第2話
グリーンがやられた、その瞬間、バスの中は大騒ぎになった。
「ぐりーんがんばれー!」
「わんわんにまけるなー!」
手に汗握る「舞台」に子供たちは釘付けだった。そらもう、かぶりつきの特等席で生ヒーローショーを見ているのである。戦闘員が一人、バスの中にまだいるのだが、別に何もしてこない黒タイツの存在は、きれいに忘れられていた。
だが、これが現実の拉致事件だとわかっている大人二名は、それどころではない。
「あんた、私らをどうする気ですか」
「イー?」
「子供たちは育てるつってましたけどな、私らは大人だ。どうなるんだ私らは」
バスの運転手と、付き添いの保母一名。
戦闘員は、手にしたスタンロッドを見せた。ひっと息を飲んで怯える彼らに、それをちょん、ちょん、と押し付けるフリをしてから、合掌した手を顔の横にもってきておやすみなさいのポーズ、それから、窓の外へ何かをぽーいと投げる仕草をしてみせた。
「気絶させたあと、解放してくれる、ってことかね」
「イー」
こくこくと頷いて、戦闘員はぐっと親指を立てた。
「喋れなくても、こっちの言う事はわかるんだな、あんたら……」
「子供たちも解放してください! わ、……私が、ひ、人質に残ってもいいです!」
「まみ先生、何をいっとるんだね! それにこいつらの目的は子供を育てることらしいから、私らじゃ駄目だろう!」
「だって子供たちがこんな形で、親から引き離されるなんて許せない!」
おびえて、ずっと無言だった若い保母は、震えながらもきっと戦闘員を見上げた。
「殺さなきゃいいって問題じゃないです! どうして、どうしてこんなことをするんですか?!」
戦闘員は、腕を組み、ためいきでもついたように、肩を少し落とした。
そして、おもむろに窓の外へ顔をむけ、保母たちにもそう促すかのように、そちらを指差す。
「ヒーローショー」は佳境にはいろうとしていた。
「だいたい、子供から育てるってどれだけ気長なんだ。育児の大変さを舐めるなよ!」
「育成計画にぬかりはない! いざとなればオムツ工場も給食施設ものっとる用意がある!」
「みみっちい……いや犯罪としてはどれも許せんが!」
「商いは小さいことからコツコツとと言ってな!」
「犯罪が商売とはな! お前たち、どこの暴力団だ? マフィアか? 三合会か? 裏でお前たちを操っているのは誰だ!」
「我らは由緒正しき悪の組織! どこにも与せず、我らは我らの道を行くのみよ!」
狼の頭をした怪人は、豪快に笑って言い切り、取り押さえようと組み付いたグリーンとブルーを腕の一振りで突き放した。
「偉そうにいう割りに、やることが小さいんだよ!」
「ご近所の皆様に愛される、地域密着型の悪の組織のどこが悪い!」
そうなのだ。冗談ではなく、彼らは微妙に愛されはじめているのだった。
例えば、繁華街で起きた「純金の便器強奪事件」の時、大通りの交差点で逃げ遅れて立ち竦んでいたおばあちゃんを、抱っこで運んで安全圏に置いて来る。
例えば、遊園地の「お笑い芸人誘拐事件」の時は、おこさまジェットコースターに取り残された子供たちに、売店からかっぱらった綿あめを与え、泣くのをやめさせる。
悪の組織というわりに、妙なところで良心的。
勿論、そんな彼らの様子は、報道されていない。マスコミやSATが駆けつけるより早く彼らは撤収してしまうし、悪の組織を擁護するような報道を懸念して、情報規制がかかるからだ。
だが、携帯電話で動画も写真も撮影できる昨今、画像つきの口コミを抑え込む術はない。
たまたま現場に居合わせ、かつ逃げ遅れた人々がインターネット上にアップロードするそれらは、速やかに拡散されいく。
余談だが「悪の組織を見守る会(非公式)」も「ヒーローズを応援する会(非公式)」も地味に会員数を増やしており、某大型掲示板に専用板ができ、同人誌即売会ではささやかながらジャンルにもなっているらしい。男性向けも女性向けもすでにあるのだとか。……何がどう男性向けで女性向けなのかは、あなたの知らない世界である。良い子は気にしない。
閑話休題。
「そこは世界征服が夢ですって言っとくところだろ!」
「悪の組織の誇りにかけて、そんな正義の味方の真似はせんわ!」
「世界征服がいつから正義になったのよ?!」
「戦争や紛争や宗教問題や人種差別や格差社会の解決など面倒見られるか!」
喋りながらも、彼らの攻防に隙はない。
しかも律儀に返答するその間にも、怪人はヒーローズの攻撃を全ていなし、防ぎきっている。
「くそっ、やりづらい……!」
怪人の裏拳に殴られる寸前でかわし、ブルーが小さく舌打ちする。
今回の怪人は、強い。
過去に戦った連中も、尋常ではないパワーを持ってはいたが、格闘戦の技術はそう高くなかった。「おぼえていやがれでウッキー!」とか「こんな奴らに俺がやられクマー!」などと逃げ帰っていたのだが、今回の怪人は、明らかにそれらとは違った。
ブルーの頭部狙いの掌打を避け、グリーンの渾身のかかと落としを左腕でブロック、その隙をついたレッドの背後からの回し蹴りも、脇を締めた右腕で受け止め、逆にその足首を掴んで無造作に地面へ投げとばす。
「……小柄な女のくせに結構重い」
「スーツのせいよ!」
ぼそっと呟やかれた声を聞き取ってしまい、レッドは地面で一回転するなり、その低い姿勢のまま、ブルーとグリーンを相手にしている怪人の足元へ飛び込んだ。
「絶対捕まえてやるっ、このセクハラ怪人!」
強化された瞬発力と筋力に、パワードスーツの重さが乗ったタックルを膝下にぶちかませば、いくらなんでも転倒くらいするだろう。どんなに強い相手だろうが、三人がかりでマウントポジションをとれば、そうそう逃さない。
が。
その瞬間、怪人は正面にいたブルーの首をつかみ、向かってくるレッドにむけて体を入れ替えるように押し出した。
グリーンが止めようと腕を掴んだが間に合わない。
「――ぐ、ぁッ……!」
「きゃあっ?!」
4人が一塊に激突し、もつれ合う。
遠目には何が起こったか判らなかったろう。
その塊から、大げさなほど重傷者めいたよろめきで、真っ先に離脱した大きな人影。
「うーわー、やーらーれーたー、おーのーれーヒーローズどもめー」
そして、朗々と大声で、敗北宣言。
「……は?」
「へ?」
「はあ?」
身構えるのも忘れて、ヒーローズのほうが動きが止まる。
やられたも何も、ろくなダメージ一つ、まだ怪人に負わせていないのだが。
「……な、何かの罠か?」
素早く立ち直ったブルーがあたりを見回し、耳を澄ます。
バスの中には、窓に鈴なりの園児たち、公園を取り巻く木立の合間から見えるのはいつもより多く感じる野次馬の群。そして、戦闘後に聞こえるはずの、パトカーのサイレン音と、ヘリコプターのローター音。
いつもより今日の戦闘は長引いていたことに、その時気づく。
思えば、ここまでまともに怪人と組み合ったのは初めてのことだ。
ヒーローズのバックアップとデータ収集を担当する、ノア技研の研究班も到着する頃だろう。
「この期に及んで逃げる気か?!」
「ここでヒーローを負かしては、あそこで見てる子供たちの夢が壊れてしまうからな」
そこだけは内緒話のように声をひそめて、怪人は狼のくせににやりと笑った、とわかる表情をした。
「ふざけんな、まだ負けてねえ!」
再び挑みかかろうとしたグリーンの足元に、怪人が円筒形の何かをばらりと撒いた。
そこから猛烈な勢いで白い煙が噴出し、ヒーローたちの視界を覆う。同時に、公園のあちこちからも、もうもうと煙がたちのぼりはじめ、野次馬たちの悲鳴が聞こえてくる。
「なんだ?!」
「ただの発煙筒だ、落ち着け! レッド、市民の誘導にまわれ!」
「そうそう、市民の安全は大事だな。ではさらばだ、ヒーローズの諸君! ふははははは」
「てめこの、待ちやがれ!」
煙をかきわけるように追いすがるブルーとグリーンに向けて、怪人はさらに手榴弾のようなものを放り投げてきた。
咄嗟に地に伏せた彼らの前で、それは激しい閃光と轟音を放った。
「やったー、ひーろーずがわんわんやっつけたぞ!」
「ひーろーず、かっけー!すげー!」
「ひーろーせんたーい!がんばれー!」
「か、勝った、ヒーローズが……」
バスの中は再び大騒ぎになっていた。よろよろと後退する怪人にくらべ、その前でぴたりと動きをとめたヒーローズは、勝負を決して余裕の態度にも見えた。食い入るように一緒に見ていた大人たちも、気が抜けたようにへたりこむ。
その二人の肩を、戦闘員がぽんぽんと叩いた。
「ひっ?!」
「な、なんだ?!」
戦闘員は、自分の両耳をふさぎ、しゃがみこんだ。そして、子供たちのほうをぐるりと指差し、もう一度同じ動作。
「それをやれと?」
「イー」
またこくこくと頷く。しかも、急げ、というように、ばたばたと腕をふった。
「み、みんな!窓から離れて、しゃがんで!」
「えー?」
「ひーろーず、勝ったよせんせー!」
「いいから早く! お耳にふたして、先生のまねして!」
「ほれ、みんな早くしろ!」
「イー!」
大人の切羽詰った様子と、それまで空気のように存在感のなかった黒タイツの、腕を振り上げた威嚇に、子供たちはまた質の違う悲鳴をあげて、座席にうずくまった。
次の瞬間、落雷かと思うような轟音と凄まじい閃光がバスの外で炸裂した。
「きゃあああああ!」
「やーー!」
「うわあああああん!」
「な、何が起こったんだ……!」
「無事?! みんな、大丈夫?!」
「せんせー!」
「こわいようう!」
蜂の巣をつついたような泣き声を尻目に、戦闘員さっさとドアを開けてバスの外へと飛び降りた。
運転手がそれに気づき、おもわず目で追うと、
「イーイー」
戦闘員は、ばいばい、とでもいう風に手を振った。そして、立ち込める煙幕の向こうからやってきた狼怪人と肩をならべて、やはり煙幕の立ち込めている公園の林の中へと、姿を消した。
子供の泣き声、パトカーのサイレン、何かを指示する怒号、それをかき消すようなヘリコプターのローター音。
そのやかましさが、事件が本当に終わったことを告げていた。
「みなさん、ご無事ですか?!」
バスの中にいち早く駆け込んできた青いプロテクターを着たヒーローズに、運転手は呆然と頷いた。
「ぶ、無事です……戦闘員が、私らの安全を守ってましたので……」




