第251話:星空に一番近い都市
反重力エンジンの微かな振動が、車内に心地よい低音を響かせていた。
垂直上昇を続けるキャンピングカーの窓の外は、一面の純白だ。重く湿った雲の粒子が車体をかすめ、流れていく。だが、ナビが告げた「雲海境界線を突破します」という静かな声と同時に、世界の色彩が一瞬で塗り替えられた。
バツン、と鼓膜が弾けるような感覚のあと、目の前に現れたのは言葉を絶する景色だった。
「……うわぁ……」
セリスの唇から、小さな吐息のような声が漏れた。
頭上に広がっていたのは、ただの夜空ではなかった。夜の帳を遥かに越えた、濃密で深い群青のグラデーション。そこに、まるで散りばめられた宝石の粉のように、圧倒的な密度の星々が煌めいていた。
静寂が、空間全体を支配している。風の音すら届かない高度一万メートルの蒼穹で、キャンピングカーはまるで宇宙を泳ぐ小舟のようだった。
「すっごい……ねえユウ、見てよあれ! 星が……手が届きそうなほど近いよ!」
ルナが目を輝かせ、天窓に顔を寄せる。
大賢者ソフィアもまた、珍しく幼い表情で瞳を細め、星明かりをその身に受けていた。
「地上から見る星空とは、魔力の質がまるで違うのじゃ。空気がどこまでも澄んでおる……」
「ええ。この澄み切った大気と星の煌めき……なんだか、心が清められていくようです」
ハンドルを握るユウもまた、胸の奥がじんわりと温かくなるような感動に包まれていた。異世界に来て様々な絶景を目にしてきたが、この夜空の静寂と美しさは格別だった。
『マスター。視界前方上空に、特定の魔力反応を検出しました』
ナビの落ち着いた声が、車内の静かな感動を破ることなく耳に届く。
フロントガラスの向こう、星々の海の中に、群青色の光を放つ巨大な影が浮かび上がっていた。
それは、巨大な水晶柱を中心として構成された、幻想的な浮遊都市だった。無数の天体望遠鏡のような塔が夜空に向かって伸び、青白い魔導灯の光が都市全体を優しく包み込んでいる。
『浮遊天文都市『スタラグランド』。星に最も近いとされる、古代の観測都市です』
「スタラグランド……本当に、星の国みたいだな」
ユウがそう呟くと、キャンピングカーは静かに速度を落とし、星空に抱かれた光の都市へと滑り込んでいった。




