折れたプルタブ
夕闇が町を染めていく。
薄暗い自室でダンジョンスプラウトを見下ろしながら、俺は缶ビールを飲んでいた。
床に放り出したスマホには、LINEの画面が表示されている。
先ほど、わかったことを全てメッセージにして、咲に伝えた。
経験値の移し替えのこと。SilverLilyのこと。
真偽を確かめるため、俺とコロちゃんが調査に乗り出したこと。
……いや。全てではない。
俺の育てている『サービス残業お断りダンジョン』が、もしかしたら『アクアキャットパラダイス』が変化した姿かもしれないということだけは、どうしても伝えられなかった。
まだ確定したわけじゃないから、とか。
適当なことを伝えて不安がらせたくない、とか。
言い訳の言葉はいくらでも並べられる。けど、そうじゃない。
怖かったのだ。
もしかしたら、このダンジョンスプラウトの正当な所有者は、咲かもしれない。
咲が受け継ぐべきダンジョンスプラウトを、俺が横取りしてしまったのかもしれない。
今からでも「返して欲しい」と所有権を訴えられたら、俺は断り切れる自信がなかった。
「クソ! 最低だな。俺ってやつは」
咲は、必死で姉のダンジョンスプラウトを探している。
どんなに小さな可能性でも、伝えてあげるべきじゃないか?
胸の中を、自己嫌悪の嵐が吹き荒れる。
残ったビールを一気に喉に流し込もうとして、ふと手を止める。
缶に一匹、ラビリミンがよじ登っていたのだ。
ラビリミンは頂上までたどり着くと、プルタブに取りついて、細い手足に力を込めてクイクイとリズミカルにねじり始めた。
ほどなくして、ピキンと音を立ててプルタブは千切れる。
それを小脇に抱えると、ラビリミンはピョンと床に飛び降りて、嬉しそうにテテテと走って鉢植えへと戻って行った。
「ふふっ。やっぱカワイイなぁ」
ラビリミンたちは最初のうちこそ、魚の骨やプラスチック、つまようじなどを加工して武器や防具を作っていた。
しかし、レベルが上がるごとに素材もパワーアップして、今では金属の武器や防具を身に着けている。
扱える素材の幅が広がり、作れるものが増えて、数も増えて、どんどん強くなっていく……。
この辺り、まるで文明の発展を見ているみたいで面白い。
あのプルタブも、何かの装備になるのだろうか?
ラビリミンは部屋の中から資材を手に入れているようだが、不思議なことに、俺が大事に思っている物には手を出さない。
理央が言っていたように、俺の脳内から何かを読み取って、使っていい物とそうでない物を見分けているのかもしれないな。
そんなことを思っていたら、スマホが震えた。
手に取ると、その理央からのメッセージだった。
『お兄さん。今度の休み、ダンジョンスプラウトを持ってアゾット製薬に遊びに来なよ。色々と面白いこと……わかるかもよ?』
なにやら意味深なメッセージである。
理央にも今回の事件の内容は、同じようにLINEで送ってある。
怪しげな栄養剤を買っていった客について、聞きたかったからだ。
面白いこと……ね。
このタイミングで、このメッセージ。
よもや、無関係ではないだろう。
「アゾット製薬か。ふうん、本社は電車で15分くらいの場所だな。よし、行ってみるか」
俺はスマホで来訪の日時を告げると、今度こそ缶に残ったビールを飲み干した。




