059 混ぜると危険な面子
「カイン。先に述べた通りですが、力になるとは言っても、私たちはアルストレイと事を構える気はありません。その点だけは注意して下さい」
「わかっている。俺個人としても、アルストレイに喧嘩を売るつもりはない」
「ならば良いのです」
そう言ってミズシゲは暝目したまま、口を結んだ。
「それで? ウルスナとルクスはどうすんだ?」
気楽な様子でバッカーが言った。
「正直、付いていく理由はねえな。そもそも、やろうとしていることが馬鹿げてる」
「じゃあ、抜けんのか?」
「いや付いて行く」
「馬鹿だな。言ってることがめちゃくちゃだぜ」
「バッカー。てめえに言われるとやたらと腹がたつんだが! つか、脳筋。てめえにはわかんねえだろうが、マリアンズには美人が多いんだよ。こんな機会を逃してたまるかってんだ」
「こんな機会を使って、その美人たちに何をしようってのよ、おっさん」
「別に何も。ただな、一緒に旅をしたりしてると思わぬアクシデントが起きることはあるな。たまたま、間違って風呂場を覗いちまったり、たまたま手が触れちまったりな!」
「……お前はよくそんなことをミズシゲの前で言えるな。今までもそうだったが、お前の目論見が成功した試しがあるのか?」
「うるせえ! 今まではそこの隠れ巨乳とミズシゲの二人でガードが堅かったが、人数が増えれば隙も増えるだろうがよ!」
「……そうか。まあ、好きにするといい」
「かあっ。ノリの悪い奴だぜ!」
そうは言われても、ルクスの言うラッキースケベが起きるとはとても想像できない。
何故なら、マリアンズには万能悪魔ファライヤ先生がいるからだ。
あの悪魔がいる以上、下手な行動は取れないだろう。たまたま、悪魔がおかしなことを企てない限りは……。
そう考えると、隙というものも無くはないのだろう。しかし、ファライヤがわざと見せた隙に食い付くなど、その後の代償を考えると容易には動けるもではない。
そのことをルクスは、しっかりと把握しているのだろうか?
カインは首をもたげて疑問符を浮かべた。
「……まあ、いい。力を貸してくれるのなら有難い。それで、ウルスナ。あとはお前だけだが、どうする?」
カインにそう言われて、ウルスナは難しい顔をした。
他の面々はあっさりと決めてしまったが、ことは簡単に決断出来るものでもない。
元々はアルストレイの……つまるところ最強と呼ばれるヴァルキュリアやシグルズの後ろ盾を得て行動をする予定であったのだ。
その後ろ盾が、敵に回る可能性をも秘めているとなると、判断は容易にはいかない。
「別に引き入れようと思っていうわけじゃないんだがな。あとあと聞いてないと文句を言われるのも嫌だから伝えておくが、マリアンズに加わった場合、魔法が扱えるようになるかもしれない」
その言葉にウルスナは目を見開いた。
「……あんたそれ、本気で言ってんの?」
「マリアンは大英雄の強さの秘密を知っている。その中にある技術の一つに魔法についての知識もあった」
「本当にそうなら、一生遊んで暮らせるだけのお金が稼げるわね!」
「だからこそ、今後とも行動を共にする者にしか話せないんだ。ルクスに説明しなかったのは、ルクスが今後どうするのか定まっていなかったからだ」
「……あんたね。天秤の塔は私たちで攻略したのよ? その知識はあんただけの物じゃないでしょう!」
「いや、これに関しては俺のモノだ。天秤の塔の出現位置の情報、攻略における前金と、後金。それらのリスクは全て俺が背負った。ギフトを俺が入手することは攻略前の話し合いで取り決めた筈だ」
「ギフトは分けようがないから承諾しただけよ」
「分けようがあったとしても同じだろう。神の恩恵は俺が手に入れた。その扱いは俺が決める」
「ウルスナ。魔法は知識だけで扱えるモノではありません」
ミズシゲが話を割って口を開いた。
「何よミズシゲ。あんた魔法についての見識があるような言い方ね!」
「……ありますよ。少なくとも私とゲンゴウの家系では、魔法の技術について伝承されています」
「っな! じゃあ、あんた。使えるの?」
そう言われ、ミズシゲは顎に手を当てて、ふむと唸った。
「……使えるというには、余りにも拙く、使えないというほどからきしではありませんね。そもそも、魔法に到達点はありませんから」
「じゃあ、あんたが教えなさいよ」
「お家の秘伝を簡単に教えられると思いますか?」
「今ペラペラと喋ってるじゃない!」
「概要だけです。彼が魔法の話など持ち出さなければ、ずっと黙っていたでしょうね」
「まあ、そういうわけで魔法はある。俺が言いたかったのはそれだけだ」
「ミズシゲは知識だけあっても扱えないって言ってるわよ」
「一応、講師もいる。それに、俺もまだ魔法が使えるわけじゃないから、使えるようになるかは知らん」
そう言われてウルスナは余計に迷った。しかし、判断は早く、今出せる結論をしっかりと導き出した。
「いいわ。神の恩恵と、講師とやらに会ってから決めるわ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……というわけで、こいつがマリアンだ」
カインはマリアンズ一同が宿の広間でくつろいでいるところに、天秤の塔の攻略メンバーを引き合わせた。
マリアンは普段のおちゃらけた様子ではなく、お淑やかな所作でヴィレイナと談笑をしていたらしく、ゆったりと椅子に腰掛けたままカインたちへと視線を向けていた。
碧色の瞳がカインたちを見つめると、カインの後ろから生唾を飲み込む音が聞こえてきた。
見れば、初対面となる者たちは驚きの表情を浮かべ、その美しい姿に見惚れていた。
女性であるウルスナも、色恋に興味のないバッカーも、堅物そうなゲンゴウも、表情の読めないミズシゲでさえ驚きを隠せない様子であった。
「うっそ。やば」
ウルスナがそう呟いた瞬間であった。突然、バッカーが跳躍していた。
カインを軽く飛び越え、前方倒立回転二回転半捻りを決めてマリアンの前に躍り出る。
バッカーはマリアンの眼前に器用な着地を見せると、その前に跪き言った。
「俺様と! 結婚してくださ―――ぶへっ!」
言葉を言い切る前に、バッカーの顔面をヌッと出てきた手が鷲掴みにした。
見ればゲンゴウよりも大柄な体躯を持つ男―――アーマードが、バッカーの顔面を掴みその体を易々と持ち上げるところであった。
顔面を掴まれ体を持ち上げられたバッカーが、バシバシとアーマードの体を打つが、アーマードはそんな腰の入っていない攻撃にはビクともしない。
「アーマード。許してやれ。そいつは馬鹿なんだ」
カインが言うとアーマードは眉を顰めたが、軽々とバッカーを放り投げると一歩引いてマリアンの後ろに控えた。
放り投げられたバッカーであったが、こちも器用にクルクルと体を捻って着地を決めるとニヤリと笑みを浮かべる。
「あんた、中々やるな! いいぜ! それなら俺様も本気を出してやるぜ!」
バッカーが身体強化の魔術を使用して、声を上げた。
「うおおおおおおっ!」
そして、力を蓄え、全力の一撃を出すべく踏み込んだ瞬間。
ガンッ! と言う音が鳴って、バッカーはあっさりと昏倒した。
バッカーが倒れると、その後ろには刀を鞘ごと振り下ろしたミズシゲの姿があった。
「お騒がせしました」
ミズシゲがマリアンズに対して頭を下げる。
容赦のない一撃にヴィレイナやミーアは顔を引きつらせるが、カインたちは慣れたもので昏倒したバッカーのことは無視して話を進める。
「コイツらが、天秤の塔で世話になった俺のパーティーメンバーだ。そしてこっちが、マリアンズだ」
カインが顔合わせした面々にそれぞれを紹介していく。
「事前に聞いていたが、おかしな顔ぶれだな」
ゲンゴウが声を上げる。
それはそうだろう。神の恩恵たるマリアン。ミリアム教の聖女となったヴィレイナ。そしてエラー教とミリアム教から派遣された聖騎士。敵対していたはずのデバイスレインのメンバー。不落の要塞と呼ばれる冒険者。そして、首切りの悪魔と恐れられた殺人鬼。
一所に集まることのない経歴を持つ面々である。それが、僅かひと月ほどの期間で自然と集まったというのも、にわかには信じがたい。
「そっちの魔術士。ウルスナ以外は、これからマリアンズに加わることになった」
「いいわ! やるわ!」
突然大声を上げたウルスナに対してカインは「は?」と疑問符を浮かべる。
「あんたに付いてくって言ってるの!」
「いや、それはありがたいが、まだ顔合わせしただけだぞ?」
「いいのよっ!」
慎重な筈のウルスナが突然決断した理由が理解出来ず、カインは少々困惑気味に頷いた。
だが、そんな疑問もウルスナの行動を見て直ぐに理解出来た。
「ね、ねえ。マリアンちゃん。私のこと、お姉ちゃんって呼んでくれない?」
「えー。そんな突然。……絶対いやです」
突き放したような言い方ではあったが、マリアンは頬を染めて恥ずかしそうな表情を浮かべる。
「ぶほっ! やっば、鼻血出そう」
ウルスナの豹変ぶりに呆れ顔をしつつ、カインはミズシゲへと言葉を向ける。
「アイツあんな奴だったか?」
だが、ミズシゲはカインの問いには答えなかった。
「ミズシゲ?」
疑問に思いカインがミズシゲへと視線を向けると、ゾワリと背筋に冷たいものが走った。
普段からはっきりと目を見開かないミズシゲの瞳から、色素の薄いパールのような瞳がのぞいていたからだ。
見開かれたミズシゲの視線は、ただ一点のみを見つめていた。
その視線の先にあるもの。
袖の無い和装に身を包んだ美麗な容姿を持つ女―――ファライヤである。
ファライヤはソファーにどっしりと腰掛けたまま状況を眺めていたのだが、今は何故か薄っすらと目を細めてミズシゲに視線を向けていた。
その表情には、いつものニマついた笑みは浮かんでいない。
僅かだが、空気が凍りつくような感覚を覚え、カインは慌てて声を上げた。
「おいっ! ミズシゲ! 聞いてるのか!」
その声にビクリと反応したミズシゲは、ハッとして普段のように瞳を閉じた。
「申し訳ない。話を聞いてませんでした」
「それはいいが。ファライヤとやり合おうなんてするなよ」
カインの言葉にミズシゲは僅かに沈黙した。
「……そんなつもりで眺めていたのではありません」
「なら、その刀に添えた手を下げろ。ゲンゴウもだ」
言われて気が付いたのか、ミズシゲは「失礼」と言って肩の力を抜いた。
それに合わせるように無言のまま、ゲンゴウも刀に添えていた手を離す。
「あの御仁は何者ですか?」
「さあな。わかっているのは、魔法使いで、殺人鬼で、俺を苛めるのが大好きで恐ろしく強いってことだけだ」
「少し、話をしても?」
「構わないが、喧嘩するなよ。お前らがやり合ったら誰も止められない」
ミズシゲが頷くのを確認して、カインはミズシゲとゲンゴウをファライヤの前に連れていく。
「ファライヤ。ミズシゲとゲンゴウだ」
「東国の剣士かしら?」
ファライヤはソファーにどっしりと腰を下ろしたまま、傲岸不遜な態度で言った。
「はじめまして。私がミズシゲ。こちらがゲンゴウです」
謙虚な姿勢を見せるミズシゲ。だが、ファライヤは相変わらず、素っ気ない様子で「そう」とだけ答える。
「探るような真似をして申し訳ない。あなたのような強者に出会ったのは、久方振りでしたので」
「初対面の相手に魔力を飛ばすのはやめなさい。わかる相手にとっては喧嘩を売っているのと変わらないわ」
「失礼をした。カインがあなたのような人物を引き入れているとは予想していなかったもので、魔法の講師がいると言っていた時点で想定するべきでした」
「まあ、良いでしょう」
そう言ってファライヤはようやく様相を崩した。
カインには分からなかったが、ファライヤの魔力探知のようなことをミズシゲも行ったのだろう。
それを感じ取ったファライヤは対抗するように魔力を飛ばした。
そのせいで、二人の間に一触即発の空気が流れていたようである。
「失礼ついでに、一つお聞かせ頂きたい」
「何かしら?」
「あなたの目的はなんですか? 何故カインに協力を?」
その問い掛けに、ファライヤは口元に指を当ててニヤリと笑みをこぼす。
「私の手で、そこの男を稀代の英雄に育てるのよ」
そう言われ、僅かに沈黙したミズシゲだったが、直ぐに口元に笑みを浮かべた。
「なるほど。カイン。星はあなたを導いているのかもしれませんね」
何を思って言ったのか。ミズシゲはそう言葉を口にすると、今まで見せたことのない涼やかな表情を浮かべたのだった。
読んで頂きありがとう御座います。




