三月二十九日 午前
「すいません!
何か食べる物をください!
できればじゃこ天があると嬉しいです!」
えらく元気のいい声で俺に掴みかかってきた謎の少女がそこにいた。
菜の花揺れる三月二十九日、無人の菜月駅から午前七時八分の列車に乗るのは俺、篠塚幸弘と幼馴染の水島綾乃の二人のみのはずだった。
「色白肌、着物、金髪ツインテール、巨乳……」
真新しいセーラー服姿の黒髪ポニーテールな綾乃が、その垂れ目を大きく開いてぽつりぽつりと己のトラウマの化身に向かって呟く。
陸上部員として走りこんだゆえの茶褐色な肌が健康的と俺は思うのだが、気にしているらしく肌荒れ美容グッズに少なくない小遣いを費やす姿は微笑ましいと思う。
「ちょっと、幸弘。何見ているのよ?」
綾乃の穏やかなる丘陵部を一瞥した後に謎の少女の双峰も拝見。うん。間違いない。
「やっぱり外人さんは食べている物が違うな……へぶっ!」
最後の謎の擬音が入るのは綾乃のグーパンチのせいである。
どうみても日本人ではないその姿で、桜色の着物を着てホームに倒れていた彼女をとりあえず俺脳内にて謎の美少女と命名。
「という訳で、謎の美少女さんや。
そこの電話ボックスから赤いボタンを押すと、おまわりさんが相談に乗ってくれるからそれを使うように。
で、綾乃よ、列車はまだか?」
「あと二十分は待たないと来ないね」
「ナチュラルに私を無視するなぁぁ!」
お、つっこみができる謎の美少女。釣り目で怒る姿もけっこうかわいい。
「こういう時に、手を差し伸べるというのが美しい日本人の在るべき姿じゃないの!」
「だって……」
「ねぇ……」
助けを求めたのは分かるが、振袖と巨乳を揺らして俺の首をかっくんかっくん絞めながら、食い物を要求する金髪ツインテールな謎の美少女とお知り合いになりたいと?
なお、謎の美少女を強盗という言葉に置き換えても問題無いだろう。
俺はなりたくない。
もちろん、世の中にはフラグという物があるというのも知っているが、ここまで揃っているフラグというより釣り針だろう。彼女。
どう考えても、ろくでもない事が待ち受けているに違いない。
俺と綾乃が互いの目で言葉を交わせば綾乃の方も『トラブルお断り』と口以上に語っていた。
ため息をついた音が目の前にいる謎の美少女から発せられ、彼女は重々しく口を開く。
「いいわ。
じゃあ、貴方の持っている食べ物を私が買います。
これでオーケー?」
「いや、だから待て。そこの謎の美少女よ」
「誰が謎の美少女?そんな本当の事言わないでよ」
「あんただ。あんた」
最後のつっこみは綾乃だったりするが華麗に無視する謎の美少女は、えっへんとその巨胸を反らせて自らの名前を告げたのだった。
「私には瑠菜という立派な名前があるんだから、ちゃんと瑠菜って呼んでよね!」
思えば、これが俺と瑠菜と綾乃の数奇な三日間の始まりだったのかもしれない。
「あー美味しかった」
「じゃねーだろ!
人の弁当全部食いやがって!」
謎の美少女改め、瑠菜が俺の弁当を空弁当に変えるまでの時間は十分もかからなかった。
その食いっぷりの良さたるや、男の俺が見ても顔負けである。
で、下品という食い方でもなく、咀嚼時に動く頭とオプションとかしたツインテールの金髪がぴこぴこと動く姿が触覚生物を思い起こし……かわいい?
「ご馳走様でした」
「お瑣末さまでした」
で、何でお前が頭を下げる。綾乃。
「いや、何となく」
「で、お茶はまだぁ?」
「買えよ!
自販機そこにあるんだから!」
無人の菜月駅にも公衆電話はあるし、自動販売機もある。
公衆トイレもあるし、水道の蛇口を捻れば水も出る。
「わたしお金持ってないし~」
まて。こら。
今、聞きたくない事をほざいたような気がしたが?
こっちのじと目に気づいたらしい瑠菜はそれこそ極上の美少女スマイルで一言。
「じゃあ、お礼は体で払うわ」
「ほほう。
いえ、結構でございます。
善意というのは人として当然のコトデシテエエ……」
決して、肩を掴んでいる綾乃の握力が凄いからじゃないので。綾乃の方を振り向くのにちょっと勇気が要るだけで。
「何よ。もう尻に敷かれているの?」
からかう様な瑠菜の声に綾乃がかちんときたらしい。語気を強めて言い放つ。
「お代はけっこうですので、とっとと何処かに行って頂けると嬉しいのですが」
勇気を振り絞って振り向くと、笑顔の夜叉がいた。
凄いね。人って笑顔に恐怖を感じる事ができるんだ。
「まぁ、怒らない怒らない。
どうせ貴方達は列車に乗るんでしょうが。
列車の中まで私はついて行く事はしないから」
瑠菜が目の前の線路見ると、がたんごとんと音が聞こえる。
延びる線路が一つに小さなホームが一つ。
小さな駅舎が一つ。国道を挟むと家は二件。
反対側は砂浜で、周りで海風に揺らめくのは満開の菜の花畑。
それがこの菜月駅を構成する小さな小さな世界だった。
俺の家はドライブイン経営で、綾乃はこのあたり一帯の山を持つ農家の一人娘。
昔は栄えていたのだがという日本の田舎に良くある過疎風景に映えるように、一両しかない列車が駅に向かってくる。
人間現金なもので、離れる事ができる災難から離れるとそれは美化補正がかかり、良い思い出として補正がかかるものである。
実際、和服を着た金髪巨乳外国人に弁当をたからられるというのは、普通の一般人が普通の人生を歩んでいる限りにおいて、なかなか出会う事ができないレアリティのイベントである事は間違いがない。
「まぁ、何だ。
何も無いところだが、菜の花と春の海を見飽きたらとっとと街に引き返す事をお勧めするぞ」
一両しかない列車がゆっくりとホーム中央で止まり、誰も乗っていない車内を見せつつそのドアが開く。
「大丈夫。飽きてもここを離れるつもりは無いわよ」
俺と綾乃が車内に乗り込んだことを確認した車掌が笛を鳴らして、そのドアを閉める。
「だって、地縛霊だからここ離れられないし」
聞かなければ良かったと思う発言が聞こえてきたような気がしたが、彼女の呟きに俺も綾乃も何を言わず、ただ静かにドアが閉まり窓の風景は動き出した。
菜月駅から列車で揺れる事十五分で郡中港駅に着き、更に徒歩で十五分歩いた先にある丘陵の上に県立姫南高校がある。
この辺りの中学生の進学高校であり、俺、篠塚幸弘と幼馴染の水島綾乃の通う予定の高校である。
なのだが、この学校に列車で通うことは不可能になっている。
何故なら、郡中港駅から菜月駅のある菜月海岸線は三月三十一日付けで廃線となる事が決まっているからだった。
カレンダーが四月に替わってからの姫南高校入学式は、バスで列車の二倍の時間と値段をかけて通学する事になる。
俺は十六になったらさっさと原付を取ろうかと考えているし、綾乃も同じ事を言った覚えがある。
かかる時間が同じならば、出発時間に制限があるバスより自由に時間を決められる原付の方がいいに決まっている。
幸い、朝とて国道は郡中港近辺まで混まないし。
ならば、今日の朝の列車は何だったのだったかと言えば、この姫南高校の入学オリエンテーションに参加する為である。
学校案内に、教師との顔合わせ、高校生活における心得やらと色々あるので参加せねばならず、ならばと、まだ動いている列車を使おうとお財布的に優しい策を俺も綾乃も採用した次第。
当然、
「バスで行くから」
と両親から金をせびって、差額はこうして昼食代わりのハンバーガーに変わっているわけなのだが。
「しっかし、地縛霊ってのは笑えるよね」
朝の醜態も時間と空間を離れれば笑い話になる。
「けど、旅行者にしては妙な格好だったよな。何しろ振袖姿だったし」
何気に朝の光景を青少年に相応しい妄想を足して脳内再生。
ひこひこ揺れる金髪ツインテール。
ゆさゆさ重力に逆らうその巨乳。
そして謎の美少女は俺を捕まえて愛しそうにこう呟いたのだった。
「すいません!
何か食べる物をください!
できればじゃこ天があると嬉しいです!」
思ったより大きな音が店内に響くが俺の視野には一面のテーブルしか映らない。
「どうしたの?
テーブルに頭をぶつけて?」
「世の中ってのはままならないと呪詛していた所だ」
王道美少女が凡人の俺に目をつけてわざわざド田舎海岸の無人駅にやってくる。
何か浪漫があるじゃないか。
けど、そこでの第一声が、
「腹減った。食い物くれ」
では、浪漫も何もあったものじゃない。
最近の振込み詐欺ですら、もう少し人を誘う台詞を考えるというのに。
「何、あの謎の巨乳和服外国人美少女の事を考えていただけだ」
その一言で、綾乃の顔に何故かぴくりと強張ったのは気のせいか?
「そうなんだ。幸弘って巨乳好きだものね」
ささやかな胸をがんばって揺らそうと胸を反らせて、なお揺れない綾乃の胸を悲しそうに眺めながら俺はため息をついた。
そうなのだ。
長い付き合いだが、この綾乃はスクール水着の似合う幼馴染であって、マイクロビキニの似合う幼馴染ではない。
去年の夏、海の家の手伝い時にお客で来ていた巨乳マイクロビキニおねーさんをガン見して過去最大の大喧嘩を綾乃と勃発させた後、この話題は浜茶屋講和条約締結後、相互不可侵アンタッチャブル事項として封印されている。
なお、それ以降綾乃の通販癖に磨きがかかり、がんばってぼっきゅぼんな体を目指しているのだが、誰の為に目指しているかという事も不可侵事項として俺の中に封印されていたりする。
元々人の少なかった田舎の菜月地区の子供は、まじめに進学する連中は更に街の進学校に、それ以外はそのまま働いたり、近くの高校に通ったりするのが普通だった。
明らかに浮いている俺たち二人。
というより俺が浮いているのだ。その自覚はある。
「否定はしない。
この間街の本屋で巨乳水着美女写真集を注文し、鑑賞したが、大きなおっぱいというのはそれだけで人類の宝なのだよ」
「……はぁ」
ため息を綾乃は吐き出して、そのままストローを口につけて頼んだコーラを咽に入れる。
そんな綾乃を眺めながら、俺はふと疑問に思う。
何の為に綾乃は俺と共にこの姫南高校に通うことにしたのだろう?




