ミーナ・クロージュ
なんで上手くいかないの…!?
ミーナ・クロージュは自室で可愛らしい顔の眉間に皺をよせ、親指の爪をがりッと噛んだ。
彼女は不快のまま新しい年を迎えていた。
私は判断を間違えてなかったはず…!!
全部上手く行っていた!行っていたはずなのに…!!
財力も権力も手に入れて自分のこれからの人生も好きにできるはずだったのに!!
ミーナは物心ついた頃には人が何を欲してるか。どんな言葉をかければ喜んでくれるのかがなんとなくわかった。
それはきっと娼婦の母を見ていたからだろう。
男爵家とはいえ自分の家は平民に近い。父は娼婦の母に入れ込んで妻とした。
母はもうこの家にいない。
そして多分、もうこの家に帰ってくることもないだろう。
母は欲しいものを手に入れていた。ならば自分もやってみればいい。大丈夫。母の言動を幼いときから見ていたのだ。自分の顔も整っていることを知っている。彼女と同じ失敗さえしなければ上手く行くはず。
そう思い実行してみた。
ミーナは相手の言ってほしいことに自分の欲を織り交ぜながら発し、行動してみれば、父親は気分よく自分を可愛がってくれ、いろいろとものを与えてくれた。数少ない使用人は男女関係なく快くお願いを聞いてくれた。
子どもながらその時思ったのだ。
なんだ、人間なんて単純で簡単だ。
言葉と行動だけでいつの間にか自分が動かされていることに気づかないなんて。
人を思い通りに動かすのはなんて楽しいのだ、と。
自分の中に満たされる様々な欲に、快感を得る。
そこにミーナの世界、自分の思うままになる世界が確立された。
たまに思い通りに動かない人間はミーナの世界から排除した。
相手が悪く、自分は悪くないかのように周りをさりげなく誘導してみれば、彼らは望み通りその人間を排除してくれた。
邪魔者がいなくなった世界はミーナを中心にしてとても居心地のいいものだった。
そうやってミーナは成長してきたのだ。
だから今回も自分が幸せになるために、自分の欲を満たし続けるために学園入学後、声をかけた。
彼らや彼女らが理性から外れ、欲という本能に赴くまま動けるように囁き、そこに自分の欲も混ぜる。そして愛を囁いた。
思った通り自分の言う通りになった。
笑いが止まらなかった。
何でも手に入る。物欲も支配欲も快楽も愛も簡単に。
そんな人生の中で一番思い通りにいかない人間が出てきた。
ここまで人の言ってほしい言葉がわからない人間はミーナの世界にはいなかった。
本心が見えないのだ。
声をかけて話しをすれば不快そうに顔を歪ませて冷静に注意される。
「サシェーナ・ハルバート…!!」
自分の世界の不適合者だった。
不必要だった。
だからいつもと同じ事をしただけだ。
うまく動かない人間は排除する。
あの女を排除してこれから自分の欲を更に満たせると思っていたのに。
排除したまでは上手く行っていた。なのにその後から歯車がうまく回らなくなってきていた。
まずは公爵家のカイルが連絡がつかなくなった。
次は王子のエルリック。あの夜会以来連絡が取れない。城に行っても「許可がない」と兵にいれてもらえなかった。それから自分が順位をつけていたものたちが少しずつ離れていった。あるものは会いにいっても目を逸らされ、あるものには言葉を濁され避けられる。自分の回りに残っているものもいるが今までの半数も満たない。
なんで?!
わけがわからなかった。
彼らは自分を信じていたし、彼らの望む言葉をかけていたはずだ。
バタバタバタバタ…
やけに屋敷が騒がしい。
なんなの?人がイライラしているときに!!
自室を出て騒動の元に向かう。
騒動を2階から見下ろしてみた。
エントランスにはエルリック王子が見える。
自分に会いに来たのだ!そう思って彼のもとへ駆けつけた。
「エルリック!!会いに来てくれたのね!嬉しいわ。」
笑顔を向けて勢いのまま抱きつく。
なんだ、杞憂だった。
彼はちゃんと会いにきてくれた。
私の世界にいるではないか。
…いつものように抱き締め返してこない。
「離れてもらおうか。ミーナ・クロージュ嬢。」
代わりに硬質な声音が落ちてきた。
「エルリック…?」
ふとミーナはこの場の違和感に気付く。
そっと身体を離し自分の恋人を見上げる。
視線を合わせてミーナは顔が固まった。
エルリックの彼女を見る目は冷えきったものだったから。
その目にはかつての熱っぽさがない。
別人を見ているようだった。
なに…?
思わずニ、三歩後ろへ下がった。
周りを見れば何故か父親が兵に両脇を押さえられている。
何が起こっているの…?
「ナルド・クロージュ男爵、あなたはこれから横領の疑いにより城に連行する。」
「そんな…!!王子よ。何かの間違いでは…?私はそのようなことはしておりません!」
父が汗をかきながら口にする。
「ほう?私が間違いだと?なんの証拠もなくそのようなことをすると思うのか?」
「い、いえ…そういうわけでは…」
「ならば城で自分の無実を証明してみせろ。…連れていけ」
「はっ!!」
兵が引きずるように男爵を連れていく。
ミーナは突然のことに頭が追い付かない。
なに…?なにこれ?意味がわからない。
父が横領?そんなの知らない…!!
エルリックの腕を掴む。
「エルリック…?何かの間違いよね?そうよね?」
ミーナは自然と首を横に振った。
こんなの違う。
自分が求めたものと違う。
こんな風に動いてほしいわけではない。
私はこんなもの欲しくない。
──私の世界にこんなもの欲しくない。
人生は簡単だ
相手に欲しい言葉をかけ
行動すれば上手くいく
そこに自分の欲望を織り混ぜればいいのだ
そうすれば自分の世界は思い通りの世界に出来上がる
みんなやっていることだ
自分が人より、より上手かっただけ
なのに、
どうして今上手くいかないの?
「クロージュ嬢。君とは身分が違う。学園外で気安く私に話しかけないよう忠告する。もし父親の疑いが確定した場合、男爵位は剥奪。君は平民となる。」
掴んだ手をそっと外される。
「その時はこの家も、家のものも全て没収。それからクロージュ嬢。君にはいくつか確認しなければならないことがある。同じく城に連行する。問題なければ解放しよう。…もし解放されれば君には友人も多い。平民でもやっていけるだろう。」
エルリックの綺麗な顔が突然の出来事に固まったミーナに近づく。
そして耳元で囁かれた。
「さようなら、ミーナ…連れていけ!」
兵が両脇を抑え外に向けて歩かされる。
なに…?
なんで…!?
そう、欲しい言葉を…!
行動を…!!
そう思うが頭が今までなかった状況に働かず考えがまとまらない。
「いや…!!いやよエルリック…!エルリック!!」
咄嗟の言葉は月並みのものしか出なかった。
腕を振りほどこうとしても兵との力の違いにどうにもならない。
引きずられるように王子の横を通り過ぎ、玄関を通る。
「私は知らなかった…!いや…離して…!エルリック…!助けて…!!」
ミーナは後ろ姿の王子を振り返り見つめ続ける。
懇願しても彼はこちらを振り返らない。
遠ざかり始める屋敷の玄関の扉が徐々に目の前でしまっていく。
屋敷内にいる王子も見えなくなっていく。
──────ッ……
いつも使っている玄関の扉なのに、閉まったその音はやけに耳に残る重たい音だった。
自分の世界にいらないものを排除した音か。
それとも自分が世界に排除された音なのか。
「いや…」
「いやだ…」
「いやーーーーっっ!!」
ミーナは自宅の閉じた扉を見えなくなるまで見つめ、叫び続けた。




