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 突然現れた王弟と黒いマントの一団を見て、老侍従長は国王を守ろうと密かに魔道具で攻撃をしようとした。しかし、黒マントの一人が目ざとくそれを見つけて彼を魔法で生み出した蔦で搦めとって拘束してしまった。


 国王は助けようとしたのかびくりと身体を震わせたが、行動しても同じ目に遭うだけだと悟り、結局椅子に腰かけたまま(ほぞ)を噛んで睨み据えることしかできなかった。


 冷えた空気の中、国王が口を開いた。


「久しいな。またお前と会うことになるとは思ってもみなかった」


 王弟は可笑しそうにくすりと笑った。


「そうですか? 少なくとも私は国外追放された時から兄上にお目にかかるのを心待ちにしておりましたよ?」


 王弟の返答に国王は顔を歪めた。


「……つまりお前は5年前から『これ』を企てていたと?」


「ええ」


 まるで挨拶でもするように何でもない口調で王弟は答えた。


「正確には、貴方が私の恋人を殺した瞬間から、ですよ」


「私がいつお前の恋人を殺したと?」


 その言葉に王弟の表情がストンと消えた。


「言い方を変えましょう。5年前のクーデター未遂で私の恋人が反乱者達に人質に取られた際、彼女が本当は父である男爵の正妻の娘でないと知った貴方が彼女を『初めからいなかった』ことにした瞬間からです」


 国王は僅かに顔を青ざめさせて言った。


「それは……あのような者、お前には相応しくないと思って……」


「彼女との関係が公になれば私の名が傷つくから?」


「そ……うだ。お前は王族、あの者は貴族家の出身とはいえ末端の者。しかも正妻の娘と偽っていた。そのような者をお前の妻に迎えるなど到底認められるものではなかった。

だが命を奪うようなことは決してしていない!」


「そうですね、そうかもしれない。ですが愛妾としてなら迎え入れることも十分出来たし、そもそも存在そのものを抹消してしまうほどのことでもなかった。……『初めからいなかった』ことにされた貴族令嬢、しかも当主の愛人の子がどのような末路を辿るか、分からないほど愚鈍な貴方ではないはずだ」


「……」


 脂汗を浮かべて黙り込んだ国王の顔を、王弟は無表情で見やって再び口を開いた。


「貴方はいつもそうだ。いつも側妃の息子である私にないものを持ち、それでいて私のためと(うそぶ)いて私の自由を奪い、挙句恋人まで奪った。———どこまですれば、貴方は気が済むのですか」






 永遠に凍り付いたままかと思われた空気を裂いて、王弟は再び口を開いた。


「幼い頃からずっと不思議で仕方がありませんでした……何故、どうして側妃の息子というだけで王位を狙うことを許されなかったのか。何故、実力が保証されていた私ではなく貴方なのか。そして、仕事だけは山のように与えられるのに、高位の官職に就くことも、王族籍を抜けて一貴族として生活することも貴方は私に許して下さらず、私はずっと中途半端なままだった。何故? 何故ですか?

 貴方が略奪同然に王妃様を迎え入れた時だって、尻拭いをしたのはほとんど私なのに。


 だから……彼女のことで、もう、私は我慢の限界だったのですよ」


 国王が黙ったまま、何も言おうとしないのを見て、王弟は口元だけで嗤った。


「5年前も、追放などという生温い処分ではなく、いっそのこと処刑して下さればよろしかったのに」


 錆びついた口を無理やり動かして国王は言葉を紡いだ。


「……お前に……お前に、自由を味わってほしかった。私にとってお前はずっと可愛い弟だから、お前も私を慕ってくれていたのだろうに、私はお前に色々なことを押し付けてしまっていたのだと、漸く気づいたから……。だから、これからは様々な国に行ったり、ものを見聞きしたりなどして、幸せな人生を謳歌して欲しいと」


「彼女を私から奪ったその口でよくもそのようなことが言えますね。国外追放するのに、今更恥も外聞もあったものではなかったでしょうに。

 兄上、結局貴方は私の心の中を勝手に想像して、挙句それが真実なのだと思っていらっしゃったのですか。……私が何を望むかなど、訊きもしなかったのに」


「……」


 国王は再び黙り込んだ。


 ふと、王弟は国王の顔を見た。そして、初めて顔全体で、花開くようにうっとりとした笑みを浮かべた。


「ああ———ふふ。その顔が見たかったのです。心底絶望したというその顔が。ご自分の傲慢さに、やっとお気づきになったのですね! おめでとうございます、兄上。お陰様で私は今、幸せを味わっていますよ」


 王弟はそう言うとゆっくり一歩ずつ執務机に近づいてきた。手には細身の剣を握っていた。


「や、めろ」


「……大丈夫ですよ、兄上。一瞬、ですから」


 王弟が、ゆっくりと構えて細剣を閃かせようとした、その時。




「そこまでです、叔父上」




 執務室の扉はいつの間にか開いており、フィリップとその部下たちが入ってきていた。


 彼らは無遠慮に国王と王弟に近づいてきた。それを見た王弟は国王に更に近づき、剣を振り上げようとしたが、振り上げた剣は見えない壁に阻まれ、硬質な音を響かせた。


 王弟は一瞬目を見開いたが、即座に背後の黒マント達に指示を出そうと振り返った。


「お前たち、———え」


 黒マント達は全員床に倒れ伏し、鎖で縛り上げられていた。


(何、が起きた)


 流石に呆然とした王弟は立ち竦んだ。その隙に、王弟も彼ら同様、どこからともなく出てきた鎖で縛り上げられた。




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