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0.青い独占欲

アンソロコミックの単話版が実は2月7日から各電子書籍サイトさまから正式に配信されてます。(BookLiveさまは1月7日から先行配信でした)


この単話版の表紙がもうひたすら可愛くて、


「え、フィリップ照れとる! あと横目で見つめ合ってるの何なの可愛すぎませんか!?!?」


と悶えて世界の中心で叫びたくなりました。お隣さんから壁ドン()されたくなかったので全力で沈黙しましたが。


そして表紙絵をうっとり眺めてたらあることに気付いて妄想がはかどりまして、コミカライズを担当してくださった宙百先生にうかがってOKをいただけたので塩樹の妄想をここに吐きだそうと思います。


宙百先生、快くOKしてくださって本当に本当にありがとうございます!


用語の解説をば。

【タイリング/ネクタイリング】

アスコットタイとかを輪っか部分に通して留めるものです。どんなものかはググっていただければ。




(うーん……)


 シェリアは今、これまでの十四年の人生の中でも類を見ないほど迷っていた。


 彼女の目の前のローテーブルには大小の宝石が整然と並べられ、窓から降り注ぐ午後の光を色鮮やかに跳ね返している。


 熟して滴るような柘榴石。夏の木々を思わせるエメラルド。虹色に燐光を放つ大粒の真珠……どれも貴族達がこぞって手に入れたがる逸品だ。第一王子フィリップの婚約者の生家としてそれなりの地位も財力もあるランバート侯爵家であってもおいそれと気軽に購入できないほどの。


 それでも今日、王都一と目される宝石商を邸に呼び最高級の宝石をシェリアが吟味しているのは、フィリップの十八歳の誕生日が迫ってきているからだった。


 去年までの彼の誕生祝いの品は、「第一王子の婚約者のプレゼント」として注目が集まりやすいこともあって慎重にならざるをえなかったため、両親と共に選んでいた。しかし今年の誕生祝いだけはどうしてもシェリア一人で選びたかった。


 このグラネージュ王国では十八歳が成人と規定されている。つまり今年の誕生日にフィリップに贈る物は成人祝いとなるのだ。



フィリップの成人を最大限に祝いたい。



「第一王子の婚約者」だとか、臣下としての礼儀だとかの前に、「フィリップの婚約者のシェリア」として彼に喜んでもらいたい。



 シェリアは両親を説得し、見事、フィリップへの贈り物を一人で選ぶ権利を獲得した。父は渋っていたが、彼女に賛同した母の援護のお蔭で最終的には頷いてくれた。


 これまでフィリップに贈り物をすることが全く無かったわけではないが、一から十までシェリア自身で手配するのは初めてだったので、彼女は自分一人でのプレゼント選びという未知の体験にうきうきと胸を弾ませていた。


 しかしフィリップへの成人祝いを彼が日常的に身につけることの多いタイリングにすることに決めたものの、「どんな装飾にするか」というところで行き詰まってしまった。


 せめてどんな宝石を使うかだけでも考えようと研磨されただけの裸の宝石を見せてもらうことにしたのだが、寧ろますます行き詰まってしまったような気がする。


(お母様達に今更頼るのも……というか頼りたくないのよね)


 両親に頼ってしまえば、その時点から「シェリアからのお祝い」ではなく「ランバート侯爵家からのお祝い」になってしまう。


キュッと唇を結んだシェリアは小さく眉根を寄せた。


(誰かにプレゼントを選ぶのが、こんなに難しいことだなんて)


 フィリップに喜んで欲しい。でもそれだけではなくて、見る度に自分を思い出すような贈り物であってほしい。そんな、自分でも思ってもみなかった独占欲が顔を出す。


(私って、こんなに我儘だったのね)


 彼には他の誰に対するよりも長い時間、シェリアのことを考えてほしい、だなんて――。



 ふと、テーブルの隅に目が吸い寄せられた。



 海を掬い取った青がシェリアを見つめ返してきた。澄んで純粋なその煌きは、毎日彼女が鏡の中に見る色で。


 シェリアの視線の先を察した宝石商は得心がいったように微笑んだ。


「そちらのサファイアは、南方の国から仕入れたものでございます。夏の海を思わせる青さが、お嬢様の瞳のようでございますね」


「そ、そうかしら……?」


 シェリアはサファイアが収められた小箱をそっと手に取った。柔らかなベルベットに座る、やや大ぶりな宝石は、きっと見る度に「海の色」を思い起こさせるだろう。


(で、でも、良いのかしら。私の我儘でこれを選んでしまっても。フィルの好きなデザインだとか、もっと調べてから選んだ物の方が喜んでもらえるんじゃ……)


 シェリアは頭を抱えた。

 宝石商が彼女の沈黙に不安そうに冷や汗を浮かべ始めた頃、漸く絞り出すように返答した。


「……えと、これにするわ」


 ありがとうございます!という宝石商の嬉しそうな声が遠くに聞こえた。


 シェリアは『自分の欲に負けてしまったわ……』と肩を落とし、『今回だけ! 今回だけなんだから!!』と自分に言い訳を繰り返しながら、この青を身に着ける人のことを思って頬に熱を滲ませた。



























 シュルリと絹が擦れる音をさせてフィリップはタイの端を引いた。毎朝繰り返してきたその動作で幅広のタイは偏りなく結ばれた。


(後はタイリングを……と)


 ふわふわと広がる布を使い慣れたタイリングに通すと、引き絞られた生地の中心でサファイアが海の色に煌めいた。


 フィリップが自室に備え付けられた姿見で全身を軽くチェックしていると、控えめなノックの音がした。


「殿下、ラウールが参りました」


「ああ、入ってくれ」


 王宮の侍従らしい優雅な所作で入室したラウールは、扉を閉めるなり砕けた笑みを見せた。


「よ、おはよう」


「おはよう。早速だが、今日の予定を確認したい」


「はいよー。

 今日の午前中はまず北部から上がってきた報告書に対する返答について使者と最終確認。その後学術院の院長及び研究室総責任者との面談で、昼食を挟んで先月会議で案が出た官僚の休暇取得手続きの方法の簡略化について法務大臣と相談だな」


 流れるように述べられた今日の予定をフィリップは頭に叩き込む。自分で把握しているものと相違ないのだが、万が一ということもあるので確認を怠るわけにはいかない。


「分かった。今日の午後はゆっくり書類を片付けられそうだな」


「まー急に『来客』とかあれば別だけどな」


 うんうんと頷いたラウールの何気ない調子のセリフにフィリップは一瞬固まって顔を引きつらせた。遠回しに誰のことを指しているのか分かったからだ。


 最近、シェリアは数日おきにフィリップの元を訪れ、彼の友人である男爵令嬢との関係についてやたらと口を出してくる。


 シェリアに男爵令嬢との友人付き合いについてお小言を貰う度、まるで自分が幼子のように分別がつかない者として扱われているように思われて、フィリップとしては面白くない。


(私がそんなに頼りないのか)


 不貞腐れてあらぬ方向を見ると、姿見の中の青い輝きが目に入った。


 シェリアの瞳にそっくりな海の色をしたサファイアのタイリング。


 これを彼女から貰った頃は今よりもずっと、自然に会話ができていたように思う。


















「ご成人おめでとうございます、殿下。私からはこちらを差し上げたく存じます」


 第一王子の婚約者として相応しい淑やかな微笑を浮かべたシェリアは、若草色のオーガンジーを幾重にも重ね淡いピンクのサッシュで飾ったドレスと相まって花の女神のようだった。


 誕生祝いに集った貴族たちがこちらを伺う視線の中にシェリアに対して邪な感情を含んだものがないか視界の隅で探りつつ、フィリップは彼女に感謝を籠めて微笑み返した。


「ありがとう……開けても?」


「もちろんです、殿下」


 包みを広げベルベット張りの小箱の蓋を持ち上げると、見覚えのある青が目に飛び込んできた。


(あ……)


 フィリップが寝ても覚めても焦がれる愛しい愛しい海の色。それによく似ていた。


 パッと顔を上げると、シェリアと目が合う。「贈り物」に嵌る宝石と同じ、しかし絶対的に宝石では有り得ない瑞々しさを持ったその瞳。


(ああ――綺麗だな)


 フィリップの最愛は、彼が知る中で一番美しい瞳を持っている。


 きらきらしいサファイアは確かに美しいが、この唯一の青さに敵うものではない。


 突然自分を見たフィリップに驚いたのか、シェリアの瞳は水面のように揺れた。その揺らめきが彼の意識を吸い込んでいった。


「……」


「……」


「……殿下?」


 訝しげに小さく問われる。いつの間にかシェリアの瞳から血色がやわらかく滲む唇へと視線を滑らせてじっくりと観察してしまっていたフィリップはハッと我に返った。


「いや、その……」


 言えない。まさか、こんな場所だというのに、今すぐシェリアの唇を奪ってしまいたいだなんて。


(そもそも初めてのキスすらまだだというのに……私は何を!?)


 内心一瞬前の自分に対して叫び出したくなったフィリップだったが、焦りと動揺を鉄壁の「王子」の姿で覆い隠し、穏やかな笑みを浮かべた。


「素敵な贈り物をありがとう。これはランバート侯爵令嬢が選んでくれたのか?」


(落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け)


 全く落ち着いていない脳内が外にだだ漏れることなく「完璧王子」の外面を保てたのは、偏に長年の経験によるものである。伊達に場数を踏んではいないのだ。

 それだけ人前でシェリアに見蕩れて我を忘れかけたことが多いとも言うが。


 ふと、シェリアの返答が遅いことに気づく。フィリップは訝しげに彼女を見遣り、小さく息を呑んだ。


「はい……仰る通りにございます」


 いつも通りの女神の仮面。

 繊細なレースの如き睫毛を伏せて返答したシェリアの表情からは一見しただけではその内心は窺えない。


 しかし、瞳が潤んでいたり、花弁のような耳介がほんのり紅に染まっていたり、そわそわとドレスの裾を摘んでいたりするので、よく観察すれば彼女の恥じらいに察しがつくだろう。


(照れてる、のか!? 可愛すぎるだろう!? ……って、ちょ、こんな場所でそんな可愛い姿を見せないでくれ! 他の男が好きになったらどうするんだ!!)


 フッ、とフィリップは達観したような表情を浮かべ、パタリ、と蝶番のついた小箱の蓋を閉じた。そして、シェリアに見惚れていると思われる若い貴族令息たちをカッと見開いた眼で笑顔のまま睥睨した。睨まれた令息たちはビックウウッ!と全身を跳ねさせて視線をサッと余所に遣った。


(……私の目の前でシェリィに見惚れるとは良い度胸だな?)


((違います違います断じて違うのでその目やめてください心が折れます))


 一頻り絶対零度の睨みを利かせてある程度気が済んだフィリップは未だもじもじしているシェリアに顔を綻ばせた。


「本当にありがとう。……シェリィ」


 感謝の言葉の後にほぼ無声音で囁くように呼ばれ、一瞬固まった彼女は視線をウロウロと彷徨わせた。そして、「そ、れでは御前を失礼します」と若干ぎこちないが優雅に一礼して踵を返した。


 薄絹をフワフワとさせて両親の元に戻っていくシェリアをフィリップは(表面上は)王子の微笑みで見送った。


(というかシェリィが選んだプレゼント!? シェリィが! 私に!? あああ嬉しすぎる明日世界でも滅ぶんじゃないのか!?)


 彼の脳内は花盛りだった。現実にあれば、きっと国内有数の観光地になっていたことだろう(しかもほぼ通年で見頃というオマケ付きだ)。


 しかし幸運にもと言うべきか、一〇八枚重ねの仮面のおかげでフィリップの「王子様」としては残念としか言いようがない思考が周囲の貴族達に知られることはなかったのだった。


















「――ィリップ、フィリップ!」


 聞き慣れた呼び声にフィリップはハッと我に返った。


「ん、ああ。なんだ」


「……さっきから緩みきった顔で目の前の空間をぼーっと見てたぞ?」


 どうやら、ラウールとの話の最中に黙り込んでしまっていたらしい。フィリップは気まずげにラウールに謝罪した。


「あ、すまん……少し思い出していてな」


「…………へーえ」


 ほんのり微苦笑して頬を掻くフィリップに心なしか白けた目を向けたラウールだったが、「そろそろ北部の使者が来るから、執務室に移った方が良さそうだ」と壁の時計を立てた人差し指でチョイチョイ、と指し示した。


「そうだな、そうしよう」


 フィリップの返答に小さく頷いたラウールは扉へと歩を進めた。フィリップもそのあとに続いていくと、彼の首元を見たラウールがピンと眉を跳ね上げた。ニヤリ、と唇を吊り上げて態とらしく訊ねた。


「フィリップ……それ、よくつけてるよな」


 つーかほぼ毎日だよな?と笑みを深めたラウールは思い出すように顎に手をやった。フィリップはビクッ、と肩を跳ねさせた。え?と暫し呆けた後、彼は眉を寄せ口をへの字にした。


「うるさい……」


「痛って!! なっにすんだよ!」


 動揺を誤魔化すように扉のそばにいたラウールの背をバシンとはたくと、思いの(ほか)力が強かったらしく抗議の声が上がった。


「……お前が悪い」


「はああ!?」


 理不尽かよー!?と嘆くラウールを置いて、フィリップは先を歩き出した。その頬は赤い。


(……気付いてなかった)


 そんなに「よく」着けていたということに。


 シェリアからタイリングを受け取った時、毎日でも着けたいと思ったのは確かだったが、同時に誰にも見せたくないとも思った。……見た人は必ず、シェリアを連想するだろうから。


 自分の婚約者は世界一可愛い。フィリップは虚飾なく断言できる。何時だって「私のシェリィはこんなに可愛い!!」と自慢してまわりたいくらいだ。


 しかし、そんな可愛いシェリアを誰かが自分と同じように熱の籠もった目で見ているのではないかと、フィリップはよく不安になる。


 簡単に負けるつもりは当然ないが、もし、シェリアが自分よりその『誰か』を選んでしまったら。もし、『誰か』が正式ではないにせよ王太子に内定している立場である自分から彼女を奪っていけるほどの力を持った人物であったら――



 フィリップは、フィリップでいられる自信がない。



 たかがサファイア一つ、なのかもしれない。それでも……『居るかもしれない』という仮定の『誰か』がシェリアを思い出すことすら恐ろしい。


 だから大切に、大切に仕舞って、どうしても彼女の存在を感じるものが欲しいと感じたときにだけ身に着けていた、つもりだったのだが。


(気付かなかった……私はこんなにも、シェリィなしには生きられなくなっていたのか)


 掌で頬をごしごし擦る。まだ熱く、それどころか却って熱を増した気がする。


(はやく、おさまれ……!)



























 ――その日の午後にラウールの「予言」通りに訪ねて来たシェリアの『婚約解消も視野に……』という心の声に戦慄し、心胆寒からしめられることになるのを、フィリップはまだ知らない。




まだご覧になったことがない方、ぜひ単話版の表紙をご覧くださいませ。シェリィちゃんのドレスとフィリップの首元の宝石に注目です。あとやっぱり宙百先生の絵がめちゃくちゃ綺麗で可愛いです。因みにタイトルのロゴまで可愛いです。


そして実は今回の短編の掲載について宙百先生にご相談させていただいた時にフィリップとシェリィちゃんのイラストを頂いてしまいまして、死ぬほど嬉しすぎるので何回もスマホの画面見てニヤついてます。(脳内の塩樹が「ハレルヤァァァァーー!!」と叫びました。塩樹の脳内もお花畑です)


多分この症状は多分ひと月くらい治らない気がします。



久々の投稿でしたが、読者の皆さま、読んでくださってありがとうございます。 そして誤字報告いつもありがとうございます。


塩樹すばる

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