目が覚めたら美少年がいた
気怠さを感じながら目が覚める。たくさん寝た気がするけど疲れが取れていなくてすっきりしない。大きく伸びをして目を開けたら、真っ青な瞳に見つめられていて吸い込まれそうになる。
きらきらと輝く期待に溢れた美しい瞳が目の前にあった。
息が触れるほどのドアップだ。
銀色の眉毛に縁取られたアーモンド形のその目をぼんやりと見つめていたら……。
「おはよう、ボクのお嫁さん」
声変わり途中の少年らしい、少し高めの声色で彼はわたしにそう語りかけた。
「え、お嫁さん?」
寝ぼけ眼で問い返す。「うん、ボクのお嫁さん」と、びっくりするくらい綺麗な少年は嬉しそうに笑って、わたしのほっぺに「ちゅっ」とキスをした。
「え?」
いや、待って。君は誰?
わたし君のこと知らないよ?
状況が把握できないまま起き上がろうとしたら、少年が背中に手を回して世話を焼いてくれる。
窓から差し込む光は穏やかで、白い壁紙に反射して部屋中が明るい。壁際には衣服をしまう木目のチェスト。文机の上には白い花瓶に桃色の花。角を縁取りされた椅子。床には草色のラグ。
温かみのある可愛い感じの部屋だけど、いったい誰の部屋だろう?
少しずつ頭が働いてきたわたしは部屋の中の様子を見て、ここがわたしの家じゃないとようやく思い至った。
わたしは天涯孤独の一人暮らしだ。格安で借りている借家は古くて狭くて日当たりが悪い。
「ここはどこなの?」
「ボクんち」
ベッド脇に座った少年はにこにこしている。無邪気でとても楽しそうだ。
癖のあるクシャッとした細い銀色のふわふわな髪がとっても綺麗。ぶかぶかの服を着ているから鎖骨が丸見えだ。とても線が細くて目鼻立ちの整った十二、三歳くらいの美少年に見惚れてしまう。
いやいや、見惚れちゃ駄目。
綺麗で害のなさそうな少年だけど、状況から犯罪者の可能性もある。
花なんか飾られて現実ではあり得ない穏やかな雰囲気に、もしかしたら異国かもしれないと思ったけど、言葉はちゃんと理解できるので生まれ育ったディード王国で間違いない。
わたしは見知らぬ場所で目覚めた緊張から上掛けをぎゅっと握りしめる。彼を刺激しないように静かに問いかけた。
「えっと……わたしはどうして君の家にいるのかな?」
「ボクのお嫁さんだから!」
彼はニコッと笑った。物凄く可愛らしく笑った。びっくりするくらい可愛かった。なんの悪意もない純真無垢といった感じで。
だけど見た目の年齢からしたらおかしな反応だ。
それにお嫁さんって……なに?
「わたしは君のお嫁さんじゃないよ」
「お嫁さんだよ。目を覚ますのをずっと待ってたんだ。ボクはアシュレイ。あなたの名前はラナで間違いないよね?」
期待に胸を膨らませている彼を怖いと感じた。だって話が通じないのだもの。
変質者か、もしくはサイコパスなのか。
わたしは一人暮らしの自分の家で眠っていたのに、こんなところに運ばれて目が覚めなかったのもおかしい。
「わたしはどうしてここにいるの?」
「ボクのお嫁さんだから!」
やっぱり話が通じない。もしかしてこの子……アシュレイは魔法使いかな? 魔法使いは変人が多いって聞くし、それで話が通じないのかもしれない。
でも誘拐は駄目だよね。この子に言っても理解してくれるかな?
困り果てていたら唐突に扉が開いた。びっくりして肩が跳ねる。
「ああっ、目が覚めてる!」
現れたのは真っ赤な髪と瞳の女性。魔法使いを示す真っ黒なローブを着ている。彼女はわたしを指差しながら入って来た。
「アシュレイ様っ、まだキスしちゃ駄目って言いましたよね!?」
彼女は物凄い速さで近寄ったかと思うと、アシュレイの頭をパンッと叩いた。アシュレイは「痛っ」と両手で頭を押さえている。
「えへへ。嬉しくてつい」
アシュレイは照れながら叩かれた頭を擦ってとても嬉しそうだ。
いや、えへへじゃないよ。キスってなに?
会話からするとキスしたから目が覚めたってことよね。さっきのほっぺにキスのことかな? まさか口じゃないよね。
魔法使いの存在から、彼女が魔法を使って何かをしたのは間違いない。
わたしはベッドの上で二人から逃げるように距離を取る。でも後ろは壁。逃げ場なんてなかった。
気づいた彼女が赤い眉を寄せて申し訳なさそうに「ごめんなさい」と謝罪した。
「わたしはトゥーリ、訳がわからなくてびっくりしてるよね。知識と感情を与えた状態で目を覚ましてもらう予定だったの。それをこの馬鹿がっ……」
トゥーリと名乗った彼女はぎろりとアシュレイを睨んだ。
「だって我慢できなかったんだもん」
「何が我慢できなかったですか。彼女に拒絶されたら困るでしょ」
どういう意味?
困るってどういう意味なの?
二人の会話はとても恐ろしかった。
知識と感情を与えてから目を覚させる予定だったのに、アシュレイがキスをしてわたしを起こしちゃったのよね。そのせいで知識がなくて、わたしに拒絶されるって……。
感情を与えるって……まさか魔法でわたがアシュレイを夫と思い込むように洗脳する予定だったってこと?
この美少年を?
しかも二人はそれを悪いことなんて思っていないみたいだ。わたしはぞっとして自分を抱きしめた。
それに……。
「わたしもう二十二歳です。こんな子供と結婚なんてあり得ませんから!」
この目の前にいる成人もしてない幼気な美少年となんてあり得ない。こっちが犯罪者になってしまう。
しかもこんなに綺麗な男の子を夫になんて、子供ってのを除いても無理だ。
それに魔法使いが「アシュレイ様」と呼んでいるから、彼はいいところのお坊ちゃんなのだろう。そうだとしたらわたしとは生きる世界も違う。お嫁さんとか絶対にありえない。
よく分からないけど犯罪だ。
わたしがここにいることも含めて何もかもが犯罪。
なのにわたしの拒絶の言葉を聞いたアシュレイは途端に滝のような涙を流した。
「どうして。ボクのお嫁さんなのに!?」
びっくりしたことにアシュレイは「うわーん!」と声を上げて泣き始める。かと思えばガバっとわたしの腰に抱きついた。お腹に顔を寄せて「捨てないで!」とわんわん泣いた。
どこからどう見ても駄々をこねる幼子だった。
この子、情緒不安定なのかな?
視線でトゥーリに問うと、「説明の邪魔」だと言って容赦なくわたしからアシュレイを引き剥がした。
「ガウディ、入ってきて! アシュレイ様がラナを起こしちゃったのよ。話が進まないからアシュレイ様をどっかにやって!」
トゥーリが大声で扉の向こうへと言い放つと、今度は全身が甲冑で覆われた大男が入って来てアシュレイを拘束した。
「離せガウディ、ボクはお嫁さんと一緒にいる!」
叫びながら大暴れするアシュレイを甲冑男は軽々と抱えると、ガチャガチャと音を立てて部屋を出ていく。
「離せー!」と叫ぶ声が遠ざかって静かになったのも束の間。何かが爆発したような音がしたかと思えば、煤を纏ったアシュレイが走って戻ってきた。
トゥーリは溜息を吐いて頭を抱えている。
焦げ臭いアシュレイは飛び込んでくるなりわたしの左手をぎゅっと握って、「もう離れないからね」とにっこりと笑った。
「……さっきの甲冑の人は?」
恐る恐る訊ねたら「大丈夫です」とトゥーリが答えた。
「殺してないよ。しばらく動けなくしただけ!」
アシュレイは誇らしげに言い放ち、「褒めて」と期待の籠った目でわたしを見るけれど、今のどこに褒める要素があるのかまったく不明だ。
唖然としていたらアシュレイの眉がみるみる下がってしゅんとした。美少年がやると反省している犬のようでとてもかわいらしい。
「ボク、何か間違えた?」
「間違えました。おとなしくできるならいることを許します」
トゥーリに許されたアシュレイは「やった!」と喜んでわたしの手に頬を擦り寄せる。
いや、わたしは許してないよ。勝手に手を握らないで欲しいけど怖くて言えない。
いったい何が起きているのか。
よくないことだと分かるけど、指摘して危害を加えられたくない。動けなくされたであろう甲冑男の二の舞はごめんだ。
わたしは左手をぎゅっと握る美少年を無視して「説明してください」とトゥーリを見上げた。




