた『救世主』の姿を確認すると口許に笑みを浮かべた。
「俺たちの平安はあいつのお陰だよな」
「確かに、否定できないな」
二人の視線を受けながら問題の人物がトコトコと睨み合う三人の方に向かって行った。
関係的に2対1。
だからと言って引くつもりのないシーガルは静かに腰に穿いた剣に手を伸ばして。
「シーガル様」
柔らかい声に構えを解き振り返えると。
「オルガ」
今までのお前は別人か、と訴えられても文句が言えない程の変わりように息を潜めていた面々がガックリと崩れ落ちていく。
浮かべられた笑みにオルガも柔らかい笑みを返す。
「………えぇと、お邪魔でしたか?終わりの刻限かと………」
思ったのですが、と続く筈の言葉は続くことなく遮られた。
ある意味物理的に。
「オルガァァァァッ!!!」
語尾にハートマークを撒き散らしながらミリアとリーシャがオルガの細い身体に抱き付こうとした。
「きゃぁぁぁぁっ?!」
「何しやがるっ!」
咄嗟にオルガの腕を引き、危機を回避させたのは流石にクラストップを謳われるだけある。
シーガルはオルガを腕に納め女傑二人を睨み付けた。
「今の勢いでオルガに飛び付いて無事に済むと思うのか!
ばかたれぇ!!」
怒号が演習場に響き渡る。
どうやら今回も軍配はシーガルにあがったようだ。
彼は腕の中の存在を当然のように促し演習場を後にした。
その様子の一部始終を眺めていたルーディとサラディーンが苦笑を深めた。
「相変わらずだな」
「歪みがなくて何よりだ」
今日も騎士科の平和は守られた。
が。
「知ってるか、サラ」
「ん?
あぁ、討伐演習の話か?」
サラディーンの返しにルーディが頷く。
「あの四人とジェリドとレイドの六人で組むんだって?」
「………魔獣が不憫だな、不機嫌なシーガルの相手をすることになるとは」
演習地区が焦土と化した光景を思い浮かべた二人はどちらともなく顔を背け討伐対象である魔獣に深く同情したのだった。