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7-12


 私立アプランツァイト学園。

 王都中央部から僅かに西に外れた場所に位置するこの学園は、初等科から大学科までの小中高大一貫の私立校である。


 まあ今更説明することも無いとは思うが、そんなアプランツァイト学園は私が小学校時代に通っていた学園だ。そしてその初等科は平民に対して門戸の開かれている小学校としては、ほぼ最高峰の教育水準を誇る学園であった。


 だが同時に、その学園の教育方針は私の価値観からすればおおよそ一般的ではなかった。個人の評価の他に、社会的な貢献度や人脈を形成するに至る潜在能力等で評価されるという異端の評価制度。しかし、その学園の方針に合致する商人系の子息や将来公務員を目指す人などで占められていた。


 さて、その生徒会選挙。

 あの学園で実を言うところ、生徒会というものに触れることは終ぞ無かったわけだが、一方で全くの無関係であったというわけでもない。


 オーディリア先輩があの学園に在籍していた当時、初等科の生徒会役員組織である児童会役員部に所属していた。

 ……いや。正しくはこう言うべきであろうか。

 私がアプランツァイト学園初等科に入学した――あの新入生挨拶を行った――当時に、オーディリア先輩は入学式の司会進行を担う運営組織にしれっと紛れていた。

 あの一番最初にオーディリア先輩に出会った場には、先輩と新入生代表を除けば児童会・生徒会の入学式運営委員しか居なかったのにも関わらず。


 そして、これは先輩にとって小学2年生のときの出来事。この段階でオーディリア先輩は学園内部に強力なネットワークを十全に構築することに成功していたので、その後児童会役員部に所属していた、というのは別に驚きでも何でもない。

 実際に先輩が児童会役員であったことで関わっているのが、あの初等科4年のときの『勉強会』メンバーでの文化祭の出し物で行った演劇。出し物の団体参加の可否には各科の役員部が関わり、そして初等科に割り当てられた文化祭予算の配分は児童会役員部に委任されていたため、色々と先輩が私達に見えないところで根回しはしているのは今考えてみれば明らかであっただろう。完全な我田引水、利権誘導の類だが、それを小学生の段階でしれっとこなしつつ私達にも秘匿するくらいの芸当は……あの先輩であればやれるだろう。


 ――と、ここまでが私が実地で知るアプランツァイト学園の生徒会制度な訳だが、単純な知識不足以外に分からないことが2点。


 まず、オーディリア先輩は今更になってアプランツァイト学園の生徒会選挙に介入を行っているのか。ただしこれはルシアらに聞いたとしても分かる事ではないだろう。というか、むしろ私に対して最近のオーディリア先輩の動向を聞くだろう。

 オーディリア先輩の動向か。そうは言ってもあの先輩が休日に外泊するのはそれこそ中学校課程の魔法爵育成学院の頃からだし、その頃からのことが今回の生徒会選挙介入への布石であった、というのも考えにくいだろう。

 かける手間に対して、やることがオーディリア先輩比でしょうもなさすぎるのだ。あの先輩が、もし仮に3年以上の準備期間をかけて成し遂げることがあったとしても、それは高々ソーディスさんの生徒会選挙の妨害であるとは考えにくい。

 だが、そういう爆弾があるにしろ無いにしろ、生徒会選挙の妨害そのものが副産物で主目的が全く違うところにある可能性は考慮せねばならない。アプランツァイト学園で何か起こすということは、私や他の勉強会メンバーに対して体のいい目くらましになるのだから。

 それ以外で、今年先輩が何を企んでいたのかと考えても出てくるのは、片翼党関連と、儀仗組改称問題で王子との連携を模索し、その両者を水族館機関紙記事の件で結び付けてきたことくらいだ。アプランツァイト学園の問題に介入することが王家とも片翼党、すなわち魔法使いの問題とも関連するとは考えにくいので、これとは別件で動いていることだと考えても差し支えないだろう。


 第2点として、何故ルシアは私に対して助力を求めたのか。

 大方先に述べた通り、先輩の動向を聞きたいという意図ではあるのだろうけれども、それであれば通信越しでも良かったはずだ。

 そしてアプランツァイト学園の生徒会知識などは、現在も通うルシアらの方が遥かに詳しい知識があるだろう。

 前者の理由では、私を呼び出す緊急性には弱く、後者の理由は不適当。となれば他に何らかの意図が介在することは確かなのだが、それが一体何かまで読み取ることが出来ない。



 どうも不可解で引っかかるところがある。というか、おそらく今のルシア、クレティ、ソーディスさんの3人組であれば意図的に情報を絞ってきて私が不可解に思うように仕向けている可能性も考慮する必要はあるけれど。

 ――ということで、結論。



「あら、久しぶりね、ヴェレナ。通信の返信が来たと思って使用人に準備をさせていたら、すぐに来るから驚いたわよ。まあ、入りなさい。

 クレティとソーディスさんも待機しているから」


 とりあえず話を聞かねば始まらないと、ルシアの家にやってきたのである。




 *


 家に上がると、「土曜日だけど呼び出して申し訳ない」だとか「今日は外泊届出してるの?」とか伝えてくる。

 まあ、土曜の特別授業が午前で終わることを知っていたとしか思えないタイミングだったから、通信ラグも考慮すればある程度確信犯で緊急通信を寄越したとみて間違いない。

 そして、外泊届も門限越えの外出を認める外出届も出してきていない。まあルシアの家は最寄りの路面列車の停留所から5分程度歩くが、それを差し引いても魔法爵育成学院のあるマルタールピアーノから乗換なしで来れるので実は然程時間はかからない。だから、相談をして帰宅したとしても充分に門限に間に合う。

 ちなみに、門限は魔法青少年学院時代から30分だけ伸びて19時だ。


「ふーん、じゃあ一応時間になったら呼びに来るように使用人には伝えておくわね。まっ、時間過ぎたら面倒そうだし」


 あれ、そんなにかかる想定なのかな。



 そんな感じで1階の客間に連れて来られる。製紙事業の黒歴史の方のときに通された部屋だ。『森の民金融恐慌』の折に案内された2階の防音室を使うまでの事態ではない、ということね。

 部屋に入る前に、ルシアに対して声掛けをする。


「ご両親は家に居るの? ルシアのお父さんとは面識があるから居るなら挨拶しないと……」


「ああ、今日は居ないわよ。というか週末が休みって仕事ではないから不定期に休みは取っているし」


 そう言いながらルシアは客間の扉を開ける。


「やっと来ましたわね、ヴェレナ。さあ、一緒に対策練りますわよ」


「うん……いらっしゃい……。あっ、いらっしゃいは、変かな……ヴェレナ、さん」


 こうして、『勉強会』の同世代組は再び再集結したのである。




 *


「じゃ、まず確認したいんだけど。ソーディスさんが高等科の生徒会役員選挙に出るんだよね? 私、アプランツァイト学園の生徒会組織について詳しくないんだけど」


「……まあ、それは予想通りと言えば予想通りですわね」


 そう言うクレティが簡単にシステムの説明をしてくれる。

 曰く、まず初等科から大学科まで児童会・生徒会・学生会の役員部がある。大学にもあるのは珍しいな、とは思ったが学生自治とか自主尊重とかそういうお題目ではなく、ただただ政治力育成の機関として設置されているっぽい。うーん、流石はアプランツァイト学園。


 で、原則として各役員部はより上位の年次のものが優越が認められている。つまり大学科の学生会役員部が一応立場的には一番偉いということになる。

 ただし、その優越権は合同で企画を行う式典やイベントなどのときくらいにしか効力を発揮せず、更にその合同時にも下位の役員部は拒否権を有する。だから大学生と小学生のように年齢差があっても、頭ごなしに命令することは出来ない。


 そして、その役員部。定員は一律で6名。

 会長・副会長・書記・会計・庶務・事務で構成され、生徒会役員選挙では『生徒会長』のみを選挙で選出する。他の役員については、選挙で選ばれた生徒会長によって直接指名することで決まる。

 うん。この辺りは何となく見知った生徒会だ。


「で、生徒会選挙は1年に1回に行う関係上、任期は基本1年になるわけで。

 ちなみに、会長を含めた役員の罷免権を有しているのは先生方だから、生徒会と評議会・・・は誰かを辞めさせるときには提起だけはできるわ」


「……評議会?」


 ということでまた未知のワードが出てきたので尋ねると、どうやら評議会は、生徒会役員部と各クラスの委員長で構成される組織とのこと。

 アプランツァイト学園高等科は1学年3クラスなため委員長は合計で9名。そこに役員部6名を足した15名が評議会として構成される。


「評議会では、役員部の提起した年度予算案やイベントの是非について審議するのだけれど。まあ15人中6人が生徒会役員部そのものな訳だから、余程変なことをやらかさない限りは役員部の意見が通るわ。ただ、クラス委員の方が人数は多いから委員長側が全学年全クラス団結したりすれば、役員部の意見を封殺することができるわね。まあ2人寝返れば役員部の意見が通るから、あくまで安全弁程度の役割しか無いけれども」


 忘れてはならないのは、あの学園が政治力育成の企図を持っているということ。だから評議会は決してお飾りではなく、円滑な生徒会運営を阻害しない限りで役員部への対抗機関として機能することもあるという極めて巧妙な制度を取っている。


「……機能としては……国会で、構成は……枢密院……ほぼそのままだし、ね?」


 ソーディスさんがぶっちゃけるが、そうか。

 国家組織をそのまま矮小化させたのがアプランツァイト学園での諸生徒組織の構成というわけね。

 そして評議会の更に下に、部活動と委員会がぶら下がっているという構図だ。



 そこまで考えると、生徒会長の重要性は否応なしに高い。

 ということで、今日の本題に返ってきたところでルシアが口を開く。


「それで、その生徒会長にソーディスさんが立候補する運びとなったわけだけれども。……オーディリア先輩が2年3組所属の先輩を擁立して対抗してきたのよね」


 私と同じく魔法爵育成学院に通うオーディリア先輩が他校の生徒なのにも関わらずアプランツァイト学園の生徒会長に就任出来る訳もないので、現在学園に所属する生徒を擁立するしか当方の対抗手段はない。

 そこは納得出来るのだけれども。


「……だけど、2年3組からなんだ」


 謎が深まったのはこの部分。アプランツァイト学園の学校制度ではクラスの若い順から成績順で並べていたはずだ。クラス替えも成績に応じて行うわけで。

 となると、1学年3クラスの3組ということは、一番下のクラスとなる。別にオーディリア先輩の代のクラスなのだから、先輩の手腕なら1組からでもいくらでも候補者を出すことが出来るのに。

 そこのところを3人に聞けば、学力や社会的成果・人脈評価に依らない何らかの価値がある、と推測しているとのこと。まあ、それはそうなるか。


「で、無関係であるはずのオーディリア先輩が出てくるってことは、それなりの理由があるはずだよね? そこはどうなの、その対立候補の主張でも構わないのだけれども」


 こうした質問がすらりと出るようになった自分自身に対してちょっと驚く私も居る。

 ただ、ここにいる面々にとってはそれくらい普通のことなので、何もリアクションは無く普通に返される。


「理由は2つ。

 1つは、今までアプランツァイト学園高等科の生徒会長に1年生が就任した先例が無いということ。9月からの1年間という任期を鑑みれば、3年生だと卒業してしまうから必然、これまでは2年生から常に選ばれていたことになる。

 初の1年生生徒会長に否定的な層は確かに生徒内にも存在するわ。そこを突く反対層は取り込めないのよね。妥協点が存在しないし」


 ルシアの言葉をクレティが引き継ぐ。


「2つ目は、ソーディスさん本人の資質よ。つまり、私達の学年からだとソーディスさん以上の適任者は居ない上に、オーディリア先輩が抜けてしまった以上2年生の中にも適当である人物が本来居なかったはずなのよ。

 けれど、ソーディスさんは『勉強会』……つまり私達ね。それ以外の人脈に乏しいから、事実上『勉強会』の独裁体制になりかねない、と反対してきたということですわ」


 それは……。まあ、随分とオーディリア先輩らしいというか狸というか。

 言っていることはどちらも正論だ、アプランツァイト学園的には。

 しかし、何というか。前者の理由は、オーディリア先輩がもし今でも学園に所属していれば確実に1年生で生徒会長の座を狙いに行っていたのは火を見るよりも明らかだし。

 後者の理由なんて、オーディリア先輩自身がその『勉強会』派閥の一員であるのにも関わらず憂慮するというマッチポンプでしかないという面。


 それらの理由を敢えて擁立した候補に挙げさせることで先輩自身の色は薄めているように見せかけている。という小手先の技を使うということは逆説的に、その2年3組の対立候補先輩はおそらくオーディリア先輩の傀儡だ。


 ただ、気になるのが。現在分かっているこの表向きの理由には、オーディリア先輩自身が介入することによって得る『メリット』が全く見えてこないということ。何なら私達と対立するという明確なデメリットが介在している。

 あの権力策謀家の先輩のことだから、時と場合では私達のことすら裏切るというのはあり得るとは思っていたが、それが今となる理由がいまいちピンとこない。

 そして見えてこないということは、まだ先輩はこの生徒会選挙に介入するに足る理由を隠しているということに直結するわけで。



「……それで? 今日私を呼んだのは何故?」


 この質問にはソーディスさんが答える。


「……オーディリア先輩に、事情を……聞いてほしいとかある、けれど。……一番の理由は……、先輩と……ヴェレナ、さんが組むのを、防ぐため」



 あー、そこだったのか。じゃあ私がここに釣り出された時点でほぼ目標を達成しているってことなのね……。

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