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承3

「話が逸れすぎたな。つまりはここから戻る方法はその神の装置を使う事なんだろう?」


 ミルクが話を総括する。


「そうその通り。もちろん装置周辺は彼らによって厳重な警備がしかれているはずだよ」

「俺たちは俺たちの目的が果たせればいい。あんたらの争いなんざ今はどうでもいいさ、そうだろエディ」

「……そうだな。とにかくハルカの元へ行かないと」

「ふむ。わかった教団側への道案内をしよう」


 そう言ってムントは渦の廊下へ歩き出した。


「ちょっとまて、とりあえずその腕をしまってくれ。さすがに気分が悪い」

「おや、すまない」


 ムントは青い球体の中にそれを戻し、


「――を持っているかい?……おっとこれは聞き取れないだろうね」


 そして代わりに真っ赤な糸を取り出した。それを毬のように丸めてこちらに差し出す。


「これを持っておきたまえ、色々と役に立つ」

「これは?」

「必要な時に役に立つ。としかいえない。……タケモト、話があるからここで待っていてくれ。さぁ行こう」




 ここにやってきたとき通った扉は窓になっていた。両開きのそれを内側に開きよじ登る。


「……俺たちをあんたらの敵の元へやっていいのか?」

 虹の渦の前でミルクがムントに問いかける。


「いいさ。こちらが仕掛けない限りは彼らも手を出してこない」

 そうしてムントは一つ一つの色の線をじっくりと眺める。

「緑だな。よしこの緑の線を進むんだ。今度は踏み外すんじゃないぞ」


 ムントは濃緑の線を指している。


「なんだそりゃ?どうやって見極めてる?」

「勘だよ」

「おい……」

「心配しないで、自信はあるんだ」

「そういう問題じゃないだろう」


 こいつ、ほんとに信用して大丈夫なのだろうか。


「まったく根拠なしってわけじゃない。行きたいと思った場所が何となく目立って見えるようになってるのさ。そこに長年の勘を上乗せしてるから自信はある」


 言われて試しに、意識して廊下を眺める。すると確かに緑色がやけに目について見えているように気がする。


「ミルク、ここは信用していくしかないだろう。500年も生きてるベテランの言葉だからな」

「……そうだな」

 ミルクは訝し気に廊下を眺めていた。




 緑色の線を通って向こう側の扉へたどり着いた。

 振り返るとムントが壁面に足を付けて立っていた。もう驚かない。


「エディ開けるぞ」

「ああ、せーのっ」


 扉は男2人係でやっと開くほど重く、そして紙のように薄かった。


「っふう……いったいこれは何で出来ているんだ?みため軽そうなのにバカみたいに重かったな」

「これは――だろうな」

 ノイズだ。

「オーケイ、なるほどね」


 扉の向こうにはさっきと同じような大広間があった。しかしこちらには間隔まばらに大小の違う多くの扉があった。そしてそのどれもが開かれている。

 部屋中が明るい黄色に塗り固められており、今までの場所とは異質な雰囲気を感じる。

 中ほどに演壇のように一段高い場所がありそこを中心に50人ほどが円になって集まっていた。パーティーでもしているかのように所々にテーブルがありその上に様々なご馳走が並べられていた。


「っ……うるせぇ」

「なんだこれは?そこら中ノイズだらけじゃないか」


 そしてその中にハルカの姿が視えた。

 念のため武器を持っている人間がいないか探したが確認できない。できるだけ目立たないようにそろそろと進んでいく。


「あっ、エディとミルク!無事だったのね」


 ハルカがこちらに気付き手を振ってくる。

 周りから一気に視線が集中するが気にせずにハルカの元へと急いだ。


「よかった。無事だったか」

「何言ってるの。そこにいるニーにあんたらが下手したら殺されるかもって言われてこっちはずっと心配してたのよ」

「ああ、よかった。生きていましたか。どうも、自己紹介が遅れましたね、わたしニーといいます。今後ともよろしく」


 ニーはハルカの隣にやってきた。あのビリーとかいう猫を抱えていた男だ。


「……」

「……」


 ミルクと二人黙り込んだ。


「どうしたの?」

「……ムントたちに会ったのですね?」


 スイッチを切り替えたかのように部屋が夕方の赤色に塗り替わった。


「……ハルカを返してもらうぜ」

 そういってミルクはハルカの手を引いた。


「ちょっなに何なの?」

「奪ったつもりはありません。どうぞご勝手に。しかしこれからどこに向かうつもりなのですか?」

「……帰るんだよ」

「どこに?」

「元の世界へ」

「ふっ、あれがどこにあるかも分からないのに?」


 ニーの顔つきが鋭くなる。そして俺たちの周囲を取り囲むように人が集まってきた。これはまずそうだ。


「ま、まあ落ち着けミルク!……俺たちも事を荒立てる気はない。それに俺はここに残るつもりだ」

「なにぃ!?どういうつもりだエディ」

「落ち着けって、この場をしのぐ方便だよ」


 ミルクの耳元でニーに聞こえないように小さく呟く。


「方便?」

「いま死んだら戻るも何もないだろう」


「なーん」


 そのとき演壇から猫の声がした。人に阻まれて姿は見えない。


「えっ?いいのですか」

「なん」

「……なるほど、ではそのように。おい!この3人を拘束しろ」 

「っ逃げるぞ!!」

「ちょなに?どういうことなの!?」

「いいから!」


 ニーの命令で周りの信者たちが襲い掛かってきた。

 ミルクはその体躯を活かして集団にタンクのように突撃する。衝撃で前方の何人かが吹き飛んだ。その隙を縫うように逃げる。

「くそっ!」

 しかし圧倒的に多勢に無勢だった。後ろからも前からもわらわらと虫のように這い縋り引き離すことが出来ない。5分としないうちに3人とも捕まってしまった。




 両腕を縄でガッチリと締め上げられ、いつの間にか猫を抱いていたニーの前に連れて行かれる。猫は腕の中で上機嫌そうに鳴いていた。


「さて、まずはハルカさんに教えてあげよう。実はここから脱出する方法があるのです」

「……へー。あるのね帰る方法。とりあえずこの縄を外してくれたらまじめに聞くわ」

「……我々はそれを神の装置と呼び、それに触れることを禁じています」

「ふーん。で?」

「……先ほどあなたに話したようにここでは老いることがありません。永遠に若い姿のままです。寝る場所や食糧に困ることもない」

「ほう?そりゃ初耳だなどうしてだ?」

「おやおや。ムントは相変わらずですね。ここにある食糧は減ることがありません。というのも、」

「食べても勝手に補充されていくらしいわ」

「……どうですお三方?我々とともにここで生きませんか」


「まっぴらごめんだ」

「いやよ」


 ミルクとハルカが即答した。2人とも帰る意思は固そうだ。しかしどちらもこの場を切り抜こうという考えはないのだろうか。


「すまんが俺にも向こうに大事な奴がいてね。こんな所に居続けるわけにはいかねぇ」

「まだ新婚ほやほやの女が旦那捨てられるわけないでしょ。早く帰ってあの人に謝らなきゃ」

「……残念です。ほんとに。……エディさんはどうお考えで?」


 下手に答えれば3人とも殺されかねない。

「俺は……」




「ビリィー!!」


 広間中に猫を呼ぶ声が大きく響き渡った。


「なーん!?」

「ビリー!久しぶりだ!いやあほんと、懐かしきわが友!」


 ムントだった。俺たちがやってきた扉より大きな扉からムントがひとりでパーティー会場に入ってきた。


「ムントさん……いったい何の用です?」

「ビリー、僕は決めたよ!僕はね、彼らを元の世界へ返してやろうと思う」


 ニーを無視しムントは続ける。


「なん!」

「時が来たのさビリー。今まで彼らほど早く発見された人はいなかった。彼らはまだ1日目だぞ。これは奇跡さ。まるで――の――みたいだ」

「なーん」

「……僕らはもう生きすぎてるのさビリー。もうそろそろいいじゃないか。帰ろう――へ。元の世界じゃなくたっていいじゃないか」

「なん……なーん!」

「この閉じた世界でただ生きるだけの生活にはもう厭きただろう。僕はもう、ここでの生活にケリをつけるよ」

「ムントさん。そのセリフは我々への挑発とみていいですね」

「……その通り、これは宣戦布告さ」

「……なーん」

「分かりました。彼を捕らえろ」


 ニーの声で大柄な男たちがムントを捕らえようと走りだす。


「ストップ!そこまでだよ!!」


 タケモトだ。ガトリングガンのような物を持ってムントとは別の扉の前に立っていた。その姿はハリウッド映画さながらだ。

 そしてそのセリフと同時に四方からそれぞれ武器を持った人間が現れた。正確に言えば、おそらく武器である物体だが。


「……さあ3人をこちらに渡してもらおうか」

「なーん……」

 


 縄を解かれムントの前に連れて行かれた。教団員50人前後がムントの仲間に囲まれもろ手をあげて降参している。


「ふぅ、間に合ってよかった。問題起こすの早すぎるよ君たち。計画じゃあ君たちがビリーの話を聞いているうちに周りを取り囲むつもりだったのに。あんまりにも危ないんでフライングせざるを得なかった」

「そりゃすまねぇことしたな」

「ねぇ?誰なのこの人?」

「ムント。君の仲間さ。さあ、早く装置の元へと急ごう」


 ムントは足早に背後にある大きな虹の廊下へ歩いていく。


「ムントさん!ここにいない者が異変に気付けばこいつら一網打尽ですよ!?あなたは新入りのために仲間を殺す気ですか!?」


 ニーが叫ぶ。なるほどここにいたのは戦闘員じゃなかったのか。

 ムントがニーに顔だけ振り向かせる。


「ニー君、ちがうちがう。僕らはもう死んでもいいと考えているのさ。君たちと違って僕らはもう狂ってるのさ。それに一網打尽に遭うのは君たちかもしれないよ」

「では元の世界へ帰りたいという願いはどこへ!?」

「僕らも帰るよ?ただ老人より若者のこれからの人生を優先させるだけさ。言ったろ?僕らは生きすぎたのさ」


 言い終わると再び足早に廊下へ向かっていく。


「ほら急ごう君たち。ここからが大変なんだよ。彼らの警備を僕らだけでやっつけなきゃいけないんだから」




「なーん!」

 猫がひときわ大きく鳴いた。

 ムントは一瞬立ち止まった。片手を大きく上げ左右に振る。

 そして振り返ることなく歩き始めた。




 虹の廊下では紫の線を渡り向こう側の扉にたどりついた。


「ここからが正念場だ」

「なにか武器になるようなものはないのか?」

「ああそうだった。君たちの倉庫からそれっぽい物をいろいろ持ってきたよ。あの鉄棒どうやったら開くのか分からなくて、ビリーたちが外に並べてた物から適当に見繕った」


 そういってポケットから野球バットを取り出した。


「これは誰のかな?」

「俺のだ。……もうどうやってポケットに入ってたのかとか聞かないからな」


 そして次にブーメランに丸い球と引き金のついた物を取り出す。これはミルクのだった。

 最後に上部にスリットのある円柱形の物体を取り出した。


「これは……貯金箱か?」

「ええ。わたしの貯金箱ね」

「おや?これはただの貯金箱だったか。失礼」


 そういってムントは貯金箱をポケットにしまうと、今度は拳銃を取り出した。


「これは基本的にどの世界でも武器とされているし、どうだい?」

「そりゃ俺の護身用のやつじゃねぇか。まあいいハルカには丁度使いやすいだろ」

「ちょっとわたしの貯金箱しまうんじゃないわよ。……両方渡して、なんでこんな私物まで一緒にここにきてるのよ」

「さぁ?ここにはその人だけの物しか送られてこないのさ。もしかして君は独り身?」

「ありがたいことに新婚ほやほやよ。このへそくりがあったのはそういう訳なのね。……てちょっと!?中身無いじゃない!」

「ええ!?知らないよ。恐らく中身は君と旦那のモノと思われたんじゃないかな?」




 扉をゆっくりと開ける。


「おや?」

「なんだぁ?誰もいねぇじゃねぇか」


 ミルクの言う通り先には誰もいなかった。


「全員がビリーの所へ向かったとは考えにくいが、ここの警備担当はどうやらそっちに向かったようだね」


 扉の先は奥に行くほど幅が狭くなる先細りの廊下だった。


「装置のある場所に続く廊下はすべてこの変わった先細り構造になっていてね。今回は当たりを引いたとみえる」

「ところでムントは何か持たないのか?」

「いろいろ持ってきているよ?出そうか?」

「あー。いやいい」


 先細りの廊下をムント、俺、ハルカ、ミルクの順で一列になって奥まで進みきる。狭く人ひとり通るのがやっとだった。


「さて、流石にこの先には彼らが待ち構えているだろう。人生にしがみつく準備はいいかい?」


 全員が強く頷いた。ムントもなにか確認するかのように強く頷き、

「じゃあ行くよ……」


 そうして装置へと続く扉を蹴り飛ばした。



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