カイル・ハルバート 終
あの騒動から30年経った。
カイルは馬車に揺られ屋敷から王城へと向かっていた。
怒濤の人生だった。
ひたすら仲間と王を支え、この国と家の発展のために動いてきた。
ふと顔をあげればあっという間に30年という月日が流れていた。
あれから周囲が婚姻し、子孫が出来る中、カイルだけは独身を貫いていた。この国をより豊かにすると誓った日から、周りの幸せを第一に行動してきた。何度か伴侶を持てと周りに言われたがカイルは首を横に振った。
姉にしでかした罪は自分が幸せになることを拒否したのだ。自分を許せなかった。
しかし自分もいい歳になった。
公爵家の跡継ぎはより血縁が濃い人間を選んだ。父の歳の離れた弟が子沢山で、そのうちの出来の良い1人の子どもを養子としてとり、継ぐようにしてある。周りも説得し、同意を得ている。出来のいい子だ。教えたことを真綿のように吸収していく若者を微笑ましく思っていた。
自分は今も現役で王族を支えているが、それも後何年か…どこかで世代交代もしなけらばいけない。しかしまだ国のために出来ることは多い…死ぬまで現役でいたいという思いに挟まれている。
「旦那様、今日は展望台に寄ってから王城でよろしいのですよね?」
「ああ、頼む。」
護衛に確認されながら馬車が進む。
ー着いたところはちょっとした観光地だった。
この王都を一望できる高台だ。
カイルはたまにここに来ていた。
昔、家族で来たところだ。多忙な父が家族を連れて来たところがこの場所だった。初めて王都を眺めた時は感動したものだ。姉と父と母と並びながら展望台に歩く姿が今でも思い浮かぶ。今その家族全員が自分の隣にいないことに少し寂しさを覚える。
この場所は自分の行いが正しいのだと確認したくて何度となく足を運んでしまう。
馬車を止め、高台にゆっくりと歩いて行く。その場は身分関係なく見れるため、国内外の人間も訪れる場所だった。
展望台に近づいていく。
ふと、まばらな人の流れの中に緩やかに波打つ茶色の長い髪の女性が目に入った。茶色の髪など一般的でたくさんいるはずなのに、その濃いめながら太陽の光に反射すると赤茶に見える女性の後ろ姿があの人の後ろ姿と重なる。
まさか…!?
慌ててその女性を追った。
歳のせいですぐに息は上がる。
それでももしかしたら、という思いが足を速くした。
「し、つれい…!!」
王都が一望できる手すりのところで息を弾ませながら声をかけた。
彼女が─────振り向く。
「はい?」
「…!!」
振り返った女性は髪色 が似ていたが瞳の色が違う。何よりこんなに若い女性ではないはずだ。あれから何十年と経っているのだ。彼女も孫がいてもおかしくない歳のはずだった。自分の中で彼女の時が止まっていたことに心の中で苦笑してしまった。
「…突然申し訳ない。知人かと思い声をかけてしまいました。大変失礼を、致しました。」
「まぁ…そうでしたの。いいんですよ。そういうこともあったりしますわ。」
笑顔まで似ている気がしてしまう。
上品で優しい笑顔だ。
彼女ともう少しだけ話がしたい、と思った。
「発音が…こちらの国の方かな?」
「いいえ、違う国から…夫の仕事についてきて…「ああっ!!」
後ろから大きな声が上がる。
振り返るとそこには少女が立っていた。
少女は慌てて女性にかけより抱きつく。
「おじさん!だめよ!お母さんはけっこんしていてお父さんと愛しあっているんだから!!」
異国の言葉で言った後、きっとカイルを睨み付けた。
「も、申し訳ありません…。サーラ…なんてことを。それに違うわ。別に何かされたわけではないのよ…」
青ざめて謝る母親に微笑みを浮かべ気にしていないと、首を横に振った。
どうやら子どもは母親が知らない中年に迫られていると思われたようだ。
母の言葉になーんだ、といい、母の小言に頬を膨らませる。
少女の威勢を微笑ましく思いつつカイルは膝を折って少女と目線を合わせた。
「お嬢さん、こんにちわ」
と、
彼女の胸元には可愛らしい小鳥のブローチがついていた。
「おや、可愛らしいブローチをしているね」
「え?これ?これはね。お守りのブローチなのよ!おばあ様が大切にしていたものをいただいたの!」
胸をはって鼻息を荒くして彼女は答える。
「そうか…それはおばあさまにいいものをもらったね。…おや?ブローチのこの窪みは?」
カイルは質問しながらも何故かそのブローチに既視感があった。
何故だろう。
見覚えがある気がする。
「これ?ここにはね。みどりのビーズがはまっていたんですって。おばあさまのひとみの色にそっくりなとてもきれいなものだったそうなんだけれど。ある時とれてなくしてしまったそうよ。ざんねんがっていたけれど、私が気に入ったものをつけなおせばいいって!」
小鳥の、ブローチ
緑のビーズ
いや、そんな、
まさか
「…おばあさまも、今日は一緒にいるのかい?」
「いいえ…母は昨年亡くなったので。」
「…!!そう…か…」
「母がこの国出身だったのです。…この国は豊かですね。うちは商家なのですが、特にここ20年程進歩が目覚ましいと父や夫が言っていました。母もそれを聞くたびに『自慢の国だもの』と笑うのです。母が自慢と言った国を一度は見てみたくて、夫の仕事に子どもとついてきてしまいました。」
「おばあ様は、自慢だと?」
「ええ。この国出身であることが自慢だと。この王都が一望できる場所も母が教えてくれました。」
「この国はいい国に見えるかい?」
「おいしいものがいっぱい売っててすてきだわ!」
少女が母親が口を開く前に答える。
「ふふ、そうか。…おばあ様は、…幸せ、だったかい?」
母親は不思議そうな顔をしながらも答えてくれた。
「?ええ、恐らく。病気でなくなりましたが、母は幸せだと笑顔で言っていたと父が言っておりましたので。」
「そう、か。急に呼び止めて申し訳なかった。…ありがとう。何かの縁だ。よい旅になるように祈っているよ。」
「はい」
「じゃーね!おじさん!」
王都眺めることもせず、早歩きで馬車に戻る。
馬車の前には御者が待っており、カイルを見つけるとさっとドアを開けた。
主人の雰囲気を察したのだろう。護衛は馬車内に一緒に乗らず、しばらくするとゆっくりと馬車は動き出した。
馬車の中は1人きりだ。
カイルはしばしぼうっと窓の外の景色を見た後、ゆっくりと思考を巡らせた。
今まで何度も姉を探すチャンスはあった。
でも、会って何をするのだと。
謝罪は相手が要らないだろう。
それは自分の気持ちを軽くしたいだけ。
そう思えてならなかった。
謝罪が出来ないとなると彼女の安否だけでもと思うが恐くて出来なかった。
もしもを知るのが恐かったから。
結局動けず彼女の約束を果たすためにひたすら働いてきた。
─そうかもしれない
─ちがうかもしれない
それでも
────奇跡を信じていいだろうか────
いつも願っていた
彼女が生きていますように
どうか彼女が幸せでありますようにと……
目から熱いものが溢れる。
「ーーふっっ!!ーーつっ!!」
あの時から涙は流さなかった
自分が許せなかった
愚行を働いた自分を許せなかった
姉に残された言葉は自分に資格がないのだと
でも
許されたと
少しだけ彼女に許されたと、そう思ってもいいだろうか
『あなたの幸せを、祈っているわ』
そっと耳元で姉の声が聞こえた気がした
最後までお読みいただきありがとうございました。
詳しい後書きを活動報告にて書かせていただきますのでご興味のある方はどうぞ。