「ある」じゃなくて「ない」
リオオリンピック。そのサッカー男子は、オリンピックの開会式に先だって火蓋が切られていた。叶宮勝良監督率いる日本代表は、ナイジェリア、コロンビア、スウェーデンとグループリーグを戦う。コロンビアとスウェーデンはFIFAランキング上は日本のはるかに格上。コロンビアに至っては世界3位の超強豪である。力関係を考えると、日本が上位2位に入るには最低限そのどちらかから勝ち点を奪う必要がある。
そんな厳しい戦いに挑む日本代表は、以下の18人だ。
GK1友成哲也
GK12天野大輔
DF3内海秀人
DF4小野寺英一
DF5大森優作
DF14真行寺誠司
DF15真行寺壮馬
DF17結木千裕
DF18吉原裕也
MF2猪口太一
MF6南條淳
MF10小宮榮秦
MF13近森芳和
FW7桐嶋和也
FW8薬師寺秀栄
FW9剣崎龍一
FW11野口拓斗
FW16竹内俊也
日本代表はグループリーグ初戦のナイジェリア戦の半月近く前に現地入りし、連携面などの最終確認に重きをおいた合宿を実施。万難を排して臨戦態勢をとったのだが、思わぬ洗礼を受けるはめになった。
「ひっでえ施設だな。こりゃあ洞窟の方がまだ快適なんじゃね?」
「まあ無様な話だな。インフラをまともに整備できず、選手村ですら治安はボロボロ。『史上最悪のオリンピック』なんてくさされてもしょうがねえな」
チームきっての毒舌コンビの小宮と友成は、現地の設備をこれでもかとボロクソに非難した。
「照明は暗いし、部屋はじめじめだし、J3でもこんな酷いとこはないよな・・・」
メンバーで唯一J3のクラブに所属する吉原も、この劣悪な環境には戸惑いを隠せない。
それでも調整はある程度順調に進んでおり、選手たちのコンディションもある程度保たれていた。
そして初戦。ナイジェリア戦の日を迎えた。スタメンは以下の通り。
GK1友成哲也
DF17結木千裕
DF4小野寺英一
DF5大森優作
DF18吉原裕也
MF3内海秀人
MF10小宮榮秦
MF16竹内俊也
MF7桐嶋和也
FW9剣崎龍一
FW11野口拓斗
日本代表はほぼ理想的な布陣。前線の剣崎や野口をターゲットに、両サイドを起点に攻撃を組み立てていく算段だ。
しかし、考えようというか、剣崎はどこかこのスタメンに懐かしさを感じていた。
「はは、なんかリーグ戦戦ってるみてえだなおい」
そう。この日のスタメンのうち、内海と小野寺以外はアガーラ和歌山の現旧チームメートである。互いを知っている安心感が、剣崎にはあった。
「同じ釜の飯食った連中と、ゴタゴタでヘトヘトのナイジェリアをぶっ潰して金メダル・・・はあ〜最っ高じゃねえか!うし!やってやっか!な、タク」
張り切った様子で剣崎は、2トップを組む野口と肩を組む。だが、野口の表情は、剣崎とは対照的だった。
「なんだおめえ。やけに顔が青くねえか?」
「逆にこっちが言いたいよ。お前、緊張とかないのか?やっぱり、こういう舞台って緊張するよ、何せ国を背負ってんだから」
「おいおい、責任感じすぎだって。もっと堂々としてろよ。な、小宮!」
野口を励ましながら、剣崎は小宮を見るが、小宮は小宮で周りの声が聞こえないぐらい気負っていた。戸惑いながら周りを見ると、多かれ少なかれ、日本代表の表情は固い。同じように緊張していないのは智成ぐらいだった。
「な~、こいつら大丈夫か?まるで自信なさげだぜ?」
「あるわけねえだろ、そんなもん」
ささやいてきた剣崎に、友成はバッサリと断じた。
「弱気の虫というよりは、『せっかくのチャンス。この試合に勝たなきゃいけない』って無駄に責任を・・いや、国の威信を背負ってんだ」
「国?背負って戦うのがオリンピックじゃねえのか?」
「足りねえ頭でそれ以上詮索するなバカ。てめえはいつもどおりにのんきに燃えてろ。・・・相当きつい試合になる」
最後の友成の言葉に、剣崎は眉を潜ませる。
そして試合は、友成の言うように、相当にきつい試合となった。
戦前、日本のマスコミはこのナイジェリア戦を「メダルへの千載一遇のチャンス」と、極端な話「買ったも同然」という報道一色だった。ナイジェリアが国内のごたごたで会場入りがキックオフ7時間前と、コンディション的に最悪の状態。万全とは言い切れないが、ある程度余裕を持った調整をしてきた日本に、確かに勝機はある。FIFAの世界ランキングでも日本よりも格が下ということも、その風潮に拍車をかけていた。
だが、試合は序盤からとにかく躓く。アフリカ人特有の全身のバネが生み出すスピードとパワー、さらに「ガス欠上等」と半ばやけくそ気味に飛ばしてきた勢いに、日本の守備陣が一方的に押し込まれてしまう。
「あっ」
「おいバカ!」
そこへ来て緊張で動きが重くて固い日本代表。致命的なミスが生まれるのは、ある意味必然である。
内海のバックパスが、ナイジェリアのFWに奪われ、簡単に友成との一対一。反応こそしたが、とっさの対応では止められず、ナイジェリアに先制点を献上したのであった。




