023七つの身体強化
身体強化の魔術を施されたミーアの身体を、膜を張るように薄っすらと光が包み込んでいた。
その姿を確認すると、ファライヤは頷きカインに声をかける。
「魔力の動きが見えていたかしら?」
「いや。身体を魔力が覆ったぐらいしかわからなかった」
「それでいいのよ。けれど、あなたがやっていた捻り出すような動きでは無いことはわかったかしら?」
ファライヤの問いにカインはコクリと頷いた。
滑らかに行われた身体強化の魔術は、電撃のように迸る魔力も、空間に描かれる魔方陣も出現しなかった。
己の中で完結した魔術。
戦いの最中、移動しながらでも術式を編む集中力さえあれば、自然な形で使用することが出来るだろう。強化系魔術が、唯一実践向きであると言われるのも頷ける。
「ミーア。身体を覆う魔力があなたに補正を掛けているのを感じられるかしら?」
ミーアは暝目して、己を包む魔力の流れを意識した。
魔力によって引かれるように、力が溢れてくるのを感じ、コクリと頷く。
「では、そのまま魔力の動きを感じていなさい。あなたの力を引き上げようとする魔力は、徐々に薄くなって行き、その魔力が無くなると引かれるような感覚が無くなる。そしてストンと落ちるように、引き上げられたものが落ちてくる感覚があると思うわ」
言われ、再び暝目したミーアは、自身の中で起こる一連の動きを集中して感じた。
しばらくすると、ミーアを薄く包み込んでいた光の幕が薄れ、フッと消え去るのがわかった。
それと同時にミーアは釣り上げられた力が、糸を切られたように落ちくるのを感じた。
急に身体が重くなり、僅かな倦怠感が襲ってくる。
「効果が切れたようね。では、今度は術式を編まずに、先ほどの釣り上げられるような感覚に持って行きなさい」
そう指示され、ミーアは集中する。
引き上げる感覚。包むような感覚。
そう頭に思い浮かべながら、更に集中力を高めて魔力を動かそうと意識する。
ミーアの頰に汗が伝った。
眉間に皺を寄せむむむと唸るミーア。
だが、どんなに意識を集中させても、先ほどのように自身を魔力が包み込むことはなかった。
「……上手く、行きません」
「まあ、そうでしょうね。けれど、繰り返し行い、自分の魔力を上手く扱えるようになれば出来るようになるわ」
ミーアはふうと息を吐くと、再び身体強化の魔術を使用して、何度も同じことを繰り返した。
しかし、術式を用いずに同様の効果を発揮することは、いつまで経っても出来ることはなかった。
その間に、カインは正しい身体強化の魔術を学ぶ。
筆跡の使用方法を覚え、体内に術式を編むことに成功した。
元々、術式を理解し記憶していたカインは、筆跡さえ覚えてしまえば、難なく身体強化の魔術を成功させることができた。
そして、ミーアと同様。術式を介さずに身体強化を行うことに苦戦していた。
「そろそろいいでしょう」
悪戦苦闘している二人を手を叩いてファライヤが止める。
黒板に術式をカリカリ書き始め、書き上がった術式をコンコンと叩いて見せた。
「その術式は? 身体強化の術式みたいですがずいぶんと簡略化されていますね」
見たことのない術式にミーアが首を傾げた。
「これは、身体強化における、部分強化の術式よ。術式の中央部で部位を指定することにより、身体の一部分を強化することができるの」
使いなさいと視線を向けるファライヤに対して、カインが声を上げる。
「そろそろ本気で魔力が底をついて来ている。そう何度も魔術を行使出来そうもないぞ」
「では今日は、これを全て覚えなさい」
そう言ってファライヤは次々と術式を黒板に書いていった。
所狭しと書かれた術式は六つ。
魔術士であるミーアですら、意味が読み取れないものまである。
「これらは全て、身体強化の魔術をより効果的に使用する為に私が作り上げた術式よ」
「お前は魔術士だったのか」
「違うわよ。必要だから覚えたに過ぎないわ。皆、より強くなるために必要な努力は惜しまないでしょう? 私も例に漏れず、これが必要だと思ったから編み出したに過ぎないわ」
戦士として、魔術を用いる者は多くいる。
戦闘で魔力を使用するという意味であれば、殆どの者がそれに当て嵌まるのだろう。
しかし、自分で術式を編み出すような輩は、魔術士でもない限りそうは居ない。
戦闘に直接関わり合いのない、術式の意味を学ぶのであれば、その分剣を振るい魔物を打ち倒して居た方が効率的だと普通は考える。
そんな周囲の考えに流されることもなく、自分が必要だと感じたものを取り入れ、研鑽を重ねたファライヤ。
それ故に、この若さで強者へと至ったのだろう。
カインは底の知れないファライヤの強さ。その根本がそう言った努力の上に成り立っているのだということを、今ようやく実感した。
「ミーア。記憶したらその手帳は燃やしなさい」
一生懸命術式を書き写していたミーアがピクリと反応した。
それはそうだろう。
魔術士は自分の編み出した術式を、弟子でもない者に教えたりはしない。
書き残すにしても、誰もが閲覧出来るような書物には残さない。秘匿性の高い魔本を用意して、条件を満たした者だけが読めるようにと細工を施す。
ミーアが書き写しているような、ありふれた手帳に術式を書くなど御法度なのである。
それはミーアもわかっていたのだが、流石に六つある術式をその場で記憶することは難しかった。
ファライヤもそれがわかっているからこそ、書き写すこと自体を咎めようとはしなかったのだろう。
だが、最低限の釘は刺された。
ミーアは素直に応じると、残りの術式をいそいそと書き写していく。
「術式に関しての説明をして行きましょう」
そう言ってファライヤが、黒板に書いた術式の説明を始めていった。
左から順に『部分強化』、『簡易部分強化』、『細部部分強化』、『細部連動強化』、『細部連動反射強化』、『流動反射強化』と名付けられた術式は、全てが身体強化を行う為の術式であった。
通常の身体強化を肉体の一部分で行う『部分強化』。
部分強化の術式を簡易的に纏め、より素早い発動を行う『簡易部分強化』。
より細かく、肉体が使用する筋肉の一部にのみ強化を施す『細部部分強化』。
細部に施された強化を、使用する部分に必要なタイミングで繋げる『細部連動強化』。
細部を連動させる際、加わる力に反動を付けてより強化を行う『細部連動反射強化』。
支点を決めて、細部に施した強化を反動と反射で流動させる『流動反射強化』である。
術式の説明が終わると、次いでファライヤが言った。
「これらはあくまでも魔術であり、魔法ではないわ。それを勘違いしないように」
身体強化をより効率的に、実践的に扱う為に作り出したのであろう六つの術式。
身体を強化をする為にここまで突き詰めた魔術を以ってしても、魔法とは違うとファライヤは言う。
では、魔法とはなんなのか。
これらの術式にはどのような意味があるのか。
そう考えカインは頭を悩ませる。
「私は身体強化をより効率的に扱う為に、術式を短く範囲を少なくしていくことでこの術式を作り上げたわ。けれど、これらを突き詰めていってあることに気が付いた。そもそも、術式など介す必要があるのかしらと」
「…………」
「身体強化をより簡易的に扱い続けていた私には、進化を重ねたこの術式の到達点が見えていたわ。そして、出来ると確信していた。それが身体強化の到達点。術式を必要としない七つ目の術式―――『操術』よ」
「操術……ですか。つまりはそれが魔法ということですか?」
「そうよ」
うーん。と唸ってミーアは思った。
思っていたのと違う、と。
「実際に操術まで至った身体強化はどうなるんだ?」
「無詠唱で、魔力が許す限り肉体を強化出来るわ」
そう言われ、カインも頭を捻った。
確かに便利だとは思うが、お伽話とされている魔法の効果としてはいまいちと感じてしまう。
そんな二人の微妙な反応を察してか、ファライヤはニマニマと意地の悪い笑みを漏らした。
「では効果のほどを見せてあげましょうか」
そう言って、ファライヤは二人から少し距離をとった。
「今から身体強化の魔術を行い、全力で拳を振るうわ」
言うとファライヤは直ぐに詠唱を完了させた。
ミーアの時と同様に薄い光の膜がファライヤを包み込んでいる。
そして、ファライヤは人の居ない森に向かって構えると、言葉通り全力で拳を振り抜いた。
ブオっという風を切り裂くような、有り得ない音をさせて振り抜かれた拳。
カインを殴り飛ばした時よりも、明らかに力が込められたその拳に側から見ていても冷や汗が流れてくる。
ファライヤはなんでもないようにクルリと振り向くと、身体強化の魔術を破棄して言った。
「次は操術を使って殴るわね」
そう言ってから、ファライヤは先ほどと同様に森へ向かって構えた。
ファライヤの身体には身体強化を使用した時の薄い光の膜は見えない。
宵の闇に沈むように息を吐いて、集中すると辺りを静寂が包み込んだ。
次の瞬間。
ファライヤが動き出した。
乱れることのない美しい型の動き。
流れるような重心移動。
右腕の拳を繰り出し、見惚れてしまいそうになるほどの初動。
音を立てずに静かに振り抜かれた拳。
素早いはずのその一連の動作が、コマ送りのようにカインの目に焼き付く。
―――が、拳が振り抜かれた瞬間。
周囲に烈風が巻き起こった。
一拍の間を置いてやって来た衝撃に、カインとミーアは酷く慌てた。
巻き起された烈風により、森の木々がザワザワと波打ち、若い木々は地から根が飛び出し傾いた。
何事かと慌てた様子で、森の中の獣が騒ぎ出す。
ギイギイと鳴いて飛び立つギーナ。
遠吠えを上げながら、森を馳ける狼。
危険を察してか、魔物たちもギャアギャアと鳴き声を上げて、森の深くへと逃げ去っていく。
その状況にカインとミーアは目を剥いて驚いた。
「ななな、何をやってるんですか!」
「なにって、あなた達が魔法の力を疑うから、効果の程を見せてあげたのでしょう?」
「やり過ぎですよ! というか殴っただけでこんなことになるなんてどういう! あー商隊の人たちにまた怒られるー!」
「ミーア。落ち着きなさい。色々とめちゃくちゃだけれど、とりあえず商隊の連中は問題ないわよ」
そう言ったファライヤの視線の先には、先ほどの冒険者たちが何やらヒソヒソと遠目に眺めているのが見えた。
だが、冒険者たちは遠巻きに眺めるだけで、こちらに近付いて来ようとはしなかった。
極力関わらないスタンスを貫くらしい。
「今のはなんだ!」
カインが声上げた。
その言葉にファライヤは薄っすらと目を細めると、ニマ付いた表情を向ける。
「なんだと言われてもね。操術を用いて全力で殴っただけよ」
「これが、魔法の威力だということか……」
「そうよ。けれど、込める魔力を調整すれば、もっと威力は上がるわ」
そう言われてカインが再び目を剥いて驚いた。
「術式で固定されていないから、込める魔力量によって効果も変わる。詠唱も必要としない。そして、ステータスの上昇によって更に効果の上昇が見込める」
便利でしょう? そう語ったファライヤの表情は実に満足げだった。
初めて目の当たりにした魔法の効果。
見せ付けられたその威力に心が揺れ動かないわけもない。
強くなれる。
それも自分が想像していた以上に。
そう思いカインの瞳に、強い光が宿った。
次話、明日投稿予定。
明日も夕方を予定しております。
読んで頂き、ありがとう御座います。




