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099 五階層の攻防

 カインの前に対峙した女冒険者は、隙のない構えで口元を緩めた。


「嬉しいね。久し振りに骨のある相手と出会えた」


「そりゃ、どうも」


 軽口を返して、カインはジリジリと間合いを詰める。だが、相手も相応の手練れである。カインに有利となる位置を易々と取らせてはくれない。


「せっかくだから名乗っておこうか。私は、アンジェ。これでも一応Sクラスの冒険者さ」


「カインだ。光栄だな。Bクラスの俺が、Sクラスを相手に出来るなんてな」


「……Bクラス? 冗談を。ちょっと仕事をサボり過ぎなんじゃないのかい?」


「そんなことはない。真面目にやって来て、未だにBクラス止まりなのさ」


「そうかい? なら、ギルドの連中は余程見る目が無いんだね」


 そう言ってアンジェは薄っすらと目を細めた。


 にじり寄るカイン。


 アンジェはおそらく格闘を得意とするタイプだろう。ならば、刀を扱うカインの方が、間合いの取り合いでは何倍も有利である。


 と、今までなら考えていた。


 しかし、英雄の領域に足を踏み入れた今ならわかる。


 多少の間合いの広さ。武器のある無しなどさほどの意味をなさないと。


 アンジェとカイン。互いの距離は、長さでいうとほんの三メートルほどである。刀を振るうにも、拳を叩きつけるにも少し遠い距離ではあるが、その気になれば一息に詰めることが出来る。


 それはアンジェとて同じだろう。


 つまり、今の二人は既に互いの間合いに入り込んでおり、いつ動き出してもおかしくはない状態なのだ。


 それでも、二人はなかなか動こうとはしない。


 いや、動くことができなかったのである。


 カインは相手を注意深く観察し、探知と予測を用いて測っていたが、踏み込んだ先でカウンターを受けるイメージしか湧かない。アンジェも同じだ。


 安易に踏み込めば、強烈な一撃を受けることになる。そんな予感のようなものが働いていた。


 初手を踏んだ方が負ける。


 その予感が二人の足を重くさせ、膠着状態を続けさせていた。



 ミズシゲの刀が閃いた。


 水のように無駄なく流れる剣閃。その一撃が、金髪の青年が手に持つ弓へと向かった。


 青年が弓から手を離すと、ミズシゲの刀が弓を両断する。だが、直後に青年は腰にいた剣を抜き放った。


 ミズシゲに負けずとも劣らない剣技。


 青年の腕前は、弓だけでなく剣においても一流と呼べる程に高かった。


 二人の剣戟が重なり、硬質な金属音を周囲に響き渡らせる。一合二合と斬り結ぶ二人に、周囲の騎士たちは手を出せずに息を飲んだ。


 そのあまりにも速い攻防は、目で追うことも難しい。


 迂闊に近付けば、剣圧に巻き込まれてただでは済まないだろう。それ程までに二人の剣技は常人離れしていたのだ。


 そんな激しい攻防の中、ミズシゲは何かを気にするようにチラリと後方へと顔を向ける。


 その一瞬の隙を見逃してくれるような相手ではなかった。


 今まで以上に小さく纏められた動作で繰り出された強烈な一撃。その一撃がミズシゲを捉えた。


 突き出された剣が、ミズシゲの刀をすり抜け胸元へと吸い込まれる。


 躱しようのない一撃。


 放たれた突きは、ミズシゲの軽鎧を容易く突き破り貫通させる。


 その一撃は確かにミズシゲの胸元を貫いた。


 そう思った青年の顔が歪む。


 感触が無い。


 突き出された剣の先に、ミズシゲの姿はなかった。


 前傾姿勢で突き出された剣から、半歩横に動いた位置で涼しい顔をして立っている。


 青年の顔に焦りの色が浮かんだ。


 まずい、完全に隙だらけだ。今、刀を振られたら躱し切れない。


 そう考えて、急所の守りだけでも固めようとした青年に向かって、ミズシゲが刀ではなく前蹴りを放った。


 青年の腹部に蹴りが沈む。


 その小さい体から放たれたとは思えないほど、強烈で力強い蹴り。


 喘ぎながらも、青年は飛び退いてミズシゲとの距離をとった。


 ミズシゲは青年を追わない。


 瞑目したまま、刀の先をゆらゆらと揺らして、腰に手を当てて立っていた。


 一見隙だらけに見えるその姿。だが、これまでの攻防を目にしていた騎士たちは、迂闊に攻め入ることができなかった。


「……強いですね。若輩者ではありますが、これでも僕はSクラスなんですよ」


「冒険者のクラスなど、大した物差しにはなりませんよ。真に強い者は、己の実力をひた隠すのですから」


 この私のように! そう付け加えてミズシゲは得意げにふんすっと鼻を鳴らした。


 ミズシゲのふざけた態度をみても、青年は不思議に思わない。何故なら、余裕を見せるその姿には、一部の隙もなかったからだ。


「お名前をお伺いしても?」


「ミズシゲと言います」


「覚えておきましょう。僕は、アルタイル。天眼のアルタイルと呼ばれています」


「天眼……なるほど。確か、相手の技を模倣もほうするのが得意なのだと噂されていましたね。名乗らない方が良かったのでは?」


「特技が知れ渡るのは、名を売った者の宿命です。それに、名を伺ったのはこちらですしね」


「生真面目なことで」


 そう言って、ミズシゲは上段に刀を構えた。


 ミズシゲの纏う雰囲気が変化する。


「しかし、やはり名乗らない方が良かったですね。私の家系は秘密主義でして、技を盗まれることを極力嫌います。敵である以上、あなたの力量次第では生かしておけません」


「本気になってくれるのは嬉しいですが、勝った気になられても困りますよ」


「本気? いいえ、違います。技を使わずにあなたの相手をすると言っているのですよ。私に技を使わせるほどの実力があった場合。あなたは死にます」


 その言葉には、アルタイルも苛立ちの表情を浮かべた。ミズシゲの実力を認めたとはいえ、アルタイルにもSクラスの冒険者であるという自負がある。その自分を手加減して倒せる者がいるとは到底思えないのだ。


 下に見られるのはいい。だが、その辺の雑兵と同列に扱われることは許せない。


 アルタイルの瞳がギラリと光った。


 次の瞬間、二人は同時に動き出した。


 踏み込んだアルタイルに対して、ミズシゲも一歩踏み出して、上段から刀を振り下ろす。それを見切ったアルタイルは、更に前へと踏み込んで刀の軌道を外して剣を突き出そうとした。


 しかし、距離を詰めたはずなのに、刀の軌道を外せていない。前進したと思ったミズシゲは、何故か後ろに下がっていたのだ。


 外したはずの刀の軌道に自分から踏み込む形となってしまい、アルタイルは咄嗟に突き出そうとした剣で守りに入る。


 重たい一撃を受けて、体勢を崩したアルタイルにミズシゲは追撃を放った。


 二手三手と振られる刀に対して、アルタイルは守ることしかできず、攻守の取り合いは早々に決してしまった。




 広間の中央で、アーマードの槌が唸りを上げて、騎士を二人纏めて吹き飛ばした。その後ろからはマリアンを中心にヴィレイナとトリティ、リンドーとウルスナが纏まって移動する。


 最後尾には、ジェド。そして、ミーアが近付く騎士を倒して追従していた。


 先行して切り込んでいるのが、バッカーとゲンゴウ、そしてルクス。


 先程から何人もの騎士を薙ぎ倒しているのだが、その数は一向に減らない。


 何故なら、倒したそばから後続が入れ代わり、昏倒させたはずの相手を起こして回復させているのだ。


 正規の軍隊を相手にする場合は、その一人一人の命を確実に刈り取らなければ、数を減らすことは出来ない。無限ではないが、各人が所持しているアイテムが膨大な量であることが多く、倒されたとしても戦線へ復帰する為の手段が幾らでもあるからだ。


 入り口で対峙した冒険者たちは、現在相手にしている騎士たちより練度も指揮も低く、カイン、ファライヤ、ミズシゲという主戦力が揃っていたこともあって、容易に制圧することができたのである。


 アーマードたちも決して弱いわけではない。


 しかし、マリアンを守りながら五十名もの騎士に囲まれた状況では、その力を十全に発揮することは出来なかった。


「切りがねえなっ!」


 敵の主力はカインとミズシゲが引き付けているというのに、なかなか敵を切り崩せないことにルクスが苛立ちの声を上げた。


 徐々にではあるが、階下へと繋がる階段まで近付いてはいるものの、後方から増援が来るまでそれ程の猶予も無い。


 今の状況で更に敵の数が増える事となれば、マリアンを守ることはおろか、陣形を維持することも難しくなる。


 そんな状況が一同に焦りを生じさせていた。


 現状、マリアンの存在が足枷あしかせになっていることは確かである。しかし、マリアンを置いて来るという選択肢は誰一人として提案しなかった。


 それはそうだろう。先日起きた襲撃事件をマリアンズは軽くみてはいない。マリアンという神秘の少女を狙って来る輩は今後も現れるだろう。


 エドのような強敵が現れることも想定すると、主力の揃う前線に連れて行くことが最善であると考えられたのだ。


 そして、神秘を無力化出来るギフトを持つマリアンではあるが、その力を物理的な暴力が飛び交う戦場で扱うには少し難しい。


 故に、完全なお荷物となっている状態ではあるのだが、この度胸だけは誰よりも据わっている彼女が、ただのお荷物として大人しくしている筈もなかった。


「ヴィレイナ、前列の左から三番目! そう、足元を狙って! トリティは右側の後方! ポーションを取り出した奴!」


 今まで状況を見つめて黙っていたマリアンが、急に指示を飛ばす。


 その言葉を受けて、ヴィレイナとトリティは迷わず従った。


 前方に放たれたヴィレイナの矢が、左右の仲間との間隔が狭い騎士へと向かう。足元を狙った軌道が目算を誤らせ、撃ち落とせなかった騎士は回避も出来ず内股を傷付けられて躓いた。


 トリティの矢も後方の騎士へと迫り、慌てた騎士は手に持ったポーションを使用する前に取り落とした。


 それからもマリアンは、次々と指示を飛ばした。


 全体に目を光らせたその指示が的確に働き、ジリ貧になっていた状況が徐々に好転する。


 しかし、あと僅かで階下までの道が開かれる。そう思った矢先に、後方の入り口から怒声が鳴った。


「隊列を組め! 敵の数は少ない! 確実に仕留めろ!」


 ゾロゾロと広間へ進入してくる騎士たち。


 後方から迫っていた討伐隊百名が今まさに到着し、マリアンズへ挟撃を開始したのであった。

読んで頂きありがとう御座います。

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