100 阿吽の呼吸
このままでは時間だけが経過してしまう。
アンジェと対峙したカインはそう思い、強引に相手の隙を作り出すことにした。
腰袋から取り出したのは、両端に分銅の取り付けられた縄。魔物の足元を絡め取る時などに使われる道具だが、人間にはあまり使用されることはない。
何故なら刃物を持った相手では、容易く縄を切られてしまうからだ。だが、武器を所持していない素手の相手にはどうだ? 縄を断ち切ることが出来なければ、範囲の広いこの武器を躱すことは意外と難しい。
そう考え、カインは腰袋からそれを取り出した直後に、片端の分銅を掴んで回転させるようにアンジェへと投げた。
突然の攻撃ではあったが、アンジェは落ち着いた様子で腰を落とすと、流れるような動作で綺麗な蹴りを放った。
真っ直ぐ蹴り上げられた足が、縄の中心部を容易く切断する。
刃物のような切れ味を持つ蹴り技に、カインは驚きの表情を浮かべた。
なんつー蹴りだ!
そう思いながらも、カインは動き出していた。ミズシゲを真似て、鍛錬を重ねた剣技は相応に高められていた。一切の無駄が無い水流のような剣技には程遠いが、スキルレベル十となっている『刀術』の補正もあってか、並の剣士では引き出せないほどの速度と威力が込められている。
鋼をも切断出来る威力を込めて振るった一撃。その一撃を素早く足を下ろしたアンジェは手甲で受けてみせた。
今カインが放った一撃を受けられるということは、ただの装備ではない。
おそらくはアーマードの鎧のように、魔力を伝えることで強度が増すモノなのだろう。
高い防御力と切れ味を持つ装備。武器を持たずして、当然のように刀と対峙出来るのにも納得が行く。
アンジェが攻撃に転じた。
コンパクトな動きで放つ拳。そして、リズムを刻むような足捌き。踊りでも踊っているかのように軽やかに動き回り、フェイントを混ぜながら放たれる攻撃は刀では受け難い。
カインはギリギリのところで攻撃を躱して反撃を試みたが、アンジェは潜るように懐へと入り込んだ。
キュッ、と足元が捻られ、力強い一撃がカインの胸元へと打ち込まれる。
速い!
だが、魔族の一撃一撃の方がヒリついた。
あの攻撃に比べれば、速さも威力も劣っている。受け切ることは難しくない!
カインは僅かに重心を落とし、膝を緩めてその攻撃を受けた。
受けた瞬間。拳が振り抜かれる右側へと体を倒し、力が加えられる方向へと飛ぶ。斜めに側転をしながら華麗に着地してみせるカインにダメージはなかった。
寸分違わぬ重心の移動で相手の攻撃をいなす動きは、探知や予測をものにしてはじめて行える。
その器用な芸当に、アンジェは口元を緩めた。
「面白いっ! 今のを躱すか!」
ちっとも面白くない。
カインは心の中でそう思った。
Sクラスの冒険者といえども、魔法の領域に到達している者は少ないとファライヤから聞いていた。
しかし、目の前に対峙しているアンジェは、おそらくその領域に達している。ファライヤの扱う『操術』とは別種のものだとは思うが、魔力の流れを見る限り、攻撃の一つ一つに魔力を纏っているのがわかるのだ。
であるならば、彼女はカインの一歩先にいる戦士だ。
身体強化の六つ目『流動反射強化』を用いて互角。
正式な師がいるカインの方が魔力操作においては上をいっているが、単純なステータスの上昇量ではアンジェに軍配が上がる。
目の前の相手に全力を注いでいる余裕はないのだが……。
カインがそう考えていた時だった。
「隊列を組め! 敵の数は少ない! 確実に仕留めろ!」
怒声が鳴り、入り口から騎士の増援が流れ込んで来た。
最早一刻の猶予もない。
カインは決断する。
「アーマード! ミズシゲ! 無理矢理行くぞ! 合わせろ!」
カインが大声で叫び、それを合図に三人は動き出した。
ミズシゲが抑え込んでいるアルタイルに向かって、猛攻を仕掛ける。
それを受けて、アルタイルは苦悶の表情を浮かべながらも対抗した。
僅かに大振りとなった刀の一撃に向かって、全力をもって応戦する。
強烈な一撃同士がぶつかり合い、互いの武器を弾き返して両者の体勢が崩れる。
反動で二人の体が仰け反るような姿勢となったのだ。
素早く立て直した方が有利となるこの状況で、アルタイルは弾かれた剣を躊躇なく手放した。反動が僅かに少なくなった分、アルタイルがミズシゲよりも一歩早く体勢を戻し、腰から透かさず短剣を抜き放ってミズシゲへと向けた。
これは決まる!
アルタイルがそう確信した時。
下方からの攻撃に顎を撃ち抜かれた。
ぐらりと視界が歪む。
どうやって?
そう思ったアルタイルの瞳には、クルリと後方に宙返りをするミズシゲの姿が映った。
打ち合いの反動で上体を反らしたミズシゲは体勢を立て直すことはせず、力の向くまま後方へと体を浮かせたのだ。
アルタイルが攻撃に転じたタイミングを見計らうように、浮かせた体をぐるりと回して下方から向けた蹴りでアルタイルの顎を打ったのである。
自分の行動が読まれていたことに、アルタイルは驚き目を見開いた。
そして、ミズシゲは頭が揺れて身動きの取れないアルタイルに向かって、容赦のない蹴りを放った。
胸を強烈に打たれたアルタイルは、後方へと吹き飛ばされて地面へゴロゴロと転がった。
カインが声を上げた瞬間、先頭で戦いを繰り広げていたバッカー、ゲンゴウ、ルクスの三名は左右の騎士を押し込むように動いた。
十数名からなる正面の騎士を無視してである。
突然の行動に騎士たちは僅かに動揺したが、相手を分断する絶好の機会だと判断して前進する。
だが、バッカーたちが道を開けた場所にはアーマードが構えていた。
アーマードは正面が開けると、雄叫びを上げながら全力で突進した。
全身甲冑を纏った巨漢から繰り出される、竜種のような突進。
その突進を並の人物では受け止めることなどできない。
突進するアーマードに対して騎士たちは慌てて剣を向けるが、そのことごとくを弾き返しアーマードは直進した。
強烈な突進によって、直線上にいた騎士たちは全て吹き飛ばされて周囲にいた騎士たちを巻き込んで転がっていく。
そして、アーマードの駆けた場所には、階下へと繋がる階段までの道が出来上がった。
カインは腰袋からレイピアを取り出して左手に持った。右手には黒曜鉄で打たれた刀。
二刀流である。
カインは別に二刀流が得意なわけではない。
ただ、早急にアンジェを斬り崩すには、意表をつくような技が必要だと考えたのだ。
左腕の肘を引いてレイピアを構え、右手の刀を振り上げてカインは攻撃を仕掛ける。
レイピアを警戒しながら、アンジェはカインの刀を手甲で捌く。
先程より隙の多いカインの攻撃に目を細め、何を狙っているのかを冷静に分析した。
懐に潜り込むことは容易い。だが、あからさまに誘っている。
そう考えていると、カインの攻撃が大振りになった。
大きな隙。
行くか行かないか迷っていたアンジェの思考を読みとったかの如く見せられた隙に、アンジェは反射的に反応して動いてしまった。
動かされた!
そう思ったが、懐に潜り込んでしまえば自分が有利であることには変わらない。左手で構えたレイピアの突きを手甲で捌けば、自分の攻撃を躱せはしないだろう。
先程のように、加えた力を流せるような箇所は狙わない。捻ることができない中心に的を絞る。
そう決断し、アンジェは集中力を高めた。
そして。
―――来た!
カインがレイピアの突きを繰り出す。
冷静に対処しようと手甲を向けたアンジェだったが、突然、嫌な予感が走った。
鋭く突き放たれたレイピアが、手甲に触れた瞬間にその予感は確信に変わる。
『イセリア流剣術四之型・突』。
レイピアの先端に集中した魔力が高熱を纏い、高い防御力を誇る手甲をチリチリと焼いたのだ。
受け流そうとすれば、貫かれる!
咄嗟にそう判断したアンジェは、身を捻って地面に転がることでレイピアの突きを躱した。
体勢を崩した! そう思われたが、アンジェの身体能力も並々ならない。
転がった瞬間に地面に両手を着き、逆立ちするような姿勢で蹴りを放ったのだ。
その蹴りがカインの頰をかすめる。
そして、追撃するようにグルグルと横に体を旋回させて続けざまに蹴りを放った。
堪らずカインは左手に持ったレイピアでその攻撃を受けようとする。
このまま厄介なそのレイピアを叩き折ってやる!
そう考えたアンジェの蹴り技が、レイピアの腹に直撃した。
その時だった。
アンジェの体が何かに引っ張られるようにぐらりと揺れた。
「なにっ!」
思わず声を上げるアンジェ。
カインはニヤリと口元を緩めた。
『イセリア流剣術ニ之型・流』。
カインの師、イセリアによってこのレイピアに組み込まれた型は二つ。
硬質なものを貫くための四之型・突。そして、強烈な攻撃を受け流す為のニ之型・流である。
無理な姿勢のまま放たれた蹴りは、レイピアが纏う螺旋のような風圧に巻き込まれ強引に受け流されたのだ。
体が引き込まれるように受け流され、アンジェの両手は僅かに地から浮いた状態になった。
無防備な状態。
当然、作り上げたその隙をカインは見逃さない。
引き戻していた刀を掬い上げるように大きく振り、アンジェへと向けた。
受け流すことは出来ない。
アンジェは両腕を交差させて、カインの一撃を受ける。
「ぐっ!」
全力の一撃。
片手で振ったとはいえ、数々のスキルを取得し『流動反射強化』によって最大まで高められたカインの一撃は、既に並の戦士が放つ威力とはわけが違う。
大きな衝撃によりアンジェの手甲がひび割れ、その体を後方へと吹き飛ばした。
地を弾むように転がったアンジェは、岩壁に激突してその勢いを止めた。
そのままカインは息を吐く間もなく仲間の元へと駆けた。
カインとミズシゲが相手を吹き飛ばし、アーマードが騎士を蹴散らしたのはほぼ同時だった。
「今だ!」
カインが状況を確認して、全員が纏まるのを待って声を上げる。
その発せられた声と同時に、マリアンズの全員が一斉に走り出し魔晶石を投げた。
投げ込まれた魔晶石は『土壁』。
一斉に投げ込まれた魔晶石が、階下へと続く階段まで土の壁を作り上げる。
道となったそこを、全員が駆けた。
「急げ!」
マリアンズが階段まで走ると、広間の騎士たちから怒声が上がる。
「『土壁』だっ! さっさと崩せ!」
誰かの指示によって、『水球』や『水槍』といった水の魔術が放たれた。『土壁』は水の魔術に弱い。故に、その判断は間違っていなかったのだろう。
しかし、カインたちの張った『土壁』は容易に崩されることはなかった。
この状況を魔術を編んでじっと待っていた二人。ウルスナとリンドーによって編まれた『氷牢』の魔術。その魔術が『土壁』を内側から補強し、強度を保っていたのである。
崩されることのなかった『土壁』の通路を走り抜け、程なくして全員が階段へと辿り着いた。
そうしてカインたちは怒号の響き渡る広間を背に、無事六階層へと足を進めたのであった。
100話おめでとう! ついでに誕生日もおめでとう! 自分!
誰も言ってくれないから自分で言ってみた……悲しい
PV増えないけど、ここまで来たらクッソ意地になってるので完結するまで書き続けます!
読んでくださっている皆様これからもよろしくお願いします!
ここまで読んでくれてる方々なら、そこそこ面白いと思ってくれている!……はず?……たぶん。
ともれあれ、ブクマ、評価をしてくださると励みになりますので、どうぞよろしくお願い致します。




