beyond the final 6
ミノルは息を切らしながら、自転車をこいでいた。
「も、う、すぐ・・・」
家から1時間。途中、道に迷ったりしたが、ようやく学校が見えてきた。
結局、カバンは見つからなかった。そこにいた友達たちも、かなりの時間、探してくれた。高く飛んだので、向こうの線路かと思ったが……ない。
地下鉄の屋根に乗ったかも、と考えて駅員室にも行ってみた。コマさんのアイデアだ。しかし、「危険行為だ」と2人して、こっぴどく怒られる羽目になった。
家に帰っても、怒りを買った。
学校指定のカバンを、買い直さないといけない事。これは、卒業した天文部の先輩が譲ってくれることになった。
そして、定期券。再発行されるまで、電車賃は自分のお小遣いから出さなければならない。ミノルは節約のため、こうして暑い中、自転車で通学しているのだ。
次回からはムリだろうな。夏休みでよかった。とつくづく思う。
カバンの中は、返却されたテストの答案用紙。教科書は入ってなくてよかった。手配しないといけないとなると、どうなっていたことか…。
それでも、星座の早見表は残念だ。小学生の時から、大事に使っていたのに。もう、戻ってこないのか、と思うと寂しい。
あとは、こと先輩のマスコット。翌日、すぐに謝りに行った。どうせ、どっかから話しは伝わるだろう。そうなると、ややこしくなりそうだ。
これまた怒られる。不機嫌になったらどうしようか、とあれこれ考えたが、
「ふっ、ふっ、ふっ。は、は」
と大笑いされた。かなり長い間。一緒に笑いたいが、そうもいかず、ひたすら謝る。
「カニは真面目ね。そこが、いいんだけど」
とまた、笑い出す。
「ちゃんと言ってくれて、ありがとう」
ことのカバンにつけているマスコットを外して、手渡してくれた。
「わたしは、また作るからいいよ」
今度は失くさないようにしないと。とんでもないことになりそうだ。ミノルは持っていたリュックにつけた。
スマホはカバンに入れてなくて、ほんと良かった。あの分じゃ、新しく買ってくれないだろう。連絡できないのも困るが、なんと言ってもゲーム。ちょうど、いいところだ。
あのダンジョンは難しかったが、やっと仲間を見つけた。アイテムの入った宝箱もある。何があるのか楽しみだ。
今は、新しい仲間の名前を考えていた。元々ついているが、銀色の髪に赤い瞳だから、かっこいい名前がいいな。
ミノルは学校へ入り、自転車を止めた。
ふと、駐輪場の端に目をやる。白い角砂糖が数個、転がっている。それに、蟻が群がっていた。
「あのアリ、大丈夫かな」
小さい時は、公園のブランコや滑り台で遊ぶように、みんなとアリを見つけた。あとをつけたり、巣を穿ったり。家に持ち帰ったこともある。
だが、今や蟻は害虫だ。咬まれると死んでしまうこともあるらしい。蟻だけでなく、他の虫や生き物も…。
ミノルはもう外で遊び回ることはないが、子供たちは退屈だろうな。
「あ、いけない」
蟻をボーッと見ている場合ではない。
前カゴからリュックを取り出す。つけているマスコットが揺れた。
部室である理科室へと急いで向かう。ドアを開けると、みな静かに座っていた。前には、顧問の先生。先生は"天文"というより、白衣の似合う理系女だ。
ドアの音が大きく響き、一斉に注目が集まる。
「加二須くん、遅刻」
彼女は一言言うと、また話を続けた。
「すいません」
頭を下げ、一番後ろの席に着く。
今夜、学校で天文観測をするので、その説明をしていた。天文観測用の大きな望遠鏡も貸してくれる。
「機材は9時までに返して下さいね。鍵は先生の所に持ってくること。その後、速やかに帰宅。うるさくしないよ。わかりましたね」
確認するように、ぐるりと見渡す。
「OBが来てくれます。先輩の言うことを聞くように」
みんな、ざわざわと片付け始める。
「じゃ、6時に屋上に集合ですよ」
「はーい」
なんとなく気の抜けた返事を背に、先生は教室を出て行った。
「よぉ! カニ」
息つく暇もなく、後ろから肩をガシッと掴まれる。
「きょ、教授先輩。……お久しぶりです」
教授先輩は2年前の卒業生だ。カバンを譲ってくれるのも彼だ。
何でもよく知っていている。有名大学に首席で合格したようだが…。それを蹴って、アメリカの一流大学へ行っている。招待された、と言う噂もある。夏休みで帰国している間、部活の様子を見に来てくれているのだ。
卒業した後も、先生からの信頼は厚い。
「カバン一つで、地下鉄に戦いを挑んだのは、おまえか⁉︎」
肩に腕を回したまま、ぐいぐいと揺らす。
「いいか。いくらムカつくからって、地下鉄はダメだ。そういう時は、数を数えて落ち着く。わかったか?」
「…はい」
別にそういう訳ではないのだが、そういうことにしておこう。とにかく、この状況をなんとかしないと・・・。
「あの…。カバン、ありがとうございます」
「気にするな」
先輩はミノルを解放し、
「コマっちだったら、わかるんだけどな」
と短く笑った。
「どーゆー、イミっすか?」
「まあ、まあ」
近づいて来たコマさんの肩に手を置く。
「はーい、みんな。買い出しに行って」
部長であることが声を上げる。
後輩たちで、晩ご飯や飲み物。それはもちろん、天文観測の後、花火をしようと盛り上がっていた。
「いいか、」
教授先輩がミノルとコマさんの肩に腕をまわす。
「暑いからといって、甘いものや冷たいものばかり摂取していると、免疫力が落ちるぞ。ビタミンなどの抗酸化成分も摂らないとな」
そう言うと、背中をポンと叩いた。
返事もそこそこに、みなと合流する。教室を出ると、
「ハァー」
コマさんがため息をついた。
「教授先輩、どうも苦手だなー。わけ分かんなー事や、難しい事ばっか」
ミノルもそう思うが、カバンを貰った手前、全面的に同意も出来ない。
「でも…いい人だよ。天文部のことも考えてくれてるから、今日の観測だって出来ただろうし。この前、ロボットも組み立てたよな。チョイチョイって」
理科室にあるもので、あっという間に作ってしまい、その場に居合わせた一同、驚いたものだ。
「なんでも出来るよな〜。そこが恐ろしいんだよ」
でも、羨ましいーとコマさんが寂しそうに呟いた。まだ、何も決まっていない僕らにとって、教授先輩のような人は「全てが順調」のように映る。
近くの店だと、先生に見つかるということで、少し離れたコンビニに行くことにした。
こういう時は、ワイワイ騒いだりして、どうしてもテンションが上がる。学校に帰った時は、もう日が沈みかけていた。
屋上では先輩たちが望遠鏡を運び出し、観測をはじめていた。といっても、ワイワイした雰囲気はそのまま。みんな、滅多に上がらない屋上に興奮している。
ミノルは1人、空を見ていた。
夕日はオレンジに輝きながら、ビルのの向こうに消えようとしている。周りにはそびえ立つ建物。ビルのある風景は、生まれた時からだ。夜になっても、何もなく暗い空も……。
ミノルは天体望遠鏡を覗いてみた。丸い中に、星が見える。思っていたよりも、たくさんある。
望遠鏡から目を離し、空を再び見上げた。その光は、見えない。
星はずっと輝き続けているのに、どうして見つけることが出来ないんだろう。




