オリンピックの価値
「そうね。確かに、和歌山をひいきにしているかどうか。二者択一で言われれば、してるわね。でも、だからと言って何にもないわよ。あえていうなら、和歌山の感性が凄まじいってことね」
騒ぎが一段落したところで、叶宮監督は語りはじめた。
「これはスカウトの力量というか、クラブの方針によるところ大よね。貧乏なうえにクラブとしてのブランドもない。となると同じJクラブだけじゃなく大学にも歯がたたない。だから和歌山は『印象的な長所さえあれば獲る』『致命的であっても短所は目をつむる』という方向になったわけよ」
「しかし、話を聞いていると、そういうのは選手を獲得する上で、当たり前だと思いますが・・・」
「じゃああんた。シュートセンスはワールドクラスでも、ドリブルもリフティングもできないFW。あんたが監督だったら欲しい?」
「えっ?」
言葉につまった記者に構わず、叶宮監督は矢継ぎ早に質問をぶつける。
「セービング力が代表クラスに匹敵しても、サッカー経験の浅いキーパーとか、スピードとフィジカルに目を見張るものを持っていても170センチもないセンターバックとか、欲しい?」
記者が即答できないでいると、叶宮監督は一同を見渡してため息をついた。
「ね?一つでも目立つ欠点があると、どんなに長所が素晴らしくてもためらっちゃうでしょ?もし和歌山のような考えを持ったクラブがなかったら、剣崎や友成はそもそもプロになってない。その結果、渡や西谷はオリンピックに出れたわよ」
そこから叶宮監督は、一気に持論を展開した。
「日本って言うのはおかしな国でね。たったひとつの欠点だけを見てあらゆる才能を切り捨て、いざ使って失敗したとなれば、そういう選手を戦犯にする・・・。バレーにいい例があるでしょ?150センチのセッターを『背が低い』っていう理由で見捨て、抜擢した監督がオリンピックを逃すと『それみたことか』と選手を徹底して叩いた。だいたい欠点のない選手なんて存在しないのよ。欠点があるから長所があるってことを未だに気付いていない人間がほんっとに多すぎる。特にユースの段階でそういうわがままがまかり通りすぎ!!おかげでろくなFWに巡り合えなかった。経験がなによ。技術がなによ。そんなもんいくらでも後付け出来るわよ。野球のメジャーリーグでも、全員が全員野球しかしなかったわけじゃない。バスケやアメフトと畑違いから引き抜いてくることもあるじゃない。ましてやサッカーなんて、まともにボールを蹴れればどうにでもなるのよ?日本人の常識で選別してたら、日本がサッカーでメダルを取るなんて地球が滅んでも無理よ。特に育成年代のスカウトはその点を心底肝に銘じてほしいわね。和歌山にオリンピック代表を占拠されている事実をよ~く考えてね」
「あ、それと最後にね」
会見もたけなわ、叶宮監督は「出れなかった子に一言言っとかないと」と前置きし、選手たちへ叶宮流のエールを送った。
「オリンピックに出るって言うことはね。人より500円多く持ってるってぐらいでしかないの。A代表になるのに、五輪代表である必要ないわけだし、今日以降の振る舞いが大事なのよ。選ばれた方は慢心せず、落ちた方は気落ちせず、今後の選手生活を過ごしてもらいたいわね」
「オリンピックが500円か・・・」
記者会見から数日後。紀三井寺公園陸上競技場の選手入場口で、剣崎は自虐を言うようにつぶやく。
「せっかく選ばれても駄賃がワンコインじゃ、むしろ損した気分だぜ」
そうぼやく剣崎につられ、小松原も苦笑する。
「たしかに。でもイマドキ500円あれば結構何かできるぜ?外食とか特に」
「それに剣崎さ。へんな話だけど、メダルだってコイン一枚だろ?気楽に考えればいいってことじゃないか。どうせオリンピックに出たからと言ってA代表が約束されるわけじゃないしな」
竹内の言うことは、少々無理やりではあったがもっともだ。
「んじゃ、これで堂々と『オリンピック代表』の箔がついたんだ。その初陣にひと暴れしてやるぜ。なあ、みんな」
剣崎がそう言ったところで、選手たちはエスコートキッズとともにピッチに向かった。
晴れてオリンピック出場が決まった剣崎たちの相手は、今シーズン、未曽有の震災によって試練の日々を過ごす熊本であった。




