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承1

 ミルクはすぐさま廊下側からは見ることのできない扉の影に隠れ、相手を待ち構える姿勢に入った。

 部屋の扉を開けっ放しにしてしまったのは失敗だった。閉めておけば相手が他の部屋へ行っているうちに隙をついて逃げ出せたかもしれない。


 こちらに来るようにミルクが手招きしている。誘われるまま同じように扉の影に隠れる。

 しかしハルカが来ない。今の状況が分かっていないわけではないだろうに。

 ミルクと共に必死に手招きをする。息をひそめ、袖をこする音にも気を使いながら猛烈にハルカに抗議した。


 こちらに来い。さっきの話を忘れたのか。ここにどんな輩がいるか分からない。怪しいと。お前も納得しただろう。


「……私たちと同じように閉じ込められた人かもしれないでしょ。助け合えるかも」


 随分と呑気なことを考えているものだ。

 声を潜めて答える。


「そうかもしれない。けど、違うかもしれないだろ。早くこっちに……」

「なーん」


 猫の鳴き声がした。すぐ外の廊下から。

 一瞬に緊張が走り身を硬直させる。


「……猫がいるわ」


 こちらからは確認できないが、どうやらもう部屋の目の前にまできていたようだ。


「なーん」


 部屋と廊下に猫の鳴き声が響く。他の音は聞こえてこない。


「まさか猫だけか?」

「そんなわけねぇよ」

「なーん」

「……私たちを呼んでるみたい」


 ハルカがゆっくり廊下へと歩いていく。


「バカ、やめろ」

「ああこのくそアマ。俺たちを巻き込むんじゃねぇ」

「今回は三人ですか。ありがとうビリー」


 廊下から新たな声が聞こえた。いつの間にやらすぐそこまでやって来ていたのか。

 敵か味方か。口ぶりからしてこちらと同じ境遇ではなさそうだが。


「やあどうもお嬢さん。隠れている方もこんにちは。ご心配なさらずともあなた方の敵ではありませんよ」

「なーん」


 そんな言葉を頭から信じるほどミルクも俺も馬鹿じゃない。


「……だってさ。そこから出てきたらどう?」


 しかしハルカはこちらに顔を向けて話しかけてきた。これで相手に詳しい位置までばれてしまっただろう。

 観念したようにミルクが大きく息を吐く。


「行こうエディ。こりゃもうなるようにしかならん」

「……ああ」


 警戒しつつ扉から離れ、部屋の真ん中のテーブルまで移動する。


「まだ警戒されているようですね」


 声の主が部屋の中へと猫を抱いて入ってきた。

 男か女かよくわからない中性的な顔をした男だった。


「なーん」

「当然ですね。いきなりわけの分からない場所で目覚めて警戒しないわけがない」


 ひとりで会話でもしているのか。


「あなたがここの主なのか?」

「いいえ。わたしたちもあなた方と同じように気付いたらここにいたのです」

「なーん」

「わたしたち、と言ったな。他にも人がいるんだな」


 ミルクが質問した。


「ええ、合わせて100人程度です。みな、突然ここで目が覚めた者です」


 そんなにいるのか。他にいても数人程度だと考えていた。


「ここを作った人物はどこにいる?」

「分かりません」

「分からないだって?ならどうしてさっさとここから出て行かないんだ」

「うすうす気付いているのではないですか?」


 ミルクは片手で頭を抱えながら答える。


「出口が無いんだろ」

「その通りです。出口どころか外の景色を望めるような窓すら一つも存在しません」

「嘘だろ?じゃあどうやって俺たちはここに連れてこられたんだ?」

「そうよ。入口があるなら出口があるはずでしょ?」

「そもそもそういう風に連れてこられたんじゃねぇってことだ」

「なーん」

「そうですね。では早速わたしたちが暮らしている場所へと案内いたします。みなさんどうぞ、付いてきてください」


 そういって男は部屋の外へ出る。ハルカはそれに続いた。


「……俺たちと同じような連中だからって信用できるわけじゃねぇが、いきなり襲われることもなさそうだな」

「そもそも100人もいて全員が俺たちと同じってのが信じられないんだが。あいつがここの主じゃないのか?」

「いや、それは間違いねえ。あいつはここの主じゃない」


 はっきりとミルクに否定された。どうにも何か知っているようだ。


「そういえばさっき伝説とか何とか言っていたな。俺はまだ俺たちが全員違う世界からきたってのも信じきれないんだ」


 耳に遮るように入るノイズや、口の動きと一致しない言葉。この二つだけでも十分にこの空間が異常であることを確認できたが、だからといって違う世界とやらを容易に容認することはできなかった。


「そうか。……あいつらのお仲間に会えばその辺りもはっきりするかもしれんぞ。俺たちも付いて行くことにしよう」

 



 廊下を出て突き当りの扉の前を見ると、警棒のような長い得物を持った男が二人立っている。片方は腰に拳銃もぶら下げていた。


「なーん」

「大丈夫ですよ。たまにいるのです、わたしたちと会うと問答無用で襲ってくる人が。そういった場合の保険ですから」

「……」


 確かにこちらを襲うつもりならすでに行動に出ているだろう。


「わたしがいなかったらあんたら打たれてたんじゃない?」

「かもな」


 この廊下に部屋は残り三つあった。廊下一番奥の扉に歩きながらそれぞれ確認する。すでに扉は開け放たれており、男の仲間が部屋の中を調べている。

 一つはベッドルーム、一つはトイレットルーム、そして最後に、

「……物置小屋、だな」


 三人が目覚めた時と同じ檻、その中に数多くの木箱が崩れ落ちそうなほど詰まっていた。

 いくつかの木箱の中身はすでに外に出され床に並べられていた。


「わたしたち物扱いされていたってことかしら」

「いいえ違います。おそらくあなた方の中に牢屋の概念が無い方がいらっしゃるのでしょう。牢屋と物置小屋の役割が同じ方がいる。普通なら牢屋と倉庫が同じ形をしていない」

「あーすまんよく聞こえなかった」

「……つまりミルクにとっては確かに物置小屋だったってことさ」

「……わけわからん」


 ミルクは牢屋という言葉を聞き取ることが出来なかったのだろうか。

 はたしてミルクの世界では牢屋が存在しなかったのだろうか。だとしたら罪人はどうしていたのか。にわかに信じがたい。

 再び歩き出すがハルカが来ない。

 物置小屋のある部屋の前で立ち止まったまま動こうとしなかった。


「ハルカ?」

「何でもないわ。行きましょう」




 保険の男二人が猫を抱えた男に敬礼をしている。


「あれはなに?なんの意味があるの?」

「敬意を示すポーズさ」

「ななーん」


 猫は男の腕の中で上機嫌に撫でられている。

 男二人はゆっくり扉を押し始めた。かなり重そうだ。俺たちを逃がすまいとわざわざ閉め直したとするとかなりの手間になったろうに。


「襲われてそのまま逃がすという訳にはいきませんから。なに、保険ですよ」

「……そうかい」


 どうにもミルクとこの男は反りが合いそうにない。

 扉が徐々に開き、その先が見えてきた。


「……どうなってる」


 渦巻きだった。目の前に七色のカラフルな渦が巻いている。ぐるぐると目を回し吸い込まれていきそうな渦の廊下だ。渦の廊下の手前には50センチほどの長さの段差があった。

 渦の奥に扉が一つ見える。あそこまで30メートルほどだろうか。


「真下の赤い線が見えますね?ここを通ります。踏み外さないように付いてきてください」


 そう言って男は進んでいく。ミルク、ハルカの順で彼に続いた。


「ライフリングみたいだな。あっエディ、ハルカ聞き取れるか?」

「ああ大丈夫だ。なるほど、ライフリングね」

「らせん状の溝みたい、ねぇ?まぁ確かにそうよね」


 渦の中に一歩踏み出すとまるで虹の中に入り込んだような感覚に陥った。虹は鮮やかでかつどことなく上品な色合いをしており、穏やかな色彩に目がくらむようなこともなかった。

 そのまま虹の海の中を心地よく泳いでいく。

 ふと後方を確認すると扉を開けた男二人が逆立ちしていた。両腕を組んで、足を天井にしっかりとつけ、て……


「いやいやまてまて!どうなってる!?二人とも後ろを見てみろ!」

「っと、いきなりデカい声だすんじゃねぇよ。後ろがどうしたってなんじゃありゃ!?」

「うるさいわよ二人とも!ミルクも前を見て歩きなさいよ……何あれ?足に磁石でもつけてるの?」

「みなさんお静かに!足を赤い線から踏み外さないように!」

「いや、けどあれは……」

「らせんを進んでいるのです。当然さかさまにもなるでしょう」

「んなこと言われてもな……あっ」


 ミルクが線を踏み外し、隣のオレンジ色の線に片足を突っ込んだ。


「おわぁ!?」

「きゃっ!」

「ミルク!?」


 突然ミルクがオレンジ色の線を通ってこちらに飛んできた。

 ミルクは手前にいたハルカをどうにか躱したが、バランスを崩し俺の肩を掴む。


「おわっ」


 そのまま引きずられるようにオレンジ色の線に足を付いてしまう。

 その瞬間ぐんっとハルカと引き離された。ハルカと男が高速で渦を巻くように回りながら豆粒のように小さくなる。すでにはるか遠い。

 まるで虹の渦にハルカと男が引きずり込まれたかのようだった。

 扉の前で逆さまになっていた男たちの頭頂部がいつの間にかミルクと自分の直上にあり、そしてどんどん遠ざかり果てには見えなくなってしまった。

 


 

 一瞬でミルクと二人きりになってしまった。閉じた扉の前の段差で二人して倒れこむ。


「おええ。気持ちわりぃ。なんだよ今のは」

「うっぷ。さぁな。」

「ふぅ、とにかく戻ろう。ここまでおかしな所だとは想像もしなかったぜ。今はあいつらの近くにいた方が安全そうだ」

「違いない」


 再び赤い線の上に乗ろうと立ち上がる。


「やめた方がいいよ」


 すると背後から少年の声が聞こえた。


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