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prologue-3


「だが魔法使いとして何を成し遂げるか、その理由と目標を探すのはすぐには決めることはできまい」


 お父さんは、考えている私を尻目にある種の現実を突きつける。

 確かにそれは言われるまでもなくそうだ。魔法使いになる理由を、私は魔法青少年学院の3年間と魔法爵育成学院の3年間の計6年間かけても見出すことができなかった。


 ……いや、この考え自体もあんまり良くないのか。

 既に6年かけているという発想は、その6年分の重みのあるだけの仰々しい『理由』を見つけなければというバイアスを引き起こす恐れがある。

 自分の人生に特別な意味を無理に見出そうとしたから今の顛末であるはずなのに、同じ道筋を歩みかねない考え方だ。


 結局、気負わずにやっていくしかないのだが、それが出来れば最初から苦労しないという思いもある。


「……うん、そうだよね。となると、今後についてだよねお父さん。

 取り敢えず部隊配属は決まっているけど、新設部隊だからやること無いって先輩達からは聞いてるし。それに実家に戻るのか、家を借りるのかも考えないと……」


 それに、この魔法爵位に基づく部隊指揮に関する役職って平時はほとんど給与に関する規定がない。お父さんみたいに書面上だけの幽霊師団指揮官だと全然お金が出ないみたいだし。それもこれも魔法使いは軍官僚としての仕事の方でメインの給与が出る制度っぽいからね。

 有事になれば、戦場という新たな職場が誕生し、多忙化から専業で部隊指揮に専念する者も増えるためにそちら単独で給金が出るみたいだけれども、それだって予算の拡大措置があってこその話なのだ。


 そんな私の考えをお父さんは断ずる。


「ふむ、ヴェレナ。ちょっと性急過ぎるぞ。

 まずは『魔法学院』への入学試験を今後も受けようと思っているか。その意志の有無が先ではないかな」


「え、そんなの受けるに決まって――」


「……それも性急だな。受けることは別に構わない。

 だが『受けない選択肢』もあることは気に留めた方が良い、きっとな」



 精神的に余裕が無い時ほど1つのやり方に固執してしまうというのはよく聞くことだが、私はこの時お父さんから指摘されるまで魔法学院を受験しないという選択肢について特段考慮していなかった。

 魔法学院に行かなくても最大魔法子爵までは陞爵することが可能だ。魔法子爵だと師団長は流石に厳しいものの、師団参謀長や旅団長クラスが余裕で務まる。即ち数千クラスの作戦指揮から万の軍勢の作戦立案くらいを最終キャリアとして想定するならば、別に魔法学院に拘泥する必要がないのだ。

 魔法学院卒業資格が必須となる魔法伯爵レベルの魔法爵位が必要となるのは師団長、それよりも上の魔法爵位だと軍事指揮の側面であればその師団を取り纏めた軍団長、更に軍団を管轄する方面軍司令官と仰々しい肩書きが並ぶわけだが、平時志願兵制を取るこの森の民という国では軍団・方面軍というのは書面上に存在こそしても実際に機能するのは有事の際くらいだ。


 では何故、上の魔法爵位を狙う必要があるのかと言えば、官僚組織としての職業で出世するのに『魔法爵位相当』という考え方があるからだ。例えば魔法使いの中央省庁である魔法省のトップにあたる魔法大臣職は魔法侯爵以上が必要と慣例で決まっている。そのように事務方にもこの魔法爵位への対応というのがある程度定められており、それを著しく乱すような昇進というのはほぼ発生しないとみて良いだろう。尤もあくまで慣例なので法的拘束力は無いが。

 だからこそそうした組織体系の中で高みを目指していく場合にも、『魔法学院卒業』という肩書きは必要となる。だから『敗戦回避』を目指していた私は、宰相と魔法大臣の兼任という想定ルートの下であったから、魔法学院入学を狙っていた。

 もっとも、私の想定する年次では魔法侯爵まで届かないので、ゲームシナリオの踏襲には裏口のルートが必要だという話もお父さんから聞いていたが。


 でも、そうした『敗戦回避』という目標から崩れた今においては、無理して官僚組織の頂点に君臨する必要も取り立てて存在しない。

 そして魔法学院に行かなくても、逆に考えれば魔法子爵までは最大で上り詰めることが出来るなのだ。人生の終着点が数千の軍の作戦指揮。……これでも十二分だよね、うん。


 取るに足る、という考え方に基づくのであれば、これだって私にとっては身分不相応に思えてしまうくらいには恵まれた立ち位置であると言える。こうやって考え直してみれば現段階の私の展望の広さは、返す返すも――『成功者』なのである。


 そこまで踏まえた上で、もう一度私は魔法学院に行きたいのか、あるいは行く意味があるのか考え直す。

 瞬間、自然に浮かんだ想いを、言葉として具現化していた。


「……先輩みんな行っちゃったし、後輩も行くだろうから私も行きたいかな」


「いいんじゃないか、それも立派な動機だよヴェレナ」



 そっか……これも理由と言って差し支えないのか。様々なことを大きな枠組みで考え過ぎていたのかもしれない。


 そして私の意志を確認したお父さんは一度姿勢を正してこう話す。


「それでヴェレナが魔法学院に行くのであれば。こんな制度がある――」


 そう言って1枚の紙を私に渡してくる。そこには、こう書かれていた。


「――『新人大使館付補佐官制度』?」


「ああ。新たに魔法準男爵を拝領した魔法使いのうち一部を、半年間国外にて実務経験を積んでもらうための制度だ。

 元来、大使館付武官自体は当該国での軍事技術の情報交換なども行う間諜としての役割等も期待されるが、この補佐官はあくまで国際的視野の育成――言ってしまえば留学に近いものだね」


 魔法使いの主敵は瘴気の森。そして瘴気の森の最大の脅威は平均百年のスパンでやってくる魔王侵攻であり、その折には各国の戦力が連携して事にあたる必要がある。近隣諸国との緊密な関係は勿論のこと、遠国においても魔物に対して有効な戦術があれば、それを本国に対して速やかに連携した方が良いに決まっている。

 そんな有事に備えるためには、平時の段階から国際的視野を有する指揮官の育成が必要不可欠となるが、これはそのための一環とも言えるだろう……表向きは。


 最初、この制度を見たときに、1年後再度受験するためには『半年間』国外で拘束されるのは痛手だなと考えた。

 でも、違う。むしろ、逆。


「このタイミングでこんな制度を提案してくるってことは、セカンドプランだよね……」


「あくまで魔法学院の面接試験で考査の対象になる内容の1つに『国際的知見と視野を有するものが望ましい』とあり、試験ではこの『大使館付補佐官』としての経験が有利となる。

 無論、正式な役職でもあるから一般的な新任公務員程度の給与も出る」



 つまり、私が勘違いしていた『魔法学院にストレートで合格するのは稀』だという事象は、魔法使い上層部においても既に共有されている事項であり、その対策がこれなのだ。

 国際的視野のある魔法使いを重視し、教育課程ではそれを有する人間を重用して、更にその為のキャリアプランを提示する……それ自体は自然なことに見える。

 しかし裏向きの理由としては、候補生時代から有望であった魔法使いが魔法学院試験で落選した際のセーフティーネットなのだ、これは。


 それが半年間の国外勤務経験で手に入ると考えれば、正直破格だ。それが留学とほぼ遜色ないもので、しかも給与まで出るとなれば尚更。


 だが、限りなくグレーゾーンである。悪く見れば談合であり裏口入学に類すると批判されかねない代物、ただし制度上国外渡航経験者を優遇することは当然ではあるのでセーフであるともいえる。


「……お父さん。これ、誰の差し金?」


 となれば、必然裏があるはず。私が試験に落ちたことを奇貨として利用しようとしている輩が居る。そんな『新人大使館付補佐官制度』などという枠が無尽蔵にあるわけがない。少なくとも、限られた定員に私を捻じ込むほどには私のことを評価しており、ここで恩を売り付けたいと考えている人間ないしは組織がバックに付いていると考えるべきだ。

 オーディリア先輩がたった1年間でそこまで浸透した? あるいは、片翼党か? それとも近衛兵サイドからの介入か?


 お父さんは、私のその危惧を気付かないままに決定的な一言を放った。


「私も制度としては知っていたが、実は酒の席でヴェレナのことを話してね。

 そしたらあやつ、色々と手を回していたみたいでな。

 ずっと街道の国に行っていたしサシで飲むのも久方ぶりだから随分と盛り上がったよ……クロドルフとはね」



 クロドルフ。


 私はその名を聞いて納得した。


 フロドプルト・クロドルフ。

 既に予備役へと編入されているが、前魔法大臣である。


 おそらく魔法使い組織上層部においては、お父さんと親交があったために最も早く私に目を付けていたであろう人物で、魔法青少年学院時代に監視兼護衛として付いていたオードバガール魔法準男爵を派遣していた当の本人である。しかも私が同学院の卒業論文として提出した『二段階制空論』に書いてしまったガソリンという一言だけで、私に会いに来た人物。


 そして――魔法使い内部主流派である学閥の主要人物だった者だ。その派閥影響力は予備役入りした現在でも健在なのだろう。



 学閥が私のことを青田買いしようとしている……?




 *


 とりあえず、派閥的な動きについては一旦棚上げにして、この『新人大使館付補佐官制度』を受けるか否かに視点を絞って数日考える。

 まあ、現実的に考えて1年間で成績を劇的に向上させるよりかは、経験者優遇枠に入り込む方が楽だよなあ、という帰結により私は最終的にはこれを受けることを決断する。


 受験が数年がかりになるとしても、一度大使館付補佐官を経験してしまえば再来年以降の試験でもバフが入った状態で受けることが出来るのだから、何よりちゃんとした仕事としてお金も出るから、これで少なくとも半年間は両親の援助が無くてもやっていけるはず。お父さんは大学教授だからお金に困っている訳ではないのだけれども、やっぱり迷惑をかけ続けるというのもあれだし。


 大使館付補佐官の希望を出すことを決めて、お父さんから魔法使い組織の方には申請を出すことになる。可否や赴任地等も、これからではあるが不合格者の救済措置に近しい制度なので、この3月のギリギリの時期に申請するのが普通なので後は待つだけだ。


 それで皮算用ではあるものの、半年間は国外赴任前提で引っ越しの準備を進める。とはいえ、ごく最近に実家に戻ってきたばかりなのでリベオール総合商会謹製の段ボール箱を開けないことで準備自体は殆ど終わっているようなものだ。後は赴任先が温暖なのか寒冷なのかで多少買い足すくらいかな。


 そんな感じで日々を過ごしていた三月末のある週末のお昼ごろに家の玄関のパイプチャイムが鳴る。私が来客対応の為に出ると、そこに居たのはオーディリア先輩であった。


「……あれ? 先輩が私の家に来るのって珍しいですね」


「ええ、事前に面会予約などを取り付けずに直接赴いたことは謝罪いたします。

 それで……フリサスフィスさん――ヴェレナさんのお父様はいらっしゃいます?」


 休日であるのでお父さんも家に居る。だからこそ、取り敢えずオーディリア先輩を客間に通してお父さんを呼びに行く。

 でも、本当に突然だし、先輩がお父さんに何の用事があるのだろうか。



「お父さん、オーディリア先輩がお父さんに会いたいって……」


 そう伝えたらお父さんもまた私と同様に要領を得ない様子。お父さん側も心当たりが無い感じか。ますます先輩がどうしてこの場に現れたのか全く見当がつかない。


 で、お父さんと一緒に先輩を通した客間へと戻る。2人が軽く挨拶をした後に、私はオーディリア先輩に尋ねる。


「先輩? 私は席を外した方が良い感じですかね?」


「いえ、そのままで大丈夫ですよ」


 そう優しく答えると、先輩はお父さんを一瞥した後に軽く頭を下げ、その後私に向き直ってこう告げた。


「ヴェレナさん、あなたには謝らなければなりません。

 あなたにはあなたの生活があるにも関わらず、私は少しばかりヴェレナさんに私の補佐役になって欲しいという自身の希望を押し通し過ぎました。

 私にあなたの人生を左右する権限は無いにも関わらず……ですね」



 その言葉に嘘は無く、本心から反省しているように見えた。

 だからこそ、私のこれまでの個人的な問題だと思っていたそれが、想像以上にオーディリア先輩に罪悪感を抱かせていた事実に少なからず驚きを覚えたのである。

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