ヒューズ第二王子
「はぁ…とうとう兄上が王子の位を返上する話があがった」
ヒューズは先程国王から呼び出しを受け顔色を悪くして自室に帰ってきた。
人払いし仕事に使っている机に座ると、手を組んで深くため息をついた。その姿を腹心のフレッグが苦笑しながら眺める。
「…あれから2年ですか。」
「そうだ。兄上いわく『王子の位でやりたいことはほぼ目処がついたから、これからは私を支える為、この国のために叶うなら臣下として働いて行きたい』だそうだ。今回は私の意見も含めて報告の共有だけだったが近々陛下から判断が下されるだろう」
「そうですか…」
第一王子である兄が王子を辞すれば自分が王太子になる確率はぐっとあがる。それは自分が将来王になることがほぼ確実だということ。
その重みにヒューズはため息が止まらなかった。
自分は第二だと。自分が兄の補佐をしていくのだとそう思って生きてきたのにー
2年前の騒動。
兄の婚約者が婚約破棄された。
理由は学園のある男爵令嬢に嫌がらせ、罪に近い行いをいくつもしたからだという。これに王族も彼女の公爵家も合意し、彼女は悪女として平民に落とされ国外追放された。兄はその男爵令嬢と恋仲になったが身分違いであることと、男爵令嬢の父が横領による罪で捕らえられたことで平民となり学園を去ることとなったことで涙ながら別れたという。
これが表向きの話だ。
真実は違う。兄が男爵令嬢と恋仲になり一方的に婚約破棄し、あらぬ罪を着せ国外追放。その後男爵令嬢の実態を知り、自分の行いを猛省。この時点で令嬢への熱が冷めたらしい。そして自ら令嬢の父を確保。男爵令嬢にも質疑応答。男爵は有罪で爵位取り上げ、罰せられ、平民となった令嬢は重要な情報を持っていないと上が判断し、監視つきで釈放された。
まぁ、そんな令嬢も…
「兄と恋仲だった元男爵令嬢も最後は…」
「…痛ましいことです。」
彼女は釈放されたあと、取り巻きたちに小さい屋敷を与えられて暮らしていた。彼女の世界はそこにしかなかったから。まるで鳥籠の中の鳥のような…
彼女の取り巻きもゼロにはならなかった。兄が奔走し、彼女を連行する前に説得に回ったが結果約四分の一は彼女の元に残ったのだ。彼、彼女らの人生には彼女が必要だったのだろう。
釈放された半年後、元男爵令嬢は王都の近くの森で遺体となって発見された。
その横には監視役だった男も亡くなっていた。
彼女は両手を縛られている状態だった。痴情のもつれか…はたまた誰かが何かを恐れてか…
事件は凶器を持っていたため男が恋の末女性を殺害。その後自殺したと処理されている。
彼女のお墓には未だたくさんの花が常に飾られている。取り巻きの数人は彼女が発見された次の日から行方不明。その中には自分の学園での知り合いもいた。もしかしたら彼らも…
「フレッグ。私はいつも自分の無力さを実感するよ…」
兄も
兄の元婚約者のサシェーナも
そして男爵令嬢も
その取り巻きだったものたちも
知っていたのに助けてあげることができなかった。
「…仕方ありません。あの騒動のものたちはそれぞれの強い意志がございました。エルリック様に関しては…今回も含め、ある意味自業自得かと。」
「フフ、辛辣だな。…しかし私は計画を知っていた。今でも後悔しているんだ…。サシェーナ嬢を助けられなかったことも。父を止めることが出来なかったことを。兄を…あの騒動を起こす前に止めることが出来なかったことを…」
ヒューズはことが起こる数日前に事態を知った。
直ちに忙しい合間を縫って父親に抗議に行ったのだ。
こんな計画はおかしい、と。
なぜ彼らにわざわざ罪を背負わせるのか、と。
サシェーナ嬢の計画を中止させるべきでエルリックたちに調査書を見せ意識を取り戻させれば早いだろう、と。
国王は一通り聞いた後にこう言った。
『ふむ…資料を見せると。…しかし本来ならばエルリック本人が命令することなのではないのか?自分の周りのことを把握することは王族として当たり前のことだろう?』
『…!!ですが事態は一刻を争います!』
『ではもうひとつ。現在盲目になり聞く耳も持たないものにどうやって見せるのだ。また、今見せることで本当にそれを信頼するのか?』
『それは…』
ヒューズも兄と話しに行ったが否定の言葉を口にした途端機嫌を悪くし、資料をみるまでに行かず、追い出されてしまった。その後面会を求めても拒否されていた。
国王は一つため息をつく。
『今、エルリックに言ったところで話しを聞き入れるとは思えん。やつが聞くためのきっかけが必要だ。』
『だからと言ってサシェーナ嬢を晒すことなどないでしょう!?』
『元々婚約破棄の披露なんて馬鹿げたことをする前に処遇を決めるつもりだった。しかしサシェーナが最後の機会を与えてくれと言ったのだ。婚約破棄を見過ごす代償は自分だと。私はその願いを聞いただけだ。』
『そもそもそれが間違えているのです。王子を試すなんてことも…!!』
『何を言ってる。お前も今まで何度も試されていただろう。そして今現在もだ。』
『え…』
『私はエルリック同様何度かお前に課題を課してきた。私は常に人を疑い、信用に足るか相手を試している。それは子どもにもいえることだ。この国を動かす場所にいる人間が本当に国を動かす器を持っているか確認する必要がある。そうして通過したものを中枢に置くようにしてこの国を動かしてきた。私はそうやって、生きてきたのだ。今回のエルリックのこともまた、いつものように試しているにすぎん。』
試す…とは?
家族ですら疑い試すと?
親族、友人すら疑い試していると?
時に人を切り捨てることも試すことだと?
ヒューズは血の気が引くのがわかった。
"王"であることにこれ程のことをしなければいけないのか。
『…あなたが心から信用している人間はいないのですか…?』
『…何も私と同じになる必要などない。お前はお前が目指すものになればよい。王族としてどう生きていくかはそれぞれだ。…但し覚えておけ。信用は裏切られた人間より、裏切った人間のほうが後悔という重い枷になることを…信用とは、時に揺るぎなく、時に脆いものなのだと。』
『…あなたは、一体何を裏切ったのですか…?』
あなたは一体何の罪を背負っているのですか?
その時、答えの代わりに王は目元を緩めヒューズに微笑んだ。
「ーヒューズ様?」
はっと我に返る。
フレッグが怪訝そうにこちらを見ている。
どうやら思考を飛ばしてしまったらしい。
ヒューズは頭を二、三度頭を降った。
「フレッグ。次の仕事まで時間はあるか?少し気分転換に散歩してきたいんだ。」
「…大丈夫です。お早いお帰りを。」
立ち上がり部屋を出て気持ちを切り替えるため、外の空気を吸いに行くことにした。
あの抗議は軽くあしらわれ、説得は失敗してしまった。
サシェーナ嬢や兄のところにも行き説得を試みたがそれも失敗した。
そして仕事と合間の学生生活に忙殺されているうちにその日を迎えてしまったのだ。
「はぁ…」
今日何度目かわからないため息が出る。
あの時の陛下との"答え"はまだ自分の中に出ていない。
自分の不甲斐なさに、答えが出ない歯がゆさに、今から起こるかもしれない重圧にため息が止まらない。
ふと前をみると、兄の側近のカイル・ハルバートがこちらに向かって歩いていた。
ああ、なんていいところに。彼には二人きりになってずっと言いたいことがあったのだ。
「やぁ、カイル。こんにちは。」
片手をあげ挨拶すればカイルは深々とお辞儀をして返してきた。
「ヒューズ殿下。ご無沙汰しております。」
「そうですね。学園は皆さま卒業されてからなかなか会う機会がありませんものね。─これからお帰りですか?」
「…いえ。」
「では、今少し時間はありますか?」
突然の質問に驚いた顔を向ける。
「え、ええ…」
「ちょうどよかった。少しあなたと二人で話がしたかったのです。寒いですが外で庭園を歩きながら話しませんか?」
「…御意に」
「そういえば最近は兄上とすごく頑張っているそうですね。いくつか成果が上がっているとか。例えば…」
「恐縮にございます。それについては…」
自分が主に話を振りながら庭園に向かう。
カイルはそれに対して短く的確に返答していった。
──庭園の一角に来ると足を緩め立ち止まる。
「…ねぇ、今日あなたを誘ったのはね。私はあなたにどうしても伝えたいことがあったんです。」
「…?」
笑顔からピリッとした視線でカイルを見た。
「2年前のこと。」
その年数にカイルはピクリと表情を動かした。
「…時と共に誰もが忘れてしまうかもしれない。でもね。私だけはずっと兄やあなたたちの"罪"を忘れるつもりはないし、許すつもりもありません。」
「!!」
その言葉にカイルは呆然とした表情でヒューズを見る。
「小さい頃から臆病だと言われた私を初めて"多面的に物事をみることができる素晴らしい人、そして誰よりも優しい人"だと言ってくれた人がいた。その初恋の人と結ばれることありませんでしたが、ちゃんと自分の中で区切りはついています。今は婚約者のイザベルを愛してますし。…それでも初恋の人は私にとって、大事な人であることに変わりはなかった。」
話ながら胸ポケットから出したものを顔の横に持ち上げる。
リー…ン…
小さい鈴が音をたて、心地よい綺麗な音色が響く。
それはこの国のものではない音色…
「私は臆病で優しいと言われている人間だけれど、2年前のことだけは許さない。カイル・ハルバート」
その精巧な作りの鈴にカイルは目を見開く。
「それは…」
ヒューズはポケットにしまい直した。
「…私の初恋の人からもらいました。綺麗な音ですよね。お守りにしてるんです。」
『臆病っていわれるの?…でもそれって人の痛みが誰よりもわかるとても優しい人ってことではない?それにあらゆる可能性を考えられるってことでしょう?いろいろな角度から物事が見られるのね。それは臆病とはいわないのよ』
城の茂みで劣等感まみれで泣いていた自分に笑顔を向けてくれた幼い彼女
自分が強くいられるようにとこの鈴をくれた
大事なお守り
その後第二王子で会ったときは態度が悪かったと顔を赤くして謝ってきていた彼女
彼女を守りたかった
彼女は最後まで守らせてくれなかったけれど
民一人も守れなくて何が王子だと、悔しくてたまらなかったあの日を自分は一生忘れないだろう
彼らを恨むのは逆恨みに近いかもしれない
でも
彼らと一緒にいれば自分の不甲斐なさを忘れずに立っていることが出来るだろう
これからどんな決断があったとしても
「覚えておいて、カイル・ハルバート」
そう
これからどんな決断がされ、どんな課題を与えられるとしても
今、どんな人になるか。
あの時の答えが出た。
心の整理がついたことで、ため息は出なくなっていた。
「その言葉、ありがたく頂戴いたします」
カイルもまた、晴れやかな表情でヒューズに深く頭を下げた。
読んで頂いてありがとうございます。
次回最終話の予定です。