36話 host
ラーゼの能力の発動条件は『動かない事』ではない。それはあくまで相手を動けなくした後に能力を継続させる為の能力である。
動かなくさせる為の条件は────『意識を自身に集中させる事』である。
さらに詳しく言えば止める相手は自身の半径十メートル以内にいる事が必要である。
だからこそラーゼは距離を詰める為にわざと近付いたり文句を言う風に装いながら着実に距離を詰めるなどしていたのである。
しかし、今この瞬間にそれは必要ない。
木々の隙間から抜けて来た『罪を喰らう者』との距離は七メートルと言った所だろうか。
すぐさま『罪を喰らう者』は瞬発力を駆使し、生成した槍を構えるが決してラーゼは焦らなかった。
『呪い』の能力は神の力でも、魔術でありながらも異端の存在。
慣れている人物でないとそのトラップにすら感知できないのだから。
『罪を喰らう者』が槍を振り翳そうとした瞬間、ラーゼは徐に言葉を紡ぎ始める。
「黒魔術『カーステッド』発動」
その瞬間、突然『罪を喰らう者』の足元にまるで絵に描いたような美しい半径二メートル程しかない円形型の魔術陣が赤紫色の何処か不気味で、それでいて妖美な色を孕みながらその姿を表した。
────クッ……!!!
『罪を喰らう者』は何か危険を感じ取ったのか振り翳そうとしていた槍をすぐさま地面に突き立て、跳躍していた身体を横にずらそうと試みるがラーゼの陣の方が一歩上手であった。
妖美な魔術陣は見えない壁を生み出し、中に居る者を完全に閉じ込めた。
「感知できなかったでしょ。その魔術」
『罪を喰らう者』の動きを完全に封じたラーゼは魔術陣の前に立ち、『罪を喰らう者』と真っ向から睨み合う形で会話を始めた。
「これから何をしようと言う訳だ?」
「さあ?ここで詳細を教える敵は漫画の世界だけだよ。僕はそんな馬鹿で阿呆じゃない」
『罪を喰らう者』の威圧感にも負けずにラーゼは淡々と自身が為すべきことを進めていく。
「あの女神が居ないことが気がかりだけど他の二人がカバーしてくれるだろう。流石に頼むよ。特に犬っころはまだろくな仕事して無いでしょ」
「誰が犬っころじゃ!」
近くで待機していたフリークがラーゼの愚痴に思わずツッコミを入れるがすぐさま思考を戦闘モードに切り替え女神の接近を許さない様に辺りに気を配り始める。
そんなフリークを視線の横に置き、ラーゼは小さなナイフを取り出し『罪を喰らう者』に突き立てる。
「今からあんたの血を貰うよ。どうせこの陣の中だとろくに動けないんだから抵抗しないで頂けると助かる」
ラーゼの言葉通り『罪を喰らう者』の身体は歪な魔術の影響でほぼ自由を奪われている状態であった。
正確には魔術陣の中にいる時だけ異様に魔術を練ることが困難になっているのである。
武器の生成などもっての他であり、持ち前の身体の一部に魔力を集中させ常人離れした身体能力を持てる魔術を今は使用不可能であった。
さらに半径二メートル程しかない陣の為、相手のナイフを避ける事などほぼ不可能であり────
ラーゼはナイフを下から上に軽く振り上げ、『罪を喰らう者』の皮膚に軽い擦り傷を作り上げた。
しかし血を採取するには充分であった。
『罪を喰らう者』にとってそんな傷は無いにも等しいものなのだが相手にとっては最大の一撃であった。
ラーゼはナイフについた『罪を喰らう者』の赤黒い血を見ながら師匠の事を思い出す。
「僕だけはこの魔術を使う事は無いと思ってた。人殺しなんてしたくなかったし……なんせ趣味が悪すぎるからね」
「何……?」
物騒極まりない事を呟きながらもラーゼは更にあり得ない行動を始める。
ナイフについた滴る血を自身の口の中に含んだのである。
突如、ラーゼが少し離れると魔術陣が自動解除され『罪を喰らう者』は自由の身となった。
そして、音速の如く『罪を喰らう者』はラーゼに向かう。
────何をするのかわからない以上、速攻で潰す他ない。
右の拳に魔力を溜め込み、跳躍の勢いごとラーゼに殴りかかるがその行動は不可能に終わり────
突如、『罪を喰らう者』の腕が前ではなく、後ろに方向を転換したのである。
「……何?」
その腕が初期動作となり、『罪を喰らう者』の身体は完全に動きが止まり、再び自由が奪われた。
『罪を喰らう者』は何をしたという視線をラーゼに送り付ける。
するとラーゼは特段微笑む訳でなく、いつも通りの何処か憂鬱な表情を顔に貼り付けながら手に持つ三十センチ程の人形に目をやっていた。
人形の右腕は後ろに曲げられており、まるで『罪を喰らう者』の身体の状態の様になっていた。
「これから起きることなんてもう想像に難くないでしょ?」
ラーゼは目の前で動きを封じられている『罪を喰らう者』と人形を見て言葉を紡ぐ。
「もう、無理だよ」
ラーゼがその言葉と共に人形の右腕、さらに詳しく言えば右手の爪の部位に自身の手を乗せた。
────クッ……!
『罪を喰らう者』は先程右腕を御された事により瞬時にラーゼが何をしようとしているのかを察する事が出来た。
ラーゼは勢い良く爪の部位から何を摘む様に手を離した。
すると目の前の『罪を喰らう者』が同じ爪の部位から血を流し悶絶を始めるではないか。
「グッ……!!!」
「罪を喰らう者』は歯を食いしばりながらその傷を堪えるが立て続けにラーゼは爪を剥いで行く────
一つ、二つ、三つ。
少し趣向を変えて左手を。
一つ、二つ、三つ。
爪を取る事に飽きたのなら折ろう。
右手の指を一本、二本────
連続的に襲う頭に『罪を喰らう者』は思わず苦悶の表情をこれでもかと言う程露わにしている。
それを見てフリークは思わず無意識的にラーゼに言葉を漏らす。
「えげつねえな……」
右手の指が全て折り終わろうと言うところで、突如ラーゼはその手を止めた。
『罪を喰らう者』は情けのつもりかとラーゼを睨み付けるがラーゼは今までにない表情を浮かべていた。
────???
その表情に『罪を喰らう者』すらも疑問を浮かべる。
フリークも何かラーゼに違和感を感じたのかすぐさま声をかける。
「おいどうした!」
「クソッ……クソッ……」
ラーゼは人形を睨みながらその場に膝を突き始めた始末である。
何が起こっているのか周りの二人は全く理解できていなかったが本人のラーゼが自身の身に起きた事を瞬時に理解した。
「ほんと、お前何者だよ……」
ラーゼの身体の中に取り込んだ血が何かしらのトリガーとなり、身体の中で暴れ始めたのである。
そして次の瞬間ラーゼは咳き込み、吐血を始めた────




