SS: 白だしという名の奇跡(総料理長視点)
「……信じられん。世の中に、これほど深く、複雑で、そして優しい『旨味』が存在するとは……」
陽だまり亭の厨房。
アシは、あの「ヤマトの天才シェフ」と名乗る小娘――ツムギ殿から譲り受けた『極み・白だし』の小瓶を、震える手で光にかざしていた。
ドワーフの料理人として何十年も修行し、この温泉郷で一番の料理長にまで上り詰めたアシのプライドは、昨日のあの「とろとろ温泉卵の豚丼」によって、粉々に打ち砕かれた。
「料理長。あの……いつまでその瓶を眺めておられるのですか? 昼の仕込みが……」
「黙っとれ! 今アシは、この小瓶一つに詰まった『異世界の英知』と対話しておるのじゃ!」
アシは小瓶を開け、慎重にスプーンの裏に一滴だけ垂らし、舌先で舐めた。
――ガツンッ!
カツオとかいう見知らぬ魚の強烈な風味と、コンブという海草の深く底知れぬ旨味が、黄金の波となってアシの味覚を殴りつける。
「美味い……! なぜこんな、これほどまでに完成された味が液体として存在しているのだ! 魔法か? いや、あの金髪の青年(ユウと言ったか)の特殊なスキルだと彼女は言っていたが……」
あのキャンピングカーの一行は、間違いなく世界の常識をひっくり返す存在だ。
彼らが去った後、このユクムラには「白だしの魔法」という新しい風が吹き荒れている。
アシは料理人としての闘志を再び燃やし、厨房の若手たちを怒鳴りつけた。
「ええい、ボーッとするな! 今日からこの『白だし』をベースにした、新しい名物料理の開発に取り掛かるぞ! いつかあのパーティが再びこの街を訪れた時……必ずや、アシの料理で奴らをギャフンと言わせてやるのだ!」
ドワーフの料理人の熱い戦いは、まだ始まったばかりである。




