beyond the final 5
ベッドにうつ伏せに寝っ転がると、タブレットを取り出した。ボタンを押す。黒い画面が、一瞬でカラフルに変わる。
「フ、フ、フ」
アクアはいつ見ても、楽しくて仕方なかった。まずは、カレンダーをチェックするようになっていた。
「7…がつ、29。もうすぐだ」
リュラがカレンダーの見方を教えてくれた。順番に数えて、"31"までいくと、次は8月。また、"1"に戻るのだ。アクアはそれを心待ちにしていた。
初めは、タブレットをどう動かしていいか分からず。しかも、時々バッテリーにつなげないと動かない不便さ。その他の四角も、押してみるものの、ほとんどが「見つかりません」と出てくる。
アクアは「何と交換するのがいいか」と考えていた。レオやリュラに計算機やカメラの使い方を教えてもらって、段々と興味が持てるようになった。
計算機は数字が増えていくのが面白かったが、それだけだ。
カメラはボタンを押すと、見たまんまが画面に写る。それが"写真"という四角に保存されるのだ。そして、その"見たまんま"がいつでも見れる。
「すっごーい!」
アクアはなんでもかんでもボタンを押して、"写真"にどんどん入れていった。窓からの黄色い空。工場の中。もちろん、レオやリュラも。
が、飽きた。あまり変わり映えしない。いつも見てるものだからだ。
次のお気に入りは、"daily game"。ミノルという子が、街を歩くゲームだ。
最初に開けた時、「今日は学校です」と出てきた。そして、「何で行きますか」とあり、3つ並んでいた。
1つは、
「じ……した…? あぁ、地下鉄だ」
そして、バス。最後はアクアが知らない漢字と、"歩"。
「歩くってことだよね」
今はこれしかないので、迷いなく選ぶ。「目的地まで1時間08分」と出てきた。半日から1日かけて、行って帰ってくるのは当たり前。
ちょろいもんだ、とアクアは思った。
街は"取り残された日"以前のものらしく、周りは建物。道路はあらゆる所に延び、交差していた。所々、緑になっている場は、"なんとか公園"と書かれている。
アクアにとって、すべてが新鮮だ。
道以外は移動出来ない。道を横切ろうとする。「赤信号です」と待たなければいけない。大きい道では「高速道路です」と引き返したり、「車に気をつけて下さい」なんてしょっちゅうだ。
なんで、こんなに決まりが多いんだろう。
「これなら、ガレキの方がいい」なんたって自由に歩ける。
なんとか学校に着いた時は、
「やったー!」
と1人で叫んで、喜んだ。
ただ、初めの時間の倍以上はかかり、先生に「遅刻だ」と怒られてしまう。
仕方ないじゃん。そう思いながら、なんだかミノルが可哀想になり、「今度は時間通りに行こう」と誓った。
「地下鉄とバス。どっちがいいかな?」
バスは残骸しか見たことがない。ずっと昔、レオがバッテリーを取りに行った時、一緒について行ったのだ。
バスは何台もあり、折り重なっているものもあった。中はほとんど盗られ、外側しか残っていない。窓ガラスは殆ど割れていた。
中には、人が住んでいたのだろう。生活用品が持ち込まれていたが、そのまま放置されていた。
ガランと四角い箱である。
レオはバスが走っていた、と言っていた。アクアには、どう走っていたのか。想像が出来なかった。
地下鉄にいたっては、最悪のイメージ。
汚染から身を守るため、多くの人が地下に逃れた。そこで待っていたものは、ネズミ、害虫、汚水。病気が蔓延し、今では人がいないと聞く。皆、あまり近寄らなかった。
やはり、地下にもバスみたいなものが走っていたらしい。しかも、いっぱい繋がって。アクアは、その話を信じていなかった。
だが、このタブレットの中では、普通に地下鉄が出てくる。
「レオの言ってることは、本当なのかな」
アクアはどんな所なのか、気になった。こうなると「行ってみたい」という気持ちが、持ち上がってくる。
「でも、地下は暗いしなー」
明かりをどうするか、問題だ。
レオの電球があればいいのだが、ムリだ。「地下に行く」と分かれば、絶対反対する。
他に代わりになるものなんて…。
アクアは手に持っているタブレットを見た。ボタンを押すと、黒になる。もう一度押すと、カラフルな画面。
「あったー! これ! これ!」
アクアはぴょんと飛びおきると、急いで支度する。
「ちょっと、行ってくるね!」
あいさつもそこそこに、外へと走り出した。
黄色がかっているものの、遠くまで見える。
地下鉄の場所は知っている。小さな建物ー建物と言っても、崩れそうな屋根が付いているだけ。その上に四角い白に青い模様。地下鉄のマークらしい。
屋根の下は階段が続いてきた。ガレキに混じって、鉄の扉や棒のようなものが落ちている。途中までわかるが、その向こうは暗く、ぽっかりと穴が空いている。
アクアは大きく息を吐く。
側は通ったことがあるが、中に入るのは初めてだ。
ガスマスクをしっかりと付け直し、階段を降りていく。ガレキを避け、慎重に進んでいった。崩れたら、大変だ。
下に着くと、日はうっすらと差していた。なんとなくだが、様子がわかる。
天井はそう高くない。長方形の板のようなものがついていた。腰ほどの高さの敷居が、縦にいくつか並んでいる。そこを通って、向こうに行けるようだ。その先は真っ暗。どうなっているのか…。
アクアはもう一度、息を吐く。カバンからタブレットを取り出し、スイッチを入れた。画面を暗闇に向け、前を照らし出す。
天井には、またあの長方形。壁にも、柱にも、やたらと付いている。数字が多く、矢印もあっちこっちを指している。どっちに行けばいいのやら。
敷居を通り抜けると、
「えー。また、階段?」
下へと続いている。ガレキはないようだ。足元をタブレットで照らしながら、進んでいく。下に降りるごとに、ひんやりとしてきた。
どこまでも、どこまでも、降りていかなければならないのでは・・・。帰れなくなったら、どうしよう。
不安になって来る。足音だけが響き、1人取り残された気分になる。
もう、戻ろう。そう思った時、ようやく階段が終わった。
ぐるりとタブレットを回してみる。天井は手を伸ばしても届かないが、圧迫感を感じた。中央は凹んでいて、広い空間。その空間を区切るように、丸い大きな柱が、同じ間隔で並んでいる。
床は長細く向こうまで、続いているようだ。椅子がかたまって置いてあったり、布団のようなもの。荷物も散らばっていた。人はおらず、いなくなってからだいぶ経っている。随分と埃っぽい。
壁には絵のようなもの。写真もある。腕や足を出していて、今じゃ考えられない。明るい服が目立つ。
「"取り残された日"より前かな…」
ニッコリ笑って、こちらを見ている。この時代のことは知らないのに、アクアは羨ましく思えた。
床の端にそって、柵がある。大半は壊れているが。
凹んでいる所を覗いてみる。細長い2本の鉄の棒。所々、抜けているが、ずっと続いているようだ。
階段のようなものが見当たらなかったので、アクアは飛び降りた。
右も、左も、暗闇。タブレットで照らすと、どちらも空洞になっている。更に、奥へと行けそうだ。
「ここ、地面の中だよね」
街の下に街があった、ってこと? 昔の人は、こんな事も出来たんだ。感心しきりだが、同時に思う。
大気は汚れ、人々は病気に苦しんでいる。食料も水も、常に不足している。アクアは生まれた時から、これが普通。
レオたちは「昔は・・・」とすぐに言いだすのも、よくわかった。確かに凄い。さっきの写真の人たちも、楽しそうだ。
それなのに、今、どうしてこんなことになってしまったのか。
まあ、考えても仕方がない。これでやっていくしかないのだ。
アクアは引き返すか、進むか、迷っていた。行ってみたい気持ちはある。が、有毒ガスなんかがあれば、アウトだ。
何があるか、わかったもんじゃない。さっきから、周りが何やら気持ちが悪い。暗闇のせいで、神経質になっているのだろうか。
「よし!」
せっかくここまで来たんだ。
アクアは、再び歩き出した。とにかく、行けるところまで、行ってみよう。
意を決して、空洞の中に入っていく。思ったよりは狭くない。真っ直ぐではなく、カープになっている。2本の棒は続いていた。
ふと、足を止めた。タブレットを前に向け、照らしてみる。ー人影? 動いている。
「誰⁉︎」
アクアは、恐る恐る近づいていく。地下には、まだ、人がいるのか。
地上でも、人に会うことは滅多にない。もし会えば、お互い情報を交換することになっている。が、中には乱暴な者もいて、持っているものを盗ったり、殴ったり、蹴ったり。それ以上のひどい話も聞く。
そんな人だったら…。地下にあるのだから、なおさら怖い。
かばんの中に、武器になるようなものは、あっただろうか。ここは逃げた方がいい?
アクアはグッと構え、前方を照らした。人影は手を前にして、顔を背けているようだ。
タブレットが怖いのか。アクアは、少し下に傾けた。
「あ、ありがとう。光に慣れてなくて…」
喋った!
子供の声? 悪い人じゃなさそうだ。
アクアも何か言いたかったが、口をモゴモゴするばかりだ。気持ちばかりが焦って、言葉にすることが出来なかった。
「音が聞こえたから。それに、明かりも」
地下の住人は、話を続ける。
男の子だろうか。背格好はアクアと同じくらい。暗いので、身なりは分からない。手には大きなカバンを持っている。小柄なのに、重くないのだろうか。アクアには、不釣り合いに見えた。
「上から来たの?」
質問をされ、やっと話すことが出来た。
「ええ、そうよ。あなたは? いつから、ここにいるの?」
男の子は、地下しか知らない、と言った。
生まれてから、外を見たことがない。記憶の中には、パパもママもいなかった。傍にいたのは、おじいちゃん。そして、5、6人の人たち。いつの間にかいなくなっていった。
しばらくは、おじいちゃんと2人きり。そのおじいちゃんも、とうとう動かなくなってしまう。
「他に誰かいないかと思って…ウロウロしているんだ」
だが、誰にも会っていない。
「地下鉄って、そんなに広いの?」
男の子によると、狭くなってある所。天井が高く、空間が広くなっている所。階段がたくさんあったり、道がいろんな方向に分かれていたりする。
崩れていたり、汚水溜まりが出来ていて、先に行けない所もある。が、想像を遥かに超えた、広大な地下都市だ。
「ここは真っ暗じゃない。何も見えないわ。どうやって、動き回るの? 明かりは?」
「生まれた時から暗いから。なんとなくわかるんだ。…ロウソクっていうのがあるんだ。それに火を点けると、明るくなる」
ロウソクー前に見たことあるなあ。アクアは、記憶を辿る。
男の子は息を吐くと、また、話し始めた。
「ロウソクを使うと、ネズミもやって来たりするから」
ネズミ・・・?
アクアはハッとして、タブレットを辺りにかざしてみた。ちょろちょろと、小さな影。
「ひゃ!」
足が自然と飛び上がった。
だから、ざわざわと嫌な気配がしたんだ。だんだんと、増えてきてるんじゃない?
アクアはかばんを探る。手が、角砂糖に当たった。2、3個掴むと、ネズミに投げつけた。
「こんな所にいちゃ、ダメ!」
アクアは男の子の手を引いて、走り出す。
「ネズミは食料になるから…」
「食料ですって? ネズミに触ると、病気になるののよ!」
夢中で上によじ登り、階段を駆け上がる。どこをどう走ったのか。覚えていない。
地上の光が差し込むところまで、なんとかたどり着いた。
アクアは立ち止まり、ガスマスクを外した。大きく息を吸い、辺りを見回す。角砂糖の効果か、ネズミは一匹も来ていないようだ。
男の子は座り込んで、ゼイゼイと息を切らしていた。手には、あの大きなカバンを抱えている。眩しいのか、顔をつけていた。
今まで話していたが、この時、初めて男の子の姿を見た。
髪はほとんど色がなく、光を受けて輝いている。足は裸足。スス汚れていて、指は黒く変色している所がある。手も指も同じだ。
袖からのぞく腕、首や頰は所々赤くなっている。身体もガリガリだし、ちょっと走っただけで息が苦しそうだ。
「やっぱり、あんな所にいたら病気に、なっちゃうのよ」
それに、ネズミを食べるなんて。アクアはゾッとした。
「…うん…。でも、行くとこないし」
男の子はだいぶ落ち着いて来たようだ。息づかいも、静かになっている。
「地下はダメよ。もう、誰もいないでしょ。おじいちゃんだって…」
「おじいちゃん・・・」
声には、寂しさが漂う。ずっと、認めなくなかったこと。
「もう、誰もいないんだ」
男の子は呟いた。
「そうよ。だから、外に出なくっちゃ」
「外は!……ムリだよ」
びっくりしたのか、カバンから頭を上げた。
男の子の顔を見て、アクアは息を呑んだ。
彼の瞳は、真っ赤だった。




