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024殺人鬼が持つ瞳

「というわけで、四大元素を司る精霊は、全て肉体を持っているの」


 得意げな表情を向け、鼻を鳴らしてマリアンが言った。


 商隊に同行して八日目の昼過ぎ。

 全体の旅程の半分以上が経過した頃、遂に馬車酔いを克服したマリアンが精霊学の講義を行っていた。


 一行は未だに片付かない『彫刻』のスキルを得る為に、カリカリカリカリ木材を削り、馬車の中を木屑まみれにしながらマリアンの講義に耳を傾ける。


―――精霊。


 あまり人の目に触れず、その存在を正確に認知している者は少なく、どうにも曖昧に語られることが多い種族。


 だがそれは、彼等が極度の人見知りであり、直接的に誰かに干渉しようとしないことからそう思われているに過ぎない。


 現に、彼等の一部はアルストレイ帝国に居を構え、人々と共に生活を送っている。


 そんな精霊に付いての認識を改める為。というわけではなく、学術系スキルである『精霊学』を取得する為の講義が開かれていたのであった。


 スキルの分類は十一にも及ぶ。


 『基礎』、『戦闘系』、『魔力系』、『耐性系』、『生産系』、『芸術系』、『学術系』、『諜報系』、『精神系』、『エクストラ』、『称号系』の計十一種である。


 この中でも、『基礎』スキルと呼ばれているものは、ステータスの値となる基礎的なスキルであり、誰もが所有しているスキルでもある。

 単純に筋力を鍛えるとそれに付随した、『心脈しんばく』のスキルレベルが上がる。というように、基礎的な動作によって上昇するスキルだ。

 このスキルにおいては、エクストラスキルの獲得条件に影響を及ぼさず、スキルレベルの合計値などには加算されない特異なスキルとも言える。


 そして、今現在マリアンの講義で取得を狙っている『精霊学』。

 これは、『学術系』スキルの一つであり、『エクストラ』スキル『魔渦まか』の取得条件となっているスキルの一つである。


 『学術系』スキルは、知識を得て、理解を深めることにより獲得することができる。特別な訓練やセンスを必要とせず、記憶して理解出来れば取得出来るという、大変効率の良いスキルであった。


 机に噛り付いていれば手に入る大変お得なスキルのようにも聞こえるが、スキルというだけのことはあり、それなりに厳しい条件はある。


 まず、スキルの取得が判断し難い点にある。


 膨大な知識の中、知らなければならない要点が設けられており、一つでも知識として漏れているとスキルとして獲得することが出来ないのだ。


 精霊と共存し彼等の趣味趣向や生活習慣まで理解している者が、始祖精霊の名前を一つ言えなかっただけで、『精霊学』のスキルが獲得できていなかったという例もあるほどである。


 スキルの獲得が可視化出来ない状態で、この条件を達成するのは難しい。


 それ故に、余計な知識だけならその辺の主婦にも負けないほどにあるマリアンが、講義を出来る状態になるまで『学術系』スキルの取得は見送られていたのであった。


 そしてもう一つ問題となることがある。


 それは、理解できないという点だ。


 知識としてはある。けれど、想像ができない。

 これでは、学術系スキルの獲得には至らない。


 火を纏うと説明されたとしても、実際に火を見たことのない者が、その様子を想像し理解することは難しいだろう。


 学術系スキルは説明する側の理解の深さと、それを伝える為の語彙力も必要となってくるのだ。


 その点で言えば、マリアンは申し分ない知識を持っていた。


 世界を見通していたマリアンは、実際の知識の他にも映像としてそれらを目にしてきているのである。


 話好きの性格も相まって、マリアンは学術系スキルの講師としては、これ以上ないくらいの適性を持っていたのである。


「はい、じゃあカイン! 闇の精霊の始祖はなんて名前か言ってみて!」


 ズビシと元気に指を差してマリアンが言った。


「あー。確か、おり、オリヴィ・ア・ルナだったか?」


「正解! じゃあアーマード。六属性以外の精霊を三つ答えて!」


「……む。月の精霊。雷の精霊。……時の精霊だ」


「んーーーー。せいかーい!」


 なんともノリノリで楽しそうなマリアンであった。


 人に物を教えるのが楽しいといよりも、先生をしている自分が楽しくて仕方ないといった感じだ。

 ここ最近苦しんでいた馬車酔いを、克服したことによる影響も少なからずあるのだろう。


 絶好調のマリアンが講義に花を咲かせていると、進行中の馬車が突如として停車した。


 何事かと警戒を強め、表情を強張らせる一同。

 しかし、ファライヤだけは、腕を組んで暝目したまま微動だにしなかった。


 ついでにマリアンは、なになに! と瞳を爛々と輝かせて状況を楽しんでいる。


 しばらく状況を伺い、外の様子を確認しようとカインが立ち上がった瞬間。カインたちの乗り込んでいる馬車へ数名の足音が近付いて来た。


 ガチャガチャと装備を鳴り響かせた音は、馬車の前で停止すると扉をノックして声を上げた。


「すまない。少し相談したいことが起きた」


 どうやらやって来たのは、商隊に雇われた冒険者たちのようだった。


 カインが警戒しながら扉を開くと、そこには先日ファライヤとカインたちの訓練によって、変な警戒心を生んでしまった冒険者たち三名の顔があった。


 冒険者たちを馬車の中に引き入れ、腰を据えて話を聞こうとすると、冒険者の男たちはウッと喉を詰まらせる。


 馬車の中では、黒板の前で瞳を輝かせている有り得ないほどの美少女と、木材とナイフを持った者たち。その周辺には何故か木屑が舞う雑然とした様子が展開していた為だ。


 意味がわからない。


 当然のことながら冒険者たちは思った。


 先日の訓練の様子もそうだが、目の前の連中が何をしたいのかが理解出来ないのだ。


 加えて、先日は暗がりでしっかりと確認出来なかったが、日のあるところで見るマリアンの美しさたるや。

 まるで、何処ぞの姫君がお忍びで旅をしているような組み合わせ。

 けれど、黒板に書かれた精霊に付いての内容と、木材を掘る作業とのチグハグさで、もうなんだコイツらとしか言い表しようのない状況であった。


 そんな状態で固まっている冒険者たちに、カインは声を掛けた。


「で? 何があったんだ?」


 その言葉で冒険者たちは我に返った。


「あ、いや。……そうだったな」


 ゴホンと咳払いをして、ダイナと名乗った冒険者が状況を話し始めた。


「実は先行していた連中から、この先でツーヘッド・マムが群れを成していると情報が入った」


 ツーヘッド・マム。


 全長五メートルに及ぶ、双頭の蛇の魔物である。


 素早い動きと、人の腕などを容易にへし折る力を持つ危険な魔物だが、外皮が脆い為、倒すのはそれほど難しくはない。


 しかし、厄介なのがその特性である。


 二つある頭が、それぞれ毒と麻痺の効果がある牙を持ち、噛み付くだけでなく、霧状にして周囲へと散布するタチの悪さを持ってた。


 一匹であればそれほど警戒する必要もないのだが、群れを成しているとなると、そうはいかない。


 数匹を倒している間に、周囲に蔓延した毒や麻痺に侵され、たちまち倒しきれなかった魔物の餌食となってしまうだろう。


「相談というのが、討伐に手を貸して貰えるかという内容だ。正直、商隊の戦力だけでは安全性に欠ける。下手を打つと残り数日の護衛に影響を及ぼし兼ねない。迂回ルートを行くという案も出たが、聞けばおたくらはBクラスとAクラスのパーティーだというじゃないか」


 報酬は出すから、協力して欲しい。


 そう懇願されて、二つ返事で答えを出した。


「いいわよ」


 ファライヤが。


 腕を組んだまま片目を開けて、答えるファライヤ。


 確かに、元はといえば商隊に何かあった際の緊急用の手段として、無償で同行させて貰っているのである。


 こういった状況で協力するのは、やぶさかではない。


 しかし、カインたちは疲れているのである。それも旅の間、常に。


 理由は言わずもがな。


 カインは先日その問題点についても、ファライヤに指摘した。


 そして、あっさりと自分が殲滅するからと一蹴されてしまったのだ。


 独断で引き受けるファライヤの様子を、頰を引攣らせて見ていると、ファライヤが条件をつけ始めた。


「構わないけれど、私一人で良いかしら? それと報酬も要らないわ」


「いや、戦力的に一人だけ協力を取り付けても変わらない。出来れば全員協力して欲しい。報酬に関しても、受け取ってもらわないと困る。一人が受け取らないと、護衛の契約内だと言われ他の連中も受け取れなくなる可能性が出てくるからな」


「一人というのは、私一人で駆逐してくるという意味よ。あなたたちの協力も必要ないわ。何もしなくて良いのだから、全員報酬を受け取らなくても良いでしょう?」


「―――なっ! 本気で言っているのか!?」


 ダイナたちが驚くのも当然だ。


 彼らは、ファライヤのことをBクラスの冒険者としか認識していない。

 Bクラスの冒険者がたった一人で、ツーヘッド・マムの群れを全滅させることが出来るとはとても思えなかったのである。


「あんたらの心配はわかるが、そいつは大丈夫だ。冒険者としてはBクラスだが、そこにいる不落の要塞を片手で捻り上げるような化け物だから安心しろ」


 カインの言葉を聞いて、ダイナたちはギョッとした。

 そして、カインの親指が向いた先に居る、巨大な体躯をした男に目が行った。


「ふ、不落の要塞ってあの有名な?」


「……そうだ」


 寡黙な様子でアーマードが答える。


「本当に彼女はあんたより強いのか?」


 若干決まりが悪そうに頷くアーマードの姿を見て、それが真実であるとダイナたちは納得した様子であった。


「決まりね」


 ファライヤがスッと立ちがる。


「鐘一つ程度で終わるから、そのまま進行して頂戴」


 言うや否や、ファライヤは返事も待たずに駆け出して行ってしまった。


 音もなくあっという間に姿が見えなくなったファライヤに、一同はなんとも言えない気持ちを抱き沈黙するのだった。



 ファライヤが居なくなり、速度を落としながら進行を開始した馬車の中で、徐にミーアが口を開いた。


「あの。ファライヤさんって何者なんですか?」


 その問い掛けには、なんとも答え難い。


 この場でファライヤのことを良く知っている人物など、誰一人として居ないのだから。


 カインは知り得る限りの内容を、話しても良いものかと悩んだが、旅路を共にする仲間に隠し事をしたくないという気持ちも有り、苦々しい顔で言葉を発した。


「首切りの悪魔って知ってるか?」


「え? まあ、はい。Aクラスの冒険者パーティーも敵わなかった有名な殺人鬼ですよね」


「本人だ」


「「は?」」


 カインの言葉にミーアのみならず、ジェドまでもが声を上げた。


「だから、その有名な殺人鬼があいつなんだよ」


 カインの言葉で、その場に静寂が訪れた。

 揺れる馬車のガタゴトという音だけが響き渡る。


「……って、うえええぇえええ!」


 突然、ミーアが大声で叫び出した。


「ほほほ、本気で言ってるんですか! それが本当なら、大丈夫なんですか! 殺人鬼ですよね! 大丈夫なんですか! というか、大丈夫なんですかー!」


「落ち着けミーア。お前の心配は最もだ。そして、ちっとも大丈夫じゃない」


「大丈夫じゃないんですか! どうするんですか!」


「だから、落ち着けって。冷静に考えてみろ、俺たち全員で襲い掛かっても、アイツは笑いながら対処してくるだろう。そんな奴を警戒しても無駄だ。なるようにしかならないだろう?」


「そんな冷静に対処出来ません。殺人鬼ですよ! そんな人と一緒に旅なんて出来ませんよ!」


「じゃあ、お前はせっかく魔法を使えるようになるかもしれないのに、離脱するのか? 孤児院の子たちの為に、命張ってるんじゃなかったのか?」


 そう言われてミーアがうっと声を詰まらせた。


 眉間に皺を寄せ、うんうん唸りながら顔を赤くさせたり青くさせたり忙しい。


「ミーア。心配しなくても大丈夫だよ」


 マリアンがあっけらかんと言った。


「ど、どうしてそんなことがわかるんですか」


「えー。だってファライヤ優しいし、面倒見も良いとおもうけど」


「ど、どこがですか! 鬼のようにおっかないですよ!」


「うーん。じゃあ、ミーアは殺人鬼って見たことがある?」


「……あります」


 マリアンの問いに間を置いて答えたミーアの言葉には、何処か影があった。


「じゃあ、わかるんじゃないかな? 人を殺すことに快感を得る人種かそうじゃないか。わたしは目を見れば大体感じ取れるけど」


 マリアンの言葉は感覚的で曖昧だった。

 しかし、ミーアはマリアンの言わんとしていることが正確に理解できた。


 人を殺すことを喜びとする者は、日常的に目の奥が笑わない。

 ギラ付くような狂気を孕んだ瞳を向けるのは、相手を死に至らしめるその時だけだ。


 だから、ファライヤはそれとは違う。


 彼女の瞳は日常的に内に秘めた感情を映し出していた。

 カインやミーアを苛めてる時の表情なんかは、正に狂気を孕んだウットリとした表情になるし、突っかかるカインのことを心底愉快そうに見ている。


 その見え隠れする感情の機微は、多少歪んでいるとはいえ、殺人鬼のそれとは明らかに違った。


 そう考えると、カインが落ち着いている理由も、マリアンが大丈夫だと言った理由も理解できてきた。


「……魔法を覚えて、危なくなったらやっつければいいんですよね」


 そんなことが本当に出来るとは思わなかったが、ミーアは強がりに近い言葉を口にして気持ちを落ちつけるのだった。


 そして、ジェドは無言のまま視線をキョロキョロと這わせ、え? なに? 全然わかんねぇけど? と内心で思いながらも、それを口に出すことなく悶々とするのだった。

次話、月曜日投稿予定。

読んで頂き、ありがとう御座います。

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