081 蠢く壁
四階層の階層主と同じ巨大ヘビに前後から挟まれ、カインたちは険しい表情を浮かべていた。
今立ち止まっている場所は、巨大ヘビが三体は並んで動ける広さはあるが、一歩道になっている。
加えて、その道は突き当たりとなっており、突き当たりに空いた穴から一体の巨大ヘビが顔を覗かせているのである。
顔を覗かせた一体は、警戒するように舌をシュルシュル鳴らしてカインたちに目を向けているが、カインたちを追って来た方は既にご立腹の様子で、シャーと音を鳴らして大きく口を開いて威嚇している。
立ち止まる一同が動き出せば、直ぐにでも襲いかかって来そうな状況。
この状況をどう対処するのか、カインは思考を巡らせた。
他の誰も声を上げない。
それは、巨大ヘビを刺激しないようにしているというよりも、カインから出る指示に直ぐに対応出来るように耳を澄ませて待ち構えているようでもあった。
天秤の塔を攻略した際、今以上に危うい状況は幾度となくあった。
しかし、それらの状況に対して、カインは全て適切な指示を出し危なげながらも状況を打開するに至ったのだ。
そう、彼らは既に認めていたのだ。
カインのリーダーとしての資質を。その判断の適切さを。
パーティー内で冒険者ランクの一番低いカインが、リーダーである理由。
それは、天秤の塔攻略を主導して持ち掛けたからではない。
どんな状況下に置いても、必ず打開する為の一手を導き出し実行する。誰かを切り捨てるような選択を決して取らず、危険の矢面に自らが立つ。
その行動を目の当たりにして、カインの指示に異を称える者は誰一人としていなかった。
故に、一同はカインが判断を下すのを黙って待つ。
その思考を妨げないように。
「ミズシゲ! 前面の敵を俺と二人で押し返す! 他の連中は、顔を出してる方を穴から引きずり出せ! 引きずり出したらウルスナは『土崩』を当てろ! どこでも良い!」
カインの指示に頷き、間を置かずに全員が動き出した。
まずはミズシゲが駆けた。
『水曲流転』を用いた不規則な動き。
威嚇していた巨大ヘビも攻撃に移ろうとするが、ミズシゲの動きに目標が定まらず泡を食らったように首を左右に振る。
そして、刀の間合いに詰め寄ったミズシゲが抜刀した。
『強理豪剣』。
その刀が、巨大ヘビの顎を打ち上げた。
その横合いから、カインも刀を振るう。
ガツンと大きく巨大ヘビを仰け反らせると、相手はとぐろを巻いた身体に頭を隠した。
そのままズルズルと身体を巻くように回して尻尾を前面に移動させると、巨大ヘビはその尻尾をブンッと大きく振るう。
カインとミズシゲは地に伏して、それをやり過ごす。
そして、往復させるように尻尾が戻って来る。
斜めに振り降ろされたそれを、今度は飛び退いて躱した。
躱し様にミズシゲが刀を振るうが、硬質な鱗に弾かれてしまった。
飛びながらミズシゲは、ふむと唸る。
そこに再び尻尾の追撃が繰り出される。
着地をしていないミズシゲはそれを躱すことは出来ない。しかし、尻尾が直撃する寸前。ミズシゲは刀の背を尾に当て、それを中心にクルリと体を回してみせた。
鮮やかに躱された巨大ヘビの尾が岩壁に突き刺さる。
ゲンゴウが力を溜めて剣戟を繰り出そうとした。
だが、穴から顔を出して様子を伺っていた巨大ヘビはそのままでは危険と判断したのか、にょきりと体を出してゲンゴウに突進した。
ゲンゴウに頭から突進する巨大ヘビ。
その巨大ヘビの側面を強烈な一撃が襲った。
ゲンゴウに直進した巨大ヘビを、バッカーが横合いから殴りつけたのだ。
僅かに怯んだ巨大ヘビであったが直ぐに標的を変えると、今度はバッカーに向かって突進しようとする。
すると、視界の片方で小さな爆発が起こる。
ルクスが巨大ヘビの瞳に向かって『炸裂』の魔晶石を投げ付けたのだ。
怯んだそこに、ゲンゴウの一撃が放たれる。
四階層では、巨大ヘビの首を一撃で叩き斬った剣技である。
頭に向かって振り下ろされたそれを、巨大ヘビは体を素早く引いて躱した。
巨大ヘビの口先が僅かに切れる。
そしてそのまま、身を引いた巨大ヘビは穴の中にすっぽりと入ってしまい、姿を見せなくなった。
「なあ。引きずり出せって言ってなかったか?」
「まあ、引かせたんだから良いんじゃねえの?」
バッカーとルクスが呑気に会話をしていると、急にゲンゴウが声を上げた。
「気を付けろ! 来るぞ!」
ゲンゴウがそう言った時、既に巨大ヘビは穴から飛び出していた。
まるで穴の中で助走でもつけたかのような勢い。
ルクスは身を捻って躱したが、バッカーは間に合わずその直撃を受けてしまう。
「うっげぇ!」
大きく吹き飛ばされ、もんどりを打って岩壁に激突するバッカー。
そのバッカーに止めを刺そうと巨大ヘビは勢いそのままに、バッカーへと突進する。
「うおおおお!」
ゲンゴウが声を上げて巨大ヘビの前に立ちはだかった。
刀を鞘に戻し、両腕を上下に広げて猛烈な勢いで迫る巨大ヘビへと向ける。
ズシンッという地を鳴らす音。
そして、ゲンゴウが地に足を埋没させながら、巨大ヘビの突進を止めた。
だが、巨大ヘビは力を緩めない。
前へ前へと力を込めてゲンゴウを押し込もうとしてくる。そして、ゲンゴウによって抑えこまれている口を開こうとする。
巨大ヘビと力比べをしながら、開かれようとする口を抑え込むゲンゴウ。
次第に力負けし始め、その腕がふるふると震え始めた。
「ぬうう」
「一度出すわよ!」
そう言ってウルスナが『土崩』の魔術を放った。
首を固定するように『土崩』で作られた岩が巨大ヘビの首に纏わりつく。
ゲンゴウが後ろに飛んで、荒い息を吐いた。
「鱗の薄いところを狙え!」
首を固定されて体をくねらせていた巨大ヘビの腹の部分に、短剣を突き刺してルクスが言った。
「ルクス! あんまり近付き過ぎないで!」
「わかってる! っておわ!」
ウルスナの声に反応した瞬間。巨大ヘビが大きく体を捻り、膨らんだ腹でルクスが吹き飛ばされた。
「油断し過ぎでしょ! あんたらは!」
そう言いながらもウルスナは、ルクスの方へと駆ける。
「バッカー! 行けるか!?」
「……へっ! ったりまえだぜ!」
ポーションを一息に呷り、バッカーは気合いを入れた。
「よし! ならばこちらに誘き寄せるぞ!」
ゲンゴウが顎を向けると、バッカーは理解したのかニヤリと笑って頷いた。
ゲンゴウが後ろに飛んで、巨大ヘビから距離を取る。
すぐさまバッカーは、その横に並んで手を叩いた。
「おらおらっ! このボンクラ、かかって来い!」
ぶるぶると震えながら、首に絡まった岩を徐々に破壊していく巨大ヘビ。
その『土崩』が纏わりついた岩を完全に破壊し尽くすと、巨大ヘビがずるりと這いながら、二人に向かって突進を開始した。
それを確認して二人は駆けた。
カインとミズシゲの方へ向かって。
「カイン! ミズシゲ!」
叫ばれてチラリと視線を向けた二人は、直ぐにゲンゴウがしようとしていることを察した。
勢いに乗って突進する巨大ヘビの体が、横穴から完全に這い出る。
そして、大口を開けて迫るそれを、四人はギリギリまで引き付けてから、横に飛んで躱した。
突進を躱された巨大ヘビは止まることが出来ず、未だとぐろを巻いて頭を隠している巨大ヘビに突撃した。
硬質な鱗に弾かれる巨大ヘビと、強烈な突進を食らった巨大ヘビは、互いにのたうち回った。
『土崩』。
追加で放たれた魔術が、巨大ヘビの一匹の動きを封じる。
「全員突き当たりの穴に入れ! ウルスナ、『土蔵』の準備を!」
カインの指示で、全員が駆けた。
そして、カインが先頭になって巨大ヘビが出て来た穴に、『光陣』の魔晶石を放り投げて穴へと突入する。
巨大ヘビが一匹しか通れない横穴に入り込み、一体ずつ始末をする。それがカインの描いた戦略であった。
しかし、横穴に入り込んだつもりのカインたちであったが、入った瞬間に想定と違うことが起きた。
足を止めるカイン。
カインに続いて穴に入り込んだ一同も、直ぐに立ち止まり驚きの表情を浮かべる。
カインたちが入り込んだ場所は、横穴ではなく拓けた空洞であった。
そして、その空洞の中で蠢く影。
蛇。蛇。蛇。
大小様々な数の蛇の群れが、壁中をひしめくように埋めて蠢いていた。
ただの蛇なのか、魔物なのかも判断出来ない。
そこには蛇と言う名の壁が出来上がっていたのである。
その壁がカインたちに向かって一斉に崩れ始める。
不味いと思ったその場の全員が、『爆風』の魔晶石を放るが蛇の数が減ったようには見えない。
絶え間無く魔晶石を放り投げるが、蛇の群れは次第にカインたちへと迫っていった。
「あんた、本当に読みが良いわ。全員集まって」
ウルスナがそう言って魔術を発動させる。
『土蔵』。
するとウルスナを中心に地面から土が盛り上がり、カインたち全員を包み込んだ。
「『光陣』」
カインが声上げて魔晶石を使用する。
すると、淡い光が周囲を照らした。
見渡せば、カインたちの周りを球状になった土の壁が覆っていた。
広さはそれ程広くない。
カインたち六人が立って座れる程度である。互いの距離も体一つ分ほどで、それなりに狭い。
即席で造り上げたにしては十分な広さではあるが。
「どうすんの? 結構ピンチだけど? 言っとくけどそんなに長い時間もたないわよ」
「その前に、バッカー。腕を出してください」
ミズシゲが言って、カインたちはバッカーの方へ視線を向けると、バッカーが汗を滲ませて荒い呼吸をしていることに気が付いた。
バッカーが言われた通り腕を出すと、そこには噛み付かれたような痕があった。
ミズシゲはヒモを取り出すとバッカーの腕を縛り上げ、噛み跡に小刀を向けて切りつける。
「脇を締めてください」
逆らうことなくミズシゲに従うバッカー。
そして、ミズシゲはバッカーの噛み跡に口を当てて吸い上げると、吸い上げた血を吐き出した。
三度それを繰り返し、傷口に軟膏を塗り付けて解毒薬を飲ませる。
「気休め程度です。チラリと見えましたが、バッカーに噛み付いた蛇に赤と黒の斑模様がありました」
「お前それ! ダーデス・マムじゃねえか!」
「直ぐにでも、解毒を行う必要があります。この毒は薬では完全に解毒することはできないので」
ミズシゲがそう言うと、『土蔵』の壁を大きく揺らす衝撃が響いた。
『土蔵』は広間の入り口に造った。おそらく今の衝撃は、中に戻ろうとした巨大ヘビがぶつかって来た音だろう。
「大量の蛇に囲まれて、入り口には巨大な蛇が二体。仲間の一人が毒に侵されて一刻を争います。そしてもう一つ、この部屋から大きな魔力のうねりを感じます。おそらくはここが、ダンジョンの最深部なのでしょう。……さて、この状況、あなたならどう対処しますかカイン」
ミズシゲの試すような言葉。
その言葉を受けて、カインは腕を組んで唸りながら瞑目した。
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