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 気付くと檻の中にいた。8畳ほどの大きさで左右と背後には土壁がある。正面に垂直に並べられた鉄棒は太く、曲げることも破ることもできそうになかった。


「……どこだここは?」


 なぜ俺はこんな所にいる。

 自分が何をしていたか全く思い出せない。


「おお?気付いたか。ほらでてこい」


 鉄棒で隔てられた廊下の先、奥から声が聞こえた。

 こちらに向かって誰か歩いてきている。そして目の前で止まった。

 髭を生やした大男だ。


「ほら、早く出て来いよ」


 大男は檻から出ろと迫ってきた。


「見てわからないのか?閉じ込められてる。ここから出る方法をまず探さないといけない」

「はあ?何を言ってる?」


 そういうと大男は鉄棒の一つを掴み、上側にスライドさせるように持ち上げた。


「普通の扉だろうが」

「なんだこれは。初めて見たぞ」

「今までどんな田舎に住んでたんだ。ほら立て」


 大男から差し出された手を取り、立ち上がる。

 檻の外に出ると、隣にも同じように檻があった。鉄棒が一本だけ持ち上げられている。


「俺はこっちで目を覚ました。ここがどこかあんた分かるか」

「分からない。気付くとここにいた」

「そうか。俺もそうなんだ。ミルク、俺の名だ。あんたは?」

「エディと呼んでくれ」

「じゃあエディ、あそこが見えるか」


 示された方へ顔を向ける。行き止まりに扉が見えた。ここから出るにはあそこを通るしかなさそうだ。


「あそこが出口のようだが開かなくてな。手伝ってくれ」

「まて。そもそもなぜこんな檻の中にいたのかも分からないんだ。勝手に外に出たりなんかして危なくないか……」

「おかしな奴だな。……よく見ろよ、ここには食糧もなけりゃあトイレも寝具もない。ならさっさと出ていくほうがいいだろ」


 そういってミルクは扉に向かって歩いていく。

 ミルクの言うことは正しかった。周りをひとしきり探索した後ミルクの元へと向かう。

 鉄で作られた頑丈そうな扉だった。鍵を掛ける錠前のような物はついておらず、ドアノブだけが鈍色一色の扉に装飾品のように取り付けられている。


「こいつをぶっ潰そうと何度もタックルしてるんだが、どうにも一人ではいかなくてな」

「これを人力で壊そうとしてるのか。そりゃ無茶ってもんだろ」

「じゃあどうするってんだ。ここにはこいつをぶち壊せそうなもんは何もないぜ」


 扉に近づきドアノブを回した。鍵はかかっていない。

 そのままゆっくりと扉を開けた。右に廊下が続いている。どうやら一番左端の部屋にいたようだ。


「なんだ、開いてるじゃないか」

「なに?どうやったんだ」

「普通に。ドアノブを回して押した。鍵もかかってなかったぞ」


 ミルクの方に振り返ると目を見開いている。


「おいおい。何をそんなに驚くことがあるんだ。むしろなんで開けられなかったんだ」

 

 おかしな男だ。


 ミルクと共に廊下に出て辺りを見渡す。廊下右側には等間隔で同じような扉があり、反対に左側にはただ白い壁が続いていた。

 そして遠く突き当りにはここにある扉よりも頑丈そうな扉があった。


「妙だな」

「そうだな。妙だ。なぜここは明るい。明かりなんてどこにもないのに」

 



 話し合いの結果、突き当りの扉まで一つずつ開いていくことにした。


「どれが外への一番の近道かなんてわかんねぇもんな」

「さっそくこの扉を開けてみよう」


 自分たちが出た扉から一つ隣の扉へ向かう。ドアノブに手を掛けるとミルクが声を掛けてきた。


「まてまて、俺たちは部外者だ。ここの事を何も知らねぇ。人がいないことを確認するべきだろ」

「なるほど、たしかに。誰かに見つかったらどうなるか分からないな」


 ドアノブに掛けた手を離し、扉に耳を付ける。


「声がするな。……女の声だ」

「女か。なんて言ってるか分かるか?」


 人差し指を口に近づけ静かにするようにとミルクにジェスチャーする。するとミルクは大げさに口を両手で覆い隠した。

 耳を澄ますと女が助けを求める声がかすかに聞こえる。


「……これは俺たちと同じような境遇の奴だな。助けを呼んでる」

「ならさっさと開けちまおう。仲間は多いほうがいいからな」


 扉を開けると同じように檻があり、その中に黒髪の若い女がいた。


「あ、あんたたち誰!?ここどこよ?さっさとここから出しなさいよ!!」

「あー、俺たちは別に悪い奴じゃない。ていうかそもそも俺たちはいつまにかここに居たんだ。君もそうなんだろ」

「お前も扉の開け方すら分からんのか。――ほれ、これで出られるだろ」


 檻は鉄棒を上げることで同じようにすんなりと開いた。


「……なにこれ?こんなの扉とは言わないわよ!」


 女は文句を言いつつ檻の外へ出る。

 ミルクは嘆息するとこの部屋を調べ始めた。


「で、どうなんだ。君も気付いたらここに居たくちだろう」

「そうよ!まったく信じられない!ああもう、早く帰らないと。出口はどこ?」

「すまないが俺たちもさっき檻から出てね、出口を探してるところなんだ」

「なにそれ使えない」

「……君は俺たちが来なかったらずっとこの檻の中に閉じ込められていたのかもしれないんだぞ。感謝くらいしてもらいたいね」

「そうね、じゃあそこだけは感謝しといてあげるわ」

「口の減らない女だ。エディ、多いほうがいいとは言ったが、そいつは仲間に入れなくてもいいんじゃないか?」


 ミルクが部屋の中を調べ終え、こちらに戻ってきていた。


「いや、こんな状況で女性を一人にはしておけないだろ。部屋はどうだ?」

「そうかい色男。まあ反対はしねぇさ。ダメだな、俺らのとこと同じさ」


 この部屋にも檻があるだけで他には何もなかったようだ。




 女の名はハルカというらしい。


「で、あんたたちも気づいたら檻の中にいたってことね」

「ああ、で、どうだ?ハルカも俺たちと一緒に行動しないか」

「こんな閉鎖された空間で別行動なんか取りたくても無理でしょ」

「オーケイ。じゃあ行こう」


 次の扉を開ける。事前に聞き耳は立ててみたが全く何も聞こえてこなかった。


「……とりあえず、食糧は何とかなりそうだな」


 部屋の中はキッチンだった。隅に大型の業務用冷蔵庫が二つ、中にはぎっしりと食糧が詰まっていた。部屋の真ん中には長方形のテーブルがありイスが6つ交互に向き合うように並べられていた。


「いったいここの主はどういうつもりでこんな建物を作ったんだ?」

「さぁ?とりあえず休憩しない?お腹減っちゃったわ」


 ハルカは冷蔵庫を物色しながら話しかけてきた。


「いいやまだだ。いきなりこんな訳のわからん構造の建造物に閉じ込められて、よくそんな気分になれるな。まだ安全の確保もできていないんだぞ」


 ミルクがテーブルの裏を調べながら答えた。


「どこだろうとお腹は減るのよ。……まぁ、今は止めとくわ」

「ミルクの言う通りだ。牢屋牢屋ときていきなりキッチンときた。……この食糧も何があるか分からない怪しいものだ」

「……そうね」

「……」


 沈黙。ここにいる全員がそれぞれ不安を感じている。空気を変えようと二人に質問を試みた。


「なあ、二人の事を詳しく教えてくれないか?」

「ああ!?なんだ突然?」

「いや、ほら俺たちの共通点みたいなものがあれば、閉じ込められた理由がわかるんじゃないかって思ってさ」

「理由なんてどうでも良くない?とにかくここから出ることを考えなきゃ」

「なるほど、いや悪くない考えだな。俺たちの敵……ここに俺たちを閉じ込めた奴らの目的が分かればある程度の対処と余裕ができる」

「対処と余裕ってなによ」

「簡単に言やあ、ここにある食糧を食べていいものかどうか判断の指標になるってことだ」

「わかったわ。わたしは旦那と小さなカフェを経営しているの。こんな所に閉じ込められるような理由なんて見つからない、普通の生活をしていたわ」

「物分かりが良くて助かるぜ。……俺は軍人でな、まぁ前線に投入されるような使い捨ての一人でしかないが。戦争で殺しちまったやつの家族に恨まれて、こんな所に閉じ込められちまってるのかもしんねぇな」

「あら、やっぱり軍人だったの。その体つきといい名は体を表すってホントなのね」


 意外にもミルクの話を聞いてハルカは拒否反応を示すことはなかった。戦争で致し方なくとはいえ人を殺したことに反応しないとは、女性にしては気が強いだけではなく胆力もありそうだ。


「そんなこと初めて言われたぜ。変わってんなあんた」

「そうだな。ミルクって名前から力強さを感じるなんて変わってる。まぁ変わった名前だとは思うけど」

「あら、二人してわたしを変人扱い?」


 ハルカは頬をむくれさせて抗議する。

 みんなちょっとした軽口を言い合って気を紛らわそうとしているのだ。


「エディ、お前も変わってるぜ。ミルク何て名前どこでも聞くだろう」

「えっ、いや冗談よせよ。今日お前が初めてだよ」

「……私は初めてじゃないけど、どこでも聞くような名前でないことは確かね」

「なに?……まてよ」


 ミルクは突然真剣な顔になり、まっすぐにこちらを見つめてくる。フリーマーケットに陳列された商品を細かく品定めしているかのようにその目は厳しい。


「おまえどこで生まれた」

「アメリカ、オレゴン州だが。それがどうした」


 途端にミルクは先ほどよりひどく険しい表情になった。なんだ?ハルカも疑問符のついた表情をしている。


「……ハルカ、お前はどこで?」

「私は――の――生まれよ」


 何だ。いったい。

 ハルカの言葉にノイズが混じったように聞き取ることが出来ない。

 ミルクがこちらを向いて頷いている。


「……俺は――の――生まれだ。どうだ二人とも聞き取ることが出来なかったんじゃないか?」

「なんでだ……。どういうことだ?」

「初めて俺たちが出会ったとき、お前は閉じ込められていると言った。覚えてるな」

「ああ、確かに。それがどうした?」

「俺にはそんな風には見えなかった。ハルカの時もそうだ。俺は言ったよな?普通の扉だと。なぜ開けないのか俺には分からなかった」

「あんたにはわたしとエディが扉も開けられないようなおバカに見えていたって訳ね」


「まぁそうだ。そして逆に俺には……」

「……ミルクには、このドアノブの使い方が分からなかった」

「そうだ。ドアノブという言葉は聞き取れる。しかし俺はこの回すタイプのドアノブを知らなかった。俺にとってあれはただの飾りだった。ちなみにお前らが檻と呼ぶあの空間は、俺にはただの物置小屋にしか思えない」

「……まるでわたしたち全員がそれぞれまったく違う世界の住人みたいね」

「な、そんな訳の分からない冗談はよしてくれよ……」

「いや、そうだ。……そうなんだ。何てことだ。俺は、俺はこれを知ってる」

「知ってるって……なんだ、ミルクなにを知ってる?」

「ちょっと落ち着いて話しなさいよ」

「有名な伝説だ。まったくの作り話かと思ってた。けどそうじゃなかったんだ。きっとあれに違いない。下手すりゃみんな死んじまうぞ」

「おい!何をいって……」


 そのとき大きな違和感に気付いてしまった。ハルカもミルクも口の動きと音が合っていない。まるで出来の良い吹き替えの映画を見ているようにそこには刹那のズレが生じていた。

 まさか俺たちはホントに……?

 

 その時、廊下最奥の扉から鍵の開く音がするのを三人は聞き逃さなかった。


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