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022培われた基礎

「とにかくです! お楽しみになるのでしたら、カインさんの魔術に対してしっかりと解を得てからにしてください!」


 疲れ切った表情のまま、ミーアが言った。


 ミーアとしては旅先での情事は慎んで貰いたいのが本音ではあったが、二人を止める説得力のある言葉を捻り出すのは少々難しい。そういった経験のないミーアがとやかく言える問題ではなかったのである。


「いや、もうなんか萎えた。ファライヤ。ニマ付いてないでさっさと説明をしてくれ」


 ミーアと同じく疲れ切った表情のカインは、地に胡座をかいて座り込み項垂れた。


「ニマ付くってなんだか不愉快な単語ね」


「お前の悪意がたっぷり篭った笑い方を言い表した悪口だ。不愉快で結構。ストレスで禿げろ」


「まったく。カインったら」


 そう言って、突然ファライヤがカインに向かって抱き付いて来た。


 カインは頭部を抱えるように抱き付かれ、当然のことながらファライヤの豊満な胸に顔を埋める形となった。


 うっとりとした表情で、力強く抱き締めるファライヤ。


 その圧倒的に高いステータスを前に、カインはもがくことしか出来なかった。

 柔らかな膨らみを押し付けられるのは悪い気がしない。しかし、ファライヤの力強い抱擁によって息をすることが出来ない。


 フゴフゴと何かを訴えるカインを無視して、ファライヤが更に力を込めて言った。


「あれだけ色々されて、まだ私に向かって悪態を付けるなんて。カイン。あんまり私を喜ばせないで頂戴。興奮してしまうわ」


 ファライヤが頰を染めて蕩けるよう言うと、カインの抵抗が徐々に弱まっていった。


「ファ、ファライヤさん! カインさんが死んじゃいますよ!」


 あら? と言ってファライヤがカインを放すと、そこには酸欠で青くなったカインの顔があった。


 ゴホゴホと咳き込むカイン。


 そんなカインの様子を見てもファライヤには一切悪びれた様子もなく、いつものニマニマを浮かべていた。


 ミーアは思った。


 この人に関わってはいけないのではないだろうかと。


「ファライヤ、てめぇ」


 息を整え怒りに震えるカインに対して、ミーアが慌ててなだめ話題を戻すことに努めた。

 このまま放って置いたら、この二人はいつまで経っても本題に戻れない。そう結論付けたミーアの判断は恐らく間違ってはいなかっただろう。




「では、いい加減真面目に話をしましょうか」


 すまし顔で言ったファライヤに対して、カインの額にビキリと青筋が立った。


 そんなカインをまあまあと抑え、ミーアがとりなすように発言する。


「カインさんの魔術は術式の構成過程が無かったですよね? どうやったらあんな無茶苦茶な方法で魔術が行使できるんですか?」


「ちゃんと構成していただろう。その証拠に魔方陣が浮かび上がっている」


「えーと。そうなんですけど、先ず魔術を行使する際の手順の話になるんですが、魔術士は魔術を行使する前に筆跡(ふであと)を作るんです」


「魔方陣を空間に描く為の工程だろう?」


「そうです。魔力を筆の様に走らせ空間に術式を描ける様になることが、魔術士として基礎とも言えます。

 そして、筆跡(ふであと)を用いて術式を描くことを、私たちは編むと表現しています。その編む行為に対して魔力を注ぐことにより、魔術は行われるべき現象へ形を変えます。これら魔術が発動するまでの工程全てを詠唱と呼んでいるわけです」


「なるほど。で? 俺の魔術と何が違うんだ?」


「カインさんの使った魔術は、編む行為と注ぐ行為が同時に行われているんです」


「ん? 魔術を使用する瞬間に魔方陣が浮かび上がる連中もみたことがあるぞ」


「それは恐らく隠蔽を行なっているからでしょう」


「隠蔽?」


「筆跡に使用する際の魔力量を限界まで落としたり、魔力に色を付けて空間に溶け込ませて、編む行為そのものを分かりにくくする方法です。強力な術式を編む場合は術式が大きくなりますから隠蔽は難しくなりますが」


 カインは腕を組んで首を傾げた。


 そもそもが隠蔽などということまでして、魔術の詠唱を誤魔化そうするのならば、編む行為と注ぐ行為が同時の方が実戦的なのではないだろうかと。


「えと。言いたいことはわかります。確かにカインさんのやり方のほうが実戦的なのだと思います。けれど、そもそもがそんなやり方をしている人が居ない。というよりも、そんなやり方では魔術は行使出来ないんです」


「俺は師に、魔術を行使するなら、術式の作成過程を省略して無詠唱にしなければ実戦では扱えないと教わったのだが」


「そうなのかもしれませんが、それを誰も出来ないんですよ!」


「いや、そうは言われても俺は半ば出来ているようだし……」


「だから、おかしいって言ってるんです。先程も自身で仰ってましたが、強化系魔術は自身の体内に術式を編んで行う為、魔方陣は発現しません。外部に術式を編む訳でもなく、術式自体も複雑ではないので、消費魔力もそれほど多くはならないんです。自分の魔力の殆どを身体強化に使用するなんて前代未聞ですよ」


「けれど、その効果の程は、身体強化の魔術と比にならないほど強力だったわ」


 付け足すようにファライヤが言葉を発した。


 ミーアはむむむと唸って押し黙る。


 認めたくはないが、カインの使用した魔術はその効果が異常なほどに高かった。

 木々を薙ぎ倒すほどの一撃を受けて、怪我をするどころか文句を垂れるぐらいにピンピンしていたのである。

 あれだけの一撃を容易に放つファライヤも異常ではあるが、その攻撃を冗談のように受け切ったカインも異常なのである。


「恐らくだけれど、あなたの師は魔術を教える気などなかったのでしょうね」


 それはどうゆう意味か? そう言おうとして、カインの脳裏に飄々としたイセリアの姿が浮かんだ。


 大雑把でいい加減な女だった。


 感覚的に物事を捉える性格で、教え方もアレとかコレが多く理解出来なかったことも多くある。

 そんな彼女ではあったが、訓練の最中はそれなりに真面目だったように思える。


 魔術を扱いたいのなら、想像力を鍛えろ。


 そう言ったイセリアの表情は酷く真剣だったと、今でもカインの記憶には残っている。

 その彼女が、その気がないまま人に手解きをするのだろうか?

 いい加減な方法を伝授しようとしただろうか?


 カインには、イセリアが適当なことを言っていたとはどうしても思えなかった。


「教える気がなかったなんて言うな。アイツはいい加減な奴ではあったが、嘘を付くような人間でもなかった」


「ええ。嘘なんて付いてないでしょうね」


「ん?」


 カインはファライヤの物言いと自分の考えがなんとも噛み合って無いように感じた。


「あなたの師がカインに教えようとしていたのは魔術ではないわ。伝えようとしたものはより実戦的な技術」


 ファライヤは言葉を区切りニヤリと笑う。


「魔法よ」



 居住まいを正し、珍しく真剣な顔付きになったファライヤ。


 彼女は顎に手を添えて何やら思案すると口を開いた。


「まだ早いと思っていたのだけれど、既に基礎が出来ていると言うのであれば引き延ばす必要はないわね」


「魔法の訓練ですか!?」


 どこかソワソワした様子でミーアが言った。


「そうね。向こうの二人にはまだ早いけれど、あなたたちはいいでしょう。先ずはあなたが今行った魔術に付いて説明しましょう」


 ファライヤの真剣な眼差しを受けて、カインも浮ついていた気持ちを引き締め、コクリと頷く。


「カインが行った詠唱は、術式を強く想像して直接的に生み出している。どのようして行われたのか例を上げましょう」


 ファライヤは先日使用した黒板を胸元から取り出すと、カリカリと説明を書き出しながら言葉を続ける。


「魔術を編む際、通常は筆を使って丹念に描くように魔方陣を構成していく。けれど、カインは筆を使わずにインクをそのまま撒き散らして魔方陣を描いたのよ。この方法は、魔術士の間では使われない。インクを魔力そのものだとするならば、無為に撒き散らすような真似は出来ないからよ。

 なによりも、インクを撒いて筆で描くような繊細な絵画を仕上げるには、当然ながら高い技術を要求される。容易にできることではないでしょう?」


 ファライヤは黒板をコツコツ叩きながら言った。


「カインがそれを可能にしたのは、強く刷り込まれた想像力があってこそ。

 恐らくは想像力を鍛える為に、カインの師は術式とその効果だけを与え、魔術の基礎を敢えて教えなかったのでしょうね。

 結果、術式を想像しそこに魔力を込めるのだという認識だけが働いた。そして、内から溢れて出た魔力がそのまま正確な魔方陣へと形を変えた。

 だからあなたの魔術は魔力の消費量が異様に多くなってしまう。

 当然であるけれど、内にある殆どの魔力を絞り出して編んだ術式故に、その効果も非常に高い。コレがあなたの使用した魔術の概要よ」


「つまり、そもそものやり方が間違っていたというわけか……」


「そうよ。けれど、悲観することはないわ。そんなやり方で魔術を行使する為には、繊細な魔力操作が行えなくてならない。繊細な魔力操作。それは魔法を扱う為に必須となる技術なのだから」


 そう言ってファライヤは、口元を微かに緩ませた。


「簡潔にまとめるわね。カインは体内の魔力を掻き集め、魔術を使うと思い放ったのでしょう。けれど、結果は体内から放たれた魔力が、想像力によって魔方陣を構築した。同時に魔方陣に込められた魔力が想定の現象を引き起こし、無事に身体強化が行われた。以上がカインの使った魔術」


 ファライヤはその内容を黒板に書き記して行く。


 生真面目なミーアは、ファライヤの書き記す内容を黙々と自分の手帳に書き留めていた。


「では、カインの用いた手段を魔法へと昇華する為にはどうすれば良いのか? その答えは単純。魔方陣を介さず身体強化を行えればいい」


「師匠も手順をどんどん簡略化しろとは言っていたな」


「あなたの師が言っている通りよ。けれど、それが出来ないから魔法はお伽話だと揶揄されるのよ」


「反復して訓練すれば出来るようになるのか?」


「なるかもしれないわね。けれど、辿り着けない可能性の方が高いわ」


「ならばどうすればいい?」


「私が会得するまでに用いた手順をそのまま辿ってもらうわ。その為に、先ずは正しい身体強化の魔術を覚えて貰うわ」


「俺の師匠は、魔術を覚えさせないことで、魔法を教えようとしてたのだと言ってなかったか?」


「あなたの師は感覚派で私は理屈屋なのよ。明確な段階があった方が覚え易いと思うのだけれど?」


「……それは。まあ、そうかもな」


 カインは反論する理由もなかったので、素直にファライヤの方針に従うことにした。


 魔法はおろか、魔術も碌に扱えない自分では、どんなやり方が正しいのかなど判断することは出来ない。そう思ったからだ。


「なら、ミーア。あなたが身体強化の魔術の見本を見せて上げなさい」


「お言葉ですが、私も魔力があまり残っていないので、ファライヤ先生が見本となるのが適切かと思います」


 魔法の訓練が始まるのが嬉しいのか、ミーアはキリリとした瞳で言った。

 言葉使いがやや丁寧になり、いつの間にかファライヤを先生と呼んでいる。


「いいえ。身体強化を行った後、実際、どのように慣れていくのか。その過程も教えたいからあなたがやりなさい」


 珍しく、理的に説得されたことに驚きの表情を浮かべながらも、ミーアは、わかりましたと頷き身体強化の魔術を詠唱した。


 程なくして術式を編み終わったミーアが、魔力注ぎ身体強化の魔術を行使する。


 無駄の無い工程はさすが魔術士といえる。


 ミーアはカインの時とは違い、魔方陣が出現する様子も無く滑らかに詠唱を終了させた。

次話、明日投稿予定。

夕方になると思われます。

読んで頂き、ありがとう御座います。

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