079 最強の剣
突如として眼前に現れた女。
美しい顔立ちと自信に満ち溢れた様子。
捕食するような獰猛な瞳は鋭く、口元からは余裕を伺わせる笑みが溢れていた。
堂々と立つその姿を目にした時、エドは本能的に相手を恐れた。
手に滲む汗。背筋をなぞる這うような感覚。
僅かに震える膝。
全身が目の前の女は危険だと訴える。
この感覚はなんだ? こんなもの味わったことがない。最強である自分がこんな気持ちを味わっていいわけがない。
そう考え、エドは怯える気持ちを怒りに変えて、小刻みに震える体を黙らせた。
これまで数多の強敵に打ち勝って来たエド。
己よりもステータスの高い相手。特殊なギフトを持った敵。
そんな連中も全て、『神槍』の前には手も足も出ずに倒れていった。
己の持つスキルこそが最強である。
その自信がエドにはある。
先程は、予想外のギフトに遅れをとったが、そんな油断はもうしない。
ならば、例えどんな相手であろうとも勝つのは自分である。
エドは息を吐き、心を鎮めて相手を見た。
【Lv192】【体力126921/126949】【気力7561/7561】【魔力198354/198423】【筋力9534】【敏捷14650】【耐久6520】【知力8745】【器用9657】【運87】
【剣術Lv10】【槍術Lv10】【短剣術Lv10】【細剣術Lv10】【刀術Lv10】【弓術Lv10】【棒術Lv10】【斧術Lv10】【格闘Lv10】…………etc
EX【才能】【鬼才】【天才】【剛腕】【魔渦】【戦士】【騎士】【武神】【持久】【不屈】【俊敏】【剛壁】【英知】【繊細】【天運】……etc
マスタリー【剣聖】【剣豪】【達人】【賢者】【聖天】……etc
そして、再びエドの心は乱される。
あまりにも膨大な量の情報が視界を覆い、瞬時に全てを読み取ることが出来ない程であった。
なんだこの異常なスキル数とスキルレベルの値は!
『鑑定』を持たない人間が得られる数じゃない。
どれほどの訓練をしたらこのレベルに至ることが出来るのか?
いや落ち着け。焦ることじゃない。どんなにスキルが多かろうと、ステータスは自分に遠く及ばない。
自分は固有スキル『倍加』の効果で、本来の値の十倍ものステータスとなっているのだ。
確かに先ほどまで相手にしていた連中のスキル数も、常人離れした数だった。
そうか。この女が教えたのか。
そう結論付けて、エドはファライヤを睨みつけるように見る。
だが、ファライヤはエドの視線を受けても、ニマニマと余裕の笑みを浮かべたままであった。
「マリアン。あなたの力を上手く使えば、この程度の相手はなんとかなったでしょうに」
ファライヤがエドに視線を向けたまま言った。
「えー。一回はやっつけたよ。でもアーティファクトで生き返っちゃったの」
「あら、あなたでも読み違えるのね。なんだか安心したわ。無事でいたことも含めてね」
実のところファライヤは、マリアンが神秘を無効化するギフトを持つ事に気がついていた。
それは、ボルドの宿でファライヤがカインを連れ去ろうと目論んでいた時であった。
宿に忍び込んだ先で、ファライヤの眼前に立ちはだかった少女。
見た目は美しいが戦い方も知らなそうな少女を、ファライヤはその時、ただ払い退けようとしただけだった。
そして、少女の頰に指先が触れた瞬間。ファライヤは己の力が全て失われたことに気が付いた。
単純な身体能力だけでも、ファライヤにはその少女を殺し切る力はあった。
けれど、驚きに硬直した僅かな時間。悪意も殺意も一切込めずに、少女は腰から真新しい短剣を抜いてファライヤの胸に突き付けたのだ。
そして少女はニコリと笑って言った。
「私の剣になって欲しいんだけど」
少女を無理に払い退けることも、胸に当てられた短剣を掴み上げることも出来た。
だが、ファライヤはその時、己の敗北を認めたのだ。
技や技術を持たずして、ファライヤを殺し切ることが出来た少女。
その少女の願いを聞き入れることは、何一つ不愉快なことではなかった。
そして、少女が次第に入れ込んでいった男。
その男も非常に興味深い。
その男と少女を中心に集い始める仲間たち。
可愛げが有り、ひたむきな彼らと過ごす日々は悪くない。少なからず、ファライヤにそう思わせたのだ。
ファライヤの視線がチラリと周囲を巡った。
傷付き倒れたジェド。血に濡れたミーア。火傷を負ったヴィレイナとトリティ。
その姿を目にしたあと、ファライヤの獰猛な瞳がギラリと光り、エドへと向けられる。
「うちの子たちにも経験は必要よ。だから最悪死んでしまったとしても、仕方ないと私は思っているわ」
内容とは裏腹に抑揚のない言葉。エドは僅かに怯んだ。
「はっ! だから何? なんだって言うのさ!」
ファライヤはエドの言葉には応えず、マリアンとアーマードにポーションを渡し、顎をしゃくって他の連中を治療しろと指示をした。
それに頷き、アーマードは受け取ったポーションを呷り、マリアンと共にエドに背を向けて仲間の元へと走っていった。
「おいっ! そんなことを許すと思うのかよ!」
エドがアーマードの背中に向けて右手をかざす。
だが、次の瞬間。
烈風が巻き起こった。
「がはっ!」
気が付けばエドの腹部にファライヤの蹴りが沈められている。
「けれど、弄ばれたことは、少々不愉快ね」
エドに蹴りを入れながら獰猛な瞳をギラつかせ、ファライヤは言葉の続きを告げた。
眉を顰めて痛みに呻きながら、エドは慌ててファライヤへと右手を向ける。
しかし、手を向けた先にファライヤの姿はなかった。
エドの背中から衝撃が走る。
咄嗟に『硬化』の魔術を張って肉体を変質させたが、それでも背中に薄っすらと傷跡が残る。
何故だ!
エドは思った。
相手のステータスは確認している。そしてその数値は己の方が格段に上であった筈だ。
なのに、相手の動きを追い切ることができない。
これは、先程の連中から得た術式の影響か?
そう考えたエドは、新たに得た身体強化の魔術を己に施し対応を試みる。
だが、それでも対応できない。自分の行動が読まれているかのような動き。
間を空けることなく繰り出される攻撃に、エドはただ身を守ることしかできなかった。
『硬化』、『軟化』、『堅牢』。
身体強化と扱える魔術を絶え間無く無詠唱で発動させ耐え凌ぐ。
「くっ! 調子に乗るな!」
『神槍』。
エドの右手がファライヤを捉え、『神槍』のスキルを発動させる。
これで終わりだ。
エドがそう思った時、ファライヤはゆらゆらと不規則に揺れながら『神槍』の一撃を躱した。
躱した!? 有り得ない!
『神槍』は目に見えるようなスキルではない。
事象を改変する為に魔力そのものが空間へと広がり、その魔力に触れたモノへと影響を及ぼす言わば魔法である。
それを躱すということは、目の前の女には魔力そのものの流れが見えているということになる。
そんな事が出来るのか? 知らない? そんな技を。スキルを。技術を。
過去に己を上回る速度を見せた相手もいた。
エドが右手をかざすと、感を頼りに身を捩って躱そうと試みた者もだ。
しかし、それらの者達は全て、『神槍』の概念に触れて敢え無く倒れていった。
だが、この女は! 悪鬼の如く己を攻め立てるこの女は、数々の戦士の命を奪った必殺の一撃を躱したのだ。
それも何の情報も得ていない筈の初見で。
己の切り札が通用しないとわかり、エドの顔に本気の焦りが浮かんでいた。
やばい。不味い。殺される。
このままでは本当に死んでしまう。
……死ぬ!?
その言葉が脳裏をかすめた時、エドの心臓がドクリと音を立てた。
大きく跳ねた心音が、じわじわとその鼓動を早めていく。
体が小刻みに震え始め、足元がおぼつかない。
絶対的な心の拠り所を失い、死の恐怖の前に些細なミスを犯す。
「ぎゃああ!」
『硬化』が間に合わず、左腕が飛んだ。
「げふっ!」
『軟化』が間に合わず、内臓が潰れた。
痛みで何も分からなくなり、悶えながらがむしゃらになって『神槍』を放つ。
当たれ! 当たれ! 当たれ!
それら全てをファライヤは冷静に躱しきり、攻撃の手を緩めない。
嫌だ。死にたくない。誰か……助けて。
心でそう叫び、血反吐を撒き散らしながら、エドの身体が傾く。
そして。
傾く視界の端に、チラリと映る人影。
必死に仲間の手当てをするヴィレイナの姿が目に留まった。
今にも飛びそうだった意識が、悪意によって引き戻された。
あの女は仲間の為に怒っていたな。なら、これでどうだ!
エド感情が殺意に染まった。
ファライヤへ向けていた意識をヴィレイナに変えて、その方向に右手を向ける。
『神槍』。
顔を悪意に歪めて放たれた『神槍』。
そして、地に倒れ込んだエドが、『硬化』を発動させ追撃に備えた。
しかし、いつまで待ってもエドへの追撃はやって来ない。
エドの口元がニヤリと歪む。
目を向けると、エドとヴィレイナを結ぶ直線上にファライヤの姿があった。
その胸元には拳程の穴が空き、ドクドクと血を滴らせている。
「……そん、な」
その姿を目にしていたヴィレイナが声を漏らした。
「ふっ、はは! 冗談だろ? まさかとは思ったけど、それだけの力を持っていて? 仲間を助ける? はは!」
エドがふらつきながらも立ち上がり、狂ったように笑い声を上げた。
「あははは、馬鹿だね。仲間を守ろうとしたんだろうけど、僕の『神槍』は必殺なのさ! 体を張ればいいってもんじゃない!」
心臓を穿たれ、立ったまま俯くファライヤの姿に、その場の一同は表情を凍らせた。
誰も何も言えない。
そして、誰もがその出来事を想像すらしていなかった。
静まり返ったその場で、エドの高笑いだけが響き渡った。
―――だが。
「…………必ず殺す。それが……必殺というものよ」
「はは……は、は?」
突然発せられた言葉にエドの笑いが止まる。
「身を呈して誰かを守るなんて、柄ではないの。これは演出よ。あなたをぬか喜びさせる為のね」
俯いた顔を上げニマニマと笑うファライヤ。
その胸元に空いていた穴は、気が付けば何事もなかったかのように塞がっていた。
「そ、そんな馬鹿な! 確かに『神槍』はお前の心臓を貫いた筈だ!」
「ええ。貫いたわね。でも、それだけでしょう? 殺してはいないわ」
「心臓を貫かれて死なない奴なんて……僕の『鑑定』には何も……まさか! お前も持っているのか! ギフトを!」
「さて? どうかしらね?」
クスクスと笑いをこぼすファライヤの姿に、エドは青ざめた。
やばい。勝てない。この女は危険だ。
この女はあの異常な速度と攻撃力を持ちながら、『神槍』ですら殺しきれないギフトを間違いなく持っている。
そう考えると、エドは恥も外聞もなく逃げることを選択した。
術式を編みながら、全力でファライヤとの距離を取る。
それを見たファライヤがすかさず動き出す。
有り得ない速度。エドの全力を以ってしても、引き離すことは難しい。
寧ろその距離は一息の間に詰められてしまった。
背中を強烈に殴打され、呼吸が止まる。
軽石のように吹き飛ばされた体がゴロゴロと大地を転がり、今も血を流し続ける左腕から鮮血が舞った。
唇を噛み締め必死に術式を編むエド。
だが、ファライヤの攻撃も容赦なく続く。
骨を砕かれ、体を刻まれ、片目を潰されて尚も止まない攻撃。
血の涙を流しながら、エドは必死に逃げ惑った。
怖い。怖い。怖い。
恐怖に震え、直ぐにでも折れてしまいそうな心に必死に喝を入れて逃げ惑う。
そして、無限にも感じる恐怖の中で、ようやく一つの術式が完成した。
ファライヤから止めの一撃が繰り出される。
その瞬間。
『転移』。
エドの姿が搔き消え、ファライヤの短刀が空を切った。
ファライヤは、ふむと顎に手を当て遠方を見つめる。
「……なるほど。『転移』まで使えるのね。でも、まあ良いわ」
ファライヤは短刀を鞘に戻し、獰猛な視線を向けながら口元を歪めて踵を返した。
「ファライヤ、やっつけたの?」
ファライヤが戻るとマリアンが言った。
「いいえ。逃げられてしまったわ。『転移』まで使うなんて厄介な相手ね」
「えー。ファライヤなら追えたんじゃないの?」
「不満そうね。追えたかもしれないけれど、この惨状を放っては置けないでしょう? 私はアレを倒すことじゃなくて、貴方達を守ることをお願いされたのよ」
「でもアイツ、村の人たちやデバイスレインの人たちを無意味に殺していったのよ?」
「それならば安心なさい。恐怖心は植え付けたから、暫くは震えて眠れもしないのではないかしら? それに、逃しはしたけれど、見逃すつもりはないのだから。より苦しめて、絶望させてから殺す方が良いでしょう?」
「えー。なんか、悪役っぽいんですけど」
「あら、私はただの悪者よ。そういうのは嫌いかしら?」
「うーん。結構好きかも……いや、駄目! わたしヒロインだから肯定できません!」
「そう。なら、私が勝手に好きなようにやるわ」
そう言って普段の五割増しで悪意のあるニマニマを向けるファライヤに対して、マリアンも対抗するように悪い顔でニマニマ笑った。
「ファライヤさんもマリアンさんも! 村の人たちも集まって来てますし、亡くなった方もいるんですよ! その顔は少し不謹慎ですよ」
ヴィレイナに嗜められ、周囲を見ると騒ぎを聞きつけた村人たちが集まりだしていた。
それを見た二人は顔を見合わせると肩を竦めてみせて、ヴィレイナにバレない様にこっそりと笑い合った。
読んで頂きありがとう御座います。




