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060 洞観の瞳

 各々の紹介を終えたのち、カインたちは長机を囲んで話し合いをしていた。


 天秤の塔を攻略した際に契約した後金こうきんの精算を行い、今までの出来事、現在の状況なども合わせてより詳しい説明が行われた。


 そして、ひと段落ついたところで、マリアンがカインから進行役を奪い取り、元気いっぱいな様子で話し始めた。


「はい! では、諸々(もろもろ)の説明も終わったところで、新ためてマリアンズのルールについて説明します!」


 ハキハキと喋るマリアンに、アーマード、バッカー、ウルスナ、リンドーの四名は頬を緩めてだらしない表情をした。


「一つ。団長であるカインの指示、方針に従うこと! 一つ。共有している技術について外部へ持ち出さないこと! 一つ。マリアンちゃんを存分に甘やかすこと! 一つ。仲良くできない子はお仕置きします! 以上です!」


 マリアンの言葉になんの疑いも持たず、アーマード、バッカー、ウルスナ、そしてリンドーは小気味良い返事をして了承した。


「ちょっと! 他の人たちはわかってるの? ちゃんと返事をしてください!」


 マリアンに指摘されて、様子をうかがっていた面々も小さく頷いたり、返事を返す。


 とそこで、ファライヤがマリアンへ問い掛ける。


「マリアン。新しく加入した子たちに技術を教えても大丈夫かしら?」


 ステータスや魔法についての教育を行なっているマリアンズでは、それらの知識を共有している。


 だが、半端な覚悟の者、信用できない者にその技術を教えることは危うい。


 ファライヤからすれば、新たに加入した者のことなど信用するに足る根拠が見当たらない。


 故に、ファライヤはマリアンの判断を尊重する。

 世界を見渡し、多くの人物を見てきたマリアン。他者の本質を見抜くその瞳は的確だ。


 おそらく、マリアン以上に人を見る目がある人物はいないだろう。ファライヤはそう考えている。


 だからファライヤは、マリアンの判断を尊重し無条件に信用すると決めていた。


 ファライヤの問い掛けを受けて、マリアンはうーんとうなる。


「まあ、こればっかりは適当に決めちゃまずそうだからハッキリ言うけど、ルクスとトリティは不合格かな」


「なっ! そりゃねえぜ! 俺が信用出来ないってことかい? マリアンちゃん」


「マリアン様! 私の何がいけないと言うのですか!」


「えー。信用できないってわけじゃないし、普通に仲良くやってくことは出来るとおもうよ」


「なら、俺の何がいけねえんだい?」


「うーん。表現しにくいんだけど、見ている先が私たちじゃなくて、別の方向に向いているって言うのかな? 一つ、聞きたいんだけど、もし、ルクスが捕らえられて拷問を受けたら、私たちのことを話す?」


「どこの誰ともわからねえ奴に、仲間を売るわけがねえな」


「じゃあ、ルクスの愛する人に問い詰められたら?」


「……愛していたとしても、自分の女に仲間の秘密をらす奴は男じゃねえ」


「恋人だけじゃなく、相手が組織だったり、集落だったり、街だったり……もしくは国だったりした場合は?」


 そう言われて、ルクスはほんの一瞬だけ驚きの表情を浮かべた。

 だが、その一瞬を見逃してくれる者はこの場に少ない。


 ルクスは内心でしまったと後悔をした。しかし、直ぐに取りつくろうように、ハッキリと言葉を選ぶ。


「へっ! それでも俺は仲間を選ぶ。それが俺の生き方だからな!」


 ルクスがそう言うと、マリアンはニコリと微笑んだ。

 何もかも見透かしたように笑うマリアン。ルクスの見せた、ほんのわずかな表情の変化をこの少女は見逃しはしなかったのだろう。


 その証拠に、マリアンは笑顔のままルクスにこう言った。


「多分、今ので納得できたとおもうけど、そう言うわけだからルクスはまだ不合格ね」


 言い切られて、ルクスは頭をいた。

 本当に、何故こうもあっさりと見抜かれてしまったのだろう?

 自分の立ち居振る舞いは完璧だった。

 仲間に加わったタイミングも申し分なく自然で、ついて行く為の口実もおかしくはなかった。

 けれど、目の前の美しい少女は、ルクスの内心をあっさりと見破った。


 ルクスは溜め息を吐いて降参とばかりに両手を上げた。


「ったく敵わねえな。俺は、セト王国の間諜かんちょうだ」


 突然暴露し始めるルクスに対して、その場の面々は驚きの表情を浮かべた。

 けれど、マリアンはそれで? と続きをうながすようにニコリと微笑んだままであった。


「目的は攻略者の監視と勧誘。所属は、政務官直属で位は与えられてない。要するに使い捨てって奴だ。これでいいかい?」


「んー。全然ダメかな? わたしおもうんだけどさ、どうして人は簡単に本心を語らないんだろうなって」


 マリアンの言葉にルクスは眉をしかめた。


「瞳は想いを語り、言葉は思惑を語るもの。吐息と鼓動は感情を写し、視線は偽りをらす。行動は本質を表し、決意が人の身を満たす」


「…………」


「これは、アルストレイの初代皇帝の言葉だけど、わたしは人というものを的確に表しているとおもうの。人って行動する為に必ず理由が必要なのよ。だから、初代皇帝の言葉に沿って、その人の行動に理由を付けて紐解ひもといて行くと何を考えて行動しているのか、その原理が理解出来てしまうの。その原理にそぐわない言葉は必ず嘘になる。人の心はこんなにもわかり易いのに、みんなはちっとも本心を語ろうとしない」


「……つまり、俺はまだ隠し事をしていると?」


「隠し事をしているんじゃなくて、はぐらかそうとしてるのかな? ルクスはわたしに嘘が通じないと判断して、最善の手を打っただけでしょう? けど、それは卑怯ひきょうだとおもうよ」


卑怯ひきょう?」


「うん。だって、自分がどうしたいかを伝えないまま、相手の出方をうかがうなんて卑怯ひきょうじゃない? きっと相手の出方次第でその後の言葉を取りつくろうんだから、誠意なんてこれっぽちもないとおもうけど」


 何もかもを言い当てられて、ルクスは愕然がくぜんとした。


 正直、ルクスはこの美しい少女のことをあなどっていた。人を魅了する容姿は確かに秀でたモノであったが、美しいだけで所詮は子供だと思い違いをしていた。


 神の恩恵とされるこの少女―――マリアンは、人の内心を見透かすのだ。


 マリアンの言う通り、人の言動や行動はそれだけで内面を写す鏡となる。けれど、その行動原理や機微きびを察して読み取ることは意外にも難しい。


 これは長い年月、神の下で人々を眺めてきたマリアンだから出来る芸当なのだろう。


 たかだか三十年そこそこしか生きていないルクスが、この少女に駆け引きで勝てる筈もなかったのである。


 ルクスは観念した。


「マリアンちゃん。俺は察しが悪いから、マリアンちゃんが何を知りたいのかがわからねえ。だから、なんでも聞いてくれ」


「うーん。それじゃあね。どうしてセト王国に仕えるの?」


「家庭の事情ってやつだ。俺の家系は、セト王国の間諜かんちょうとして活動してきた。それを俺の代でも引き継いだってだけだ」


「じゃあ、間諜かんちょうであることがバレた今後はどうするつもり?」


「さあな。今はマリアンズをセト王国へ誘い入れて、マリアンちゃんを連れてこいと命令されている。失敗したとなると、消されるかもしれないな」


「逃げちゃえば?」


「家族がいる。無理矢理だが結婚させられた嫁と十になる息子だ。……こんな仕事をしてるんだ。愛情なんてもんは、持ってねえ。……そう思ってたんだがな」


「なるほどね。別にセト王国に誇りを持って仕えてるわけじゃないのね」


「誇りっつうか。親の代まで勤め上げて来た仕事だ。息子の俺が上手く出来ねえのは……なんつうか、情けねえなとは思う」


「やめちゃえば良いのに?」


「……そんな簡単にはいかねえよ」


「ルクスがどのくらい本気かにもよるとおもうけど」


 そう言って、マリアンは黙って話を聞いているカインへと視線を向けた。


「カイン。ルクスを助けてあげられる?」


「別にそいつは助けを求めたわけじゃないだろ」


「じゃあ、ルクスが助けてくれって言って来たら助けてあげる?」


 また始まった。と、カインは溜め息を吐いた。


 これでは、キリエ村を救うことになった時と同じではないかと。

 理不尽に困っている者を助けることは、カインとしても本意である。


 だから、ルクスが本気で救いを必要としているのであれば、手を貸さないという選択肢はない。


 これはカインの目的にも沿っていることだ。


 だが、マリアンの目的はなんだ?


 人は理由のない行動はしない。マリアンはそう言った。


 ならば、マリアンにも、ルクスの件をき付ける理由がある筈なのだ。


 マリアンの碧い瞳がカインを見つめる。


 その美しい瞳に宿る期待のこもった色。


 ああ、そうか。コイツは試しているのか。俺の判断力を。

 現状で仲間は多く必要だ。だが、信頼出来る仲間などそう簡単には出来ない。だからこそ、カインがどう言う人物であるのか、どういった行動を取る男なのかを、新しく加入した連中にも見せつける必要があるのだ。


 その為にルクスを利用した? いや違う。


 マリアンはもっとしたたかな考えを巡らせているのだろう。


 間諜かんちょうである事を暴露ばくろしたルクスを取り込み、その上で、カインという人物を改めて周知させる。おそらくマリアンはそう考えている。カインはそう確信した。


 本当にこの美しい少女はあなどれない。


 だが、毎度マリアンの思惑通りに事を運ぶのもしゃくであった。だから、カインはえて手を差し伸べるような事をしない。


「ファライヤ。魔法の習得に年齢は関係あるか?」


「いいえ。柔軟な思考と努力ができれば、それなりに扱えるようにはなると思うけれど。……向き不向きはあるかもしれないわね」


「だそうだ」


「何が言いてえ」


「魔法は強力な技術だ。個人で戦況を変えるだけの力がある。だから、まあ自分でなんとかしろ」


「だから何が言いてえんだよ!」


「察しの悪い奴だな。俺たちの仲間として魔法を学び、自分で国を相手に状況を打開するか。尻尾を巻いて国に帰って、家族もろともおびえて生活するか選べって言ってるんだよ」


「恐ろしい二択だなっ!」


「当たり前だ。スパイの癖に甘ったれたことを言うな」


 カインは強い口調で言った。その言葉にルクスは片目をつむり、苦笑いを浮かべる。


「国に楯突たてつけるほどの力が手に入るのかよ」


「それは知らん。お前の努力次第だろうな」


 そう言われて、ルクスは大きく溜め息を吐いた。


「……ちっ! バレちまった以上、あとがねえんだ。やるしかねえだろ! お前の仲間としてやってくよ」


「なら、裏切らないとマリアンの目を見て誓え」


 ルクスは頭をいてマリアンの瞳を真っ直ぐに見つめる。


「決して裏切らねえ。隠し事もしねえ。だから、俺にも学ぶ機会をくれ」


「今の言葉には真実があるわ。困った時にはちゃんとカインに相談してよね」


「……ああ。約束する」


 ルクスがそう言うと、マリアンはニコリと微笑んだ。


 カインとしては、マリアンの思惑を外してやろうという気持ちもあったのだが、彼女の反応を見る限り、カインの対応が予想外なものであったようには見えなかった。


 まるでてのひらの上で踊らされているような感覚におちいり、カインはなんとも言えないモヤモヤした気分になった。


「はい。じゃあ、ルクスの件はこれでおしまい! あとはトリティだけど……」


 トリティがずいっと前に出た。


「私はマリアン様にも、ヴィレイナ様にも忠誠を捧げております!」


「そう言う問題じゃないのかな? トリティは良くも悪くも生粋きっすいのミリアム教徒だからダメなの」


「信仰心(あつ)きことが、いけないとおっしゃるのですか!」


「そうだよ。それってどんなに仲良くなっても、最終的に信仰する教会の命令に従うってことでしょ? どんな秘密もザルのようにらすって公言してるのと一緒じゃない」


「そのようなことは!」


「無いと断言できるの? ミリアムの名に誓って?」


 そう言われてトリティは悔しそうに口をつぐんだ。


「トリティの心は、ルクスと違って揺れ動いてないから、今話し合っても解決しないとおもうけど」


「俺がうわついてるみたいな言い方、やめてくれねえかな!」


「実際浮ついてるだろ」


「浮ついてるね」


「浮ついてるでしょうね」


「真っ直ぐじゃねーな」


「きもっ、つか死ね」


「おいっ、死ねって言った奴誰だ!」


「とにかく、トリティはもう少し、カインたちのことを見て色々感じた方が良いよ。ミリアムとか関係なくちゃんと自分の気持ちと向き合って考えてね。話はそれから」


 マリアンに言われて反論できないのか、トリティは渋々ながらも頷くのであった。

読んで頂きありがとう御座います。

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