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背番号9の矜持

 1−1で前半が終わったJ1昇格プレーオフ決勝戦。このままで終われば、シーズン上位(松本3位、和歌山5位)の松本が昇格することになる。

「まあ、当然と言えば当然だが、俺たちは攻めるしかない。それも攻めれる時には一気に2点取るぐらいの肚でないと苦しくなる。何せ、向こうは追い抜かれても追いつくだけでいい。どういうゴールであってもサッカーにツーランもスリーランもないからな」

 ハーフタイム、和歌山のロッカールームでは松本監督が後半の作戦を指示・・・というよりも、選手にはっぱをかけていた。松本監督としてみれば、今のところ自分たちができるのはそれぐらいだし、準決勝と違って大ばくちを打つ気配もなかった。

「珍しく精神論だけですね監督。対策とか後半のプランとかないんですか?」

 栗栖の冷やかしに、松本監督は平然と言い切った。

「別に必要ないさ。あちらさんは入念に対策を仕込んできているが、前半を見てわかった。このままでも十分ねじ伏せられる。だから、なにも言う必要がないし、つもりもない」

「ここへ来ての職務放棄かよ。石橋を叩くたちのあんたにしちゃ、過大評価もいいとこじゃね?」

「お前らこそ、松本を過大評価してるぞ。確かにシーズンで上位なのかもしれんが、あのレベルではJ1に居着けなかったんだぞ。少なくとも、チームとしての地力はこっちが勝ってる。特にバイタルエリアでの出来はな」

 友成に言い返した指揮官の言葉に、全員の目の色が変わる。つまり松本監督は「松本山河に勝てないぐらいではJ1で生き残れない」と言っているのだ。



「ああそうだ。マッさんの言う通りだ」

 自信満々に言い切ったのは剣崎だった。

「確かにあいつらは手強い。俺達がまともにシュートを打つのに、こんなに苦労したことはねえし、前から見てて向こうの攻撃も鋭かった。・・・だが、あいつらの攻撃は俺やトシがいる俺達よりすごくねえ。向こうの守備も、手も足もでねえ訳じゃねえ。後半、俺にとにかくボールをくれ!あとはなんとかしてやるからな!」

 なんと短絡的な、子供っぽい言葉だが、剣崎が言うと妙に頼もしい。

 ハーフタイムを終えて円陣を組む折、栗栖は剣崎に聞いた。

「お前さすがというかしょうがねえな。あそこまで言ってしくじったら笑えねえぞ」

「フン。カズがあそこまで歯向かってくるから、俺はもっとすごいことしなきゃいけねえと思ってな。あいつがああいうゴールを決めたんなら、俺はそれ以上のことをする必要がある。向こうの戦意を根こそぎぶった切るような、な」

「大した自信だな」

「自信?ちげーよ。義務だ。あいつと違って俺は得点力だけを見込まれて得点力だけを徹底的に磨いてきたんだ。相手のエースが取った以上に取らなきゃ俺に価値はねえんだ!」

 語気を強めた剣崎の眼光は鋭かった。

「・・・。とにかく、ボールは送ってやる。精度の保障はできないが、送る以上なんとかしろ」

「おうよ!任せろ」


 一方で剣崎に対して、松本はこんな対策を敷いてきた。

「んあ?」

「よう。俺を覚えてっか?」

 マークについたセンターバックが、剣崎に対してそう声をかけてきた。剣崎は記憶をひねり出す。

「んあ~・・・と、覚えてる・・・あ、そとむらか」

「とのむらだよ!くそ!漢字はよく覚えられんのに読み方が覚えられねえ・・・」

 かつてオリンピック代表で一時的にプレーした外村貴司はすねた。

「つーか何の用だよ。前半声をかけなかったじゃねえか」

「な~に。気にすんな。なんとなくだよ」

 いぶかしむ剣崎に外村はそうはぐらかしたが、外村はDFとしての勘が突然の声掛けになった。

(な~んか前半以上にやべえ気がするな・・・姑息だけど、ちょっとでも気持ちが乱れりゃいいが)



 しかし、外村の一言は、酷なようだが何の意味もなかった。その凄みを剣崎は見せつけるのであった。


 中盤でボールをキープした根島は、ふと前線の剣崎を見る。

(あんなこといってたけど・・・ほんとに大丈夫か?)

 ロッカールームでの剣崎の言葉を、根島はいまいち信じ切れていない。しかし、剣崎との付き合いが長い栗栖が、それを促した。

「ネジッ!どんどんあいつに送れ!ミスったら全部あいつが責任をかぶってくれるさ」

 栗栖の一言に促され、根島は鋭いボールを前線に蹴っ飛ばした。

 ボールに反応した剣崎、そしてそれを追う外村が動き出す。ボールは剣崎が先にキープした。

「簡単には打たせんぞ!」

 外村はそう身体をぶつけてくるが、剣崎は外村を背負いながらボールをキープする。

(剣崎、すっかり足技も成長したな・・・)

 懸命にボールをキープする剣崎を見て、竹内は一瞬感慨深くなり、すぐさまフォローに回る。

「剣崎!」

「おう」

 剣崎は駆け付けた竹内にすぐさまボールを出すと、竹内もすぐさま折り返す。それを剣崎は外村を振り切って受ける。そこからすごかった。

「りゃっ!!」

 すかさず反転しながら、その勢いでシュートも放ち、ゴールの右隅を見事に射抜いてみせたのであった。

「う、嘘だろ・・・」

 その一撃に、振り切られた外村、そして松本の選手たちは絶句する。いや、その直前のポストプレーの時点で剣崎の底なしの成長に驚いていたが、相変わらずの超人的なシュートが当たり前のように決まったことに、松本山河の選手たちの戦意が折れそうになる。


「ま、まだ大丈夫だ!すぐ追いつけば俺たちが昇格だ!!」

 最前線で味方を鼓舞した桐嶋が、再開後に仕掛ける。

「ツルさん!」

「頼むぞカズ!」

 鶴岡との見事なワンツーで猪口を振り切るとそのままシュート。しかし、友成の正面だった。

「ふん。悪いが、その程度で剣崎あのバカに勝負を挑むなんざご法度だよ!!」

 すかさず友成は前線に鋭いロングパスを出し、裏を取った剣崎がこれを拾う。その近くにはフリーの竹内が並走している。


(どっちが打ってくる。剣崎か?それとも竹内につなぐか?)

 キーパーが迷っているのを見て、剣崎は叫んだ。

「俺に決まってんだろうが!!」

 ズドンという轟音とともに放たれたシュート。キーパーの伸ばした右手をはじいて、そのまま転々とゴールに転がった。


「有言実行だよ、あいつは」

 相棒の連続ゴールに、栗栖はそう笑った。

(じ、次元が違いすぎる。なんてストライカーだよ・・・)

 そして桐嶋は心の中で白旗をあげた。


 その後、コーナーキックから鶴岡が1点を返したが、松本の反撃は及ばず。J1昇格最後のイスは、和歌山が着席したのであった。

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