第1話
「信じらんない、信じらんない。あいつら馬鹿じゃないの何考えてんの」
「ものすごく同感だが、落ち着け、レッド。やってることは馬鹿だが、戦闘力は馬鹿にできない」
「グリーンの言うとおりだ。……実際、戦闘員一人でもいいから確保しろ、と言われ続けて、未だにできた試しがないだろう。あいつらの行動には、何らかの意味があるはずだ」
戦闘前だというのに、どこか疲れた気配の3人は、「ヒーローズ」と呼ばれている。
フルフェイスのヘルメットや全身の要所を守るプロテクター、といったいでたちは明らかに既存の治安維持組織とは異質であった。
プロテクターの色も、それぞれ赤、緑、青、と隠密性を一切無視した塗装で、突飛なコスチューム・プレイにしか思えない外見だが、実体はカーボン繊維やチタン、特殊セラミックを使った最新式・最先端の強化外骨格である。
アクチュエーターの駆動時間に制限があるものの、このパワードスーツを装備している間、彼らは文字通り無敵の「英雄」になるのだ。
「たまにはSATの皆さんとか、自衛隊の皆さんとかに、何とかして頂けたらなー、なんて思うのは我侭だろうか」
「……あいつらの出現する予兆は俺たちしか感知できないし、それを警視庁や防衛省に伝えたところで、彼らに出動許可がでる頃には、奴らはもう姿を消している。それに」
青いプロテクターの男、通称ブルーは、物憂げな溜め息をついた。
「奴らの起す事件の規模では、彼らも動きようがないだろうし、第一、生身の人間のかなう相手じゃない」
見た目とアピールは派手なわりに、画策するのはスケールの小さい悪事。
それが「悪の組織」の特徴でもあった。
そのくせ、彼らは警察の介入を一切許さなかった。
黒タイツの戦闘員たちは、警官の特殊警棒で正面唐竹割りに殴りつけてられても、びくともしないのだ。
一度だけ、射撃を試みた警官がいたが、これもまた、銃弾は黒タイツどもにめりこんだだけでかすり傷さえつけられない。
正体不明で神出鬼没、予測のつかない彼らの行動を警察では阻止することはできず、
結局、彼らが現れた際には、彼らと唯一まともに組み合う力を持つ「ヒーローズ」が、真っ先に出動することになるのだった。
「ほんとにあいつら馬鹿じゃないの?」
文字通りの紅一点であるレッドが、心底呆れたように見つめる先には、児童公園の広場の一角を占領した、ぴっちりした全身黒タイツのマッチョな男どもの群。
全員が似たような体格な上、のっぺりした仮面をつけているため、ほぼ個体差というものがなく、それが非人間的な不気味さと、非日常的な違和感をかもし出す。アングラ演劇の舞台装置であるかのように。
そんな黒タイツ軍団が取り囲んでいるのは、
ラブリーでキュートな動物さんたちの描かれた、ファンシーでメルヘンなマイクロバス・中身みっちり入りである。
中身たちは、本物のヒーローズを見て歓声をあげ、窓の中から手を振っている。……中にいる黒タイツの一人が、一緒になって手を振っているように見えるのは、たぶん彼らの気のせいだろう。
警察や自衛隊といった存在とは別に、「ヒーロー」はすでに国民に認知された治安維持要員となっていた。
彼らのバックグラウンドは、理化学・生化学系の企業や大学の研究室の協賛で設立された民間シンクタンク、通称「ノア技研」であり、初代「ヒーロー」も一人だけで、もっぱら災害時の人命救助で出動していた。
現在は外骨格の改良や技術の向上により、3名が「ヒーロー」を勤めているが、初代とは違い単独行動はしない。常にスリーマンセルで行動するように義務付けられている為、「ヒーロー戦隊」とも呼ばれることがある。
そして、彼ら3名が初代ヒーローの後任になった途端に、悪い冗談としか思えないタイミングで、「自称・悪の組織」が現れるようになった。
それも一昔前の特撮番組の、ステレオタイプそのものの外見と行動パターンをなぞって。
地味な人命救助者から一転、路上ゲリラライブよろしく突発的に繰り広げられる戦闘の主役たちは、坊ちゃん嬢ちゃんお茶の間の皆さんにも、日々のニュースを彩る出演者として定着しつつあった。
「ひーろー!」
「ひーろーせんたいだ!」
「ほんもののぶるーだ、かっけー!」
「イー!」
「せんとういん、みえないからどいてよー!」
「イー……」
ノイズを拾わない高性能の集音装置に、子供たちと戦闘員の歓声が混じって聞こえるのも、たぶん気のせいだ。
「今時、保育園の送迎バスジャックにどんな意味があるのよ……誘拐なら、もっとこそこそやるもんでしょー……」
「やつに聞けばわかる!」
そうグリーンがビシッと指差した相手をみた瞬間、脱力気味だったヒーローたちの間に、緊張が走る。
マイクロバスの影から、悠然と姿を現したのは、一人の異形だった。
その頭部は、狼。
獣頭人身のその男は、2メートル近いがっしりとした堂々たる体躯に、ヒーローズのものと似たプロテクターを着けていた。その上に、中世ヨーロッパの騎士たちが着ていたような陣羽織を着込んでいる。
没個性な黒づくめの戦闘員たちの群の中で、その姿はさらに非現実的な異彩を放っていた。
通称「怪人」とだけ呼ばれる彼らは、毎回おこる事件の指揮官にして、主力だ。
最大の特徴は、人間と他の生物を混ぜたような外見であること。そしてそれが、ただのかぶりものや、アニマトロニクスなどのまがいものではなく、正真正銘、本物の変化であるということだ。
人類ではない何か。人間だった何か。そういう存在を生み出せる、現在ある科学の領域とは明らかに違う異質な技術を、「悪の組織」は確かに持っているのだ。
盛大に無駄遣いしているだけで。
「お前たち! 子供たちをどうする気だ!」
「ふはははは、決ってるだろう! 大事に育てて洗脳し、我らが組織の忠実な戦闘員にするのだァアア!」
狼頭の怪人は、芝居がかってはいるが豊かなバリトンで朗々と答えた。少し篭って聞こえるのは、口蓋の形状が人間の骨格と違うからだろう。
「名づけて集団光源氏計画!」
「うわ嘘臭ッ!」
反射的にツッコミを入れたのはレッドで、
「親子の絆を断ち切るような真似は許せん! 今日こそ捕まえて、お前たちの正体を暴いてやる!」
と、怒りに震えて熱く叫んだのは、グリーンであった。
「……単純なのが一人いると楽よねー」
「あいつのおかげで、毎回何とか戦うモチベーションが保てる」
ヒーローズの中でも温度差というものがあるようだ。
「やれるものならやってみろ! ゆけェい、戦闘員たち!」
「イー!」
「イィー!」
狼怪人の号令一下、アイスキャンディにも見える短い銀色の棒を戦闘員たちが一斉に構え、ヒーローズへ駆け寄ってくる。
一種のスタンガンらしいが、殺傷能力はないのは過去の数々の事件で知れていた。鈍器としても、さして破壊力はない。そのことからも、「悪の組織」は凶悪犯罪に興味が無いらしいと、現状では思われている。
「はいはい邪魔邪魔」
その殺到する黒マッチョ軍団へ、レッドがすたすたと歩み寄った、と、次の瞬間、またたくまに数人の戦闘員たちが軽々と宙を舞っていた。
「イーー!?」
「イィーー!」
人間には歯の立たない黒タイツ団も、ヒーローズ相手には完全に立場が逆転する。
「相変わらず、お前たちの動きはド素人なんだ、よッ!」
「イーイィーー!」
物理ダメージ無効は、決して無敵の同義語ではない。
殴っても銃撃しても傷つかないだけで、戦闘員たちの動きそのものは、まるで普通の人間並なのだ。
格闘戦の心得のある人員から選抜されたヒーローズたちは、初陣であいまみえた時に、すでにそれを悟っていた。
締め落としやボディブローは、確かにあまり効果がない。関節技をかけても、関節の稼動領域外への圧力に対して異様な反発があるので、決めにくい。
だが、頭部への打撃や、投げ落としのダメージは通るのだ。
おそらくは脳震盪、という形で。
とはいえ、前後左右からよってたかって群がってくる大人数相手に、いちいち顎や即頭部を狙ってはいられない。
なので、
てきとーに放り投げておけば、黒タイツで埋まった視界も開けるし、しばらく大人しくしているしで、お掃除も楽々、多い日も安心なのであった。
無論、それができるのも、戦闘員たちをはるかに上回るパワーを発揮できるからだ。さらに完全に絶縁されたパワードスーツはスタンガンなどものともしない。
力ある正義、正義ある力、その行使。それこそが、ヒーローのヒーローたる所以である。
そんなこんなで、5分ほど経った頃には、大半の戦闘員が地面に転がっていた。
「レッド、手近な黒タイツを一人確保して退け! 怪人は俺とグリーンで引き受け……」
ブルーの指示よりも早く、それまで静観していた怪人が突然動いた。
「ぐわっ!」
油断なく対峙していたはずのグリーンの打突を難なく受け流し、怪人の拳が常人には捕らえられない早さで、グリーンの脇腹へ吸い込まれる。
「グリーン!」
普通の人間なら、数メートルは軽く飛んでいただろう。
しかし、非常に重い装備でもある外骨格という重石のために、グリーンは僅かに体を浮かせるにとどまり、くの字に体を曲げてよろめいた。
肝臓狙いの一撃、それも人類の膂力を超えた怪人の一撃は、プロテクター越しにでさえ、グリーンの生身の体へダメージを与えていた。
「うちの労働力を拉致監禁しようとする連中に、手加減はせんぞ」
上体を起すことができないグリーンの、がら空きの延髄へ、怪人が手刀をふりおろそうとした瞬間、ブルーもレッドも怪人へ向けてダッシュしていた。
ブルーの蹴りに怪人が後ろへ下がった隙に、レッドがグリーンを抱えて距離をあける。
「グリーン!」
「大丈夫か!」
「ま、まだ大丈夫だ、あとでクるとは思うけどな! 畜生、アイツすんげえ正確にレバーにいれてきやがった……今までのヤツらと違う、気をつけろ」
「あっ」
レッドがはっとしてあたりを見回すと、戦闘員たちの姿は殆ど消えていた。
地面に伸びていたはずの連中も見当たらない。動ける黒タイツが連れて撤退したのだろう。
「グリーンへの攻撃は陽動か! くそ、またやられた……!」
延髄を狙った瞬間、怪人からほとばしった殺気は本物だったが、それはブルーとレッドの気をそらす為のただの囮だったようだ。
「ずいぶん部下思いだな、お前たちは! ブラック企業の非道さを見習えよ、悪なら!」
「悪の組織はハローワークも頼れんのだ! 人材は一人でも無駄にできんわ!」
悪の組織を退け、市民の安全を取り戻すのは確かにヒーローズの任務だ。そしてその点だけで言えば、毎回ヒーローズ側は圧勝していた。
にも関わらず、最初からずっと要請されているもう一つの任務、「謎の組織の真相を暴く為の戦闘員の捕縛」だけは、遂行できないままでいる。
黒タイツを蹴散らし終わるか否かのタイミングで、怪人が襲い掛かってくるからだ。
今回のように。
「さて、俺の恐ろしさは判っただろう。大人しく引き下がったほうがいいぞ、ヒーローズ。子供たちの命は保証しよう、大事な未来の戦力だからな」
「冗談! 確保するなら、戦闘員より怪人のほうがオイシイもの、あんたこそ逃げられるとは思わないでね!」
レッドの宣言と同時に、ヒーローズ対怪人の対決の火蓋が切って落とされた。