とりあえず一区切り
2016年のアガーラ和歌山。そのリーグ戦は、この第42節。ホーム紀三井寺に熊本を迎え撃つ試合でまず一区切りとなる。
今節を前にチョンの引退の他、期限つき移籍の野添、今季加入したばかりのベテランDF長塚、GK平塚の退団が発表され、去るものを勝利で送り出したいところ。サポーターも大勢駆けつけ、紀三井寺は一万五千に迫る観客を集めた。
そして松本監督はじめ、現場の選手にしても、この試合を勝利で終える必要があった。
「おそらくこのプレーオフは、最初の準決勝がすべてになってくる。そね相手であるセレーノは、4連勝と勢いをもってホームで待ち構えてくるだろう」
前節の勝利でプレーオフ出場を決めた和歌山だが、他会場の結果により和歌山の5位とセレーノ大阪の4位も確定した。3位から6位までに出場権が与えられるプレーオフは、まず準決勝にて3位と6位、そして4位と5位のクラブが上位チームのホームで一発勝負を行う。最終節前にセレーノは3連勝しており、紀三井寺と同時刻にホームで鹿児島を迎え撃つ。和歌山同様代表クラスを多く抱え、選手層の厚いセレーノは、シーズン終盤にきて失速気配(直近5戦1勝1分け3敗)の鹿児島に星を落とすことは考えにくい。何がおこるかわからないのがサッカーでありJ2であるが、自分達の都合の悪い予測を立てても損はない。
「だからこっちも勢いをもって長居に乗り込まねばならない。花道を飾る以上にこれは大事なことだ」
指揮官の説明を聞き終え、友成はそれを鼻で笑った。
「フン。うちの監督ってのは、石橋を叩くというか、しつこいな。勝たなきゃいけないことぐらい誰だってわかってるよ」
嘲笑を浮かべる友成に、松本監督も笑い返す。
「だが、一応は言わせてくれ。でなきゃ俺の立場がない。時々は監督らしいことをさせてくれてもいいじゃないか」
一瞬張り詰めた空気が再び緩んで和やかになる。竹内が場をまとめるように檄を飛ばした。
「さあ、それじゃあいくとしようか!プレーオフのことはひとまず置いといて、目の前の試合をすっきりと締めくくろうぜ!」
さて試合。和歌山は勝利へ過度に気負うことなく、実力差どおりの展開で熊本を攻め立てた。スタメンは以下の通り。
GK20友成哲也
DF15ソン・テジョン
DF22仁科勝幸
DF23沼井琢磨
DF19寺橋和樹
MF17チョン・スンファン
MF2猪口太一
MF25野添由紀彦
MF5緒方達也
FW9剣崎龍一
FW16竹内俊也
(結局俺は、ここじゃ戦力になりきれなかった。帰る場所もなくなっちまったしな・・・)
右サイドでプレーする野添は、他とはまた違った心境だった。和歌山からレンタル期間満了を告げられた日、所属元の名古屋からも契約満了を通告されたのである。現時点で来シーズンもサッカー選手でいられる保証がなくなってしまったのである。
だからこそ、スタメン起用が決まると、こう決意した。
(日本代表のゴールをアシストするんだ。俺にとってこの試合はトライアウトのようなもんだ。拾ってもらえるように結果だしてやる!)
その野添の意気込みが、開始わずか4分で実る。最終ラインでボールを奪った寺橋からのサイドチェンジ。これを受けた野添は、右サイドをそのまま突破すると、ゴール前にグラウダーのクロス。ニアの竹内がこのボールに迫った。
(相手はまだ守りが整ってない。一気にいくぜ!)
竹内は角度のない位置ではあったが、そのままダイレクトでシュート。鋭い弾道でゴールに突き刺さった。
「す、すげぇ・・・」
竹内のゴールに、野添は思わず感嘆の声を漏らす。自分の思いきった突破で相手の守備が間に合わなかったからこそのゴールだが、絵にかいたようなゴールが目の前で決められては、さすが日本代表と唸らざるをえない。
「野添。ナイス突破。クロスも良かったぞ」
「あ、あざっす。トシさん」
竹内とタッチを交わし、野添は今更ながら思い知った。
(俺って、すげえチームにいたんだな)
その後しばらくは中弛みのような展開が続くが、主導権は握り続ける和歌山。中盤の攻防で猪口が切れのある動きを見せていたからだ。
「うりゃっ!」
「うお!?」
今もドリブルを仕掛けようとした熊本MFを、スライディングで止めた猪口。チョンはその奮闘に目を細めた。
「いいぞグチ。成長したな。引退を決めて正解だったな」
「よしてくださいよ、チョンさん。まだシーズンも試合も終わってませんよ」
笑い返した猪口に、チョンはふと聞いた。
「今年は悔しさを晴らしたいのに、なかなかチャンスが少なかった。その時間をよく耐えたぞ。猪口」
去年、猪口は残留をかけた試合で奮闘したが、最後の最後、自分のオウンゴールで瀕死のチームに止めを刺した。その残酷な結末に誰よりも叫び泣いた。
「たぶん死ぬまで泣かないんじゃないかってぐらいに泣きましたからね、去年。それを取り返すために、もうひと踏ん張りですよ」
最後の語気に、猪口の思いがこもっている。本心をはっきりと言い切った。そしてチョンは再び思った。引退という判断に間違いはなかったと。




