上から目線
ピーッ、ピー・・・
前半終了を告げるホイッスルが、紀三井寺陸上競技場のピッチに響いた。引き揚げる選手たちの表情は対照的で、和歌山の選手たちは意気揚々、逆に町田の選手たちは消沈していた。
特に降谷の表情は、周りから見てもわかるほどに敗北感に満ちていた。
(くそ。あれ以降全然剣崎を止められねえ・・・なんて様だよ、くそっ)
剣崎の追加点の後はスコアは動かず2−0だったが、和歌山がサイドの攻防で主導権を得、前線にボールが供給されるようになって以降、降谷が剣崎をマークできた時間は極端に減った。
「考えるんじゃねえ。感じろ」
剣崎の有言実行のゴールに必要以上に神経質になり、和歌山の選手がボールを持つたびに余計な考えが巡り、プレーの判断が遅れるようになった。さらに、コンビを組むパクをあっさりと振り切った小松原のポテンシャルが、町田の守備にくさびを打ち込み、前半のラスト10分だけで和歌山はシュート4本を打ち込むなど圧倒した。
ただ、町田の失速は、選手たちのメンタル的な要素も無視できない。もともとJ3からの昇格クラブである町田は、財政的にはお世辞にも恵まれているとはいえず、江川や降谷と言った才能豊かな若手選手の獲得は、あらゆる偶然が重なったうえで成り立つという状態だった。彼らの質が層の薄さをカバーしていたのだが、その頼みの綱が苦戦を強いられている様に、町田の選手たちに「今日はダメなのか?」とナーバスにさせていた。
「前半、各自それぞれ役目を果たしてくれて嬉しい。後半も、まずは江川を徹底的につぶせ。攻撃は積極的に前線に放り込んでいけ。向こうの守備に冷静になる時間を与えるなよ」
ロッカーでのミーティング。松本監督の指示を聞きながら竹内は小松原に話しかける。
「なあコマ。マツさんって、ああ見えて結構ドSだよな」
「ああ。相手に対して結構な。攻撃するって言うことは守るよりエネルギー使うのが普通だけど、ここの場合逆のこと多いよな」
その最中、松本監督は江口に釘を刺した。
「せっかくだから完封狙うぞ。『リードしているから大胆に行く』なんて考えはあるが、大胆と大ざっぱをはき違えるなよ、タイガ」
「めっちゃ俺をガン見して言いますね監督」
「当たり前だバーカ。てめえのせいで何試合完封を逃したと思ってるんだ?今日くらいは無失点をやってみろ。それが三流への第一歩だ」
「・・・俺今四流なんすか?」
友成の言葉に江口は肩を落とすが、友成の辞書に容赦の文字はない。
「ちげえよ、プロもどきだ。22にもなってたらい回しにされてるなんざただの厄介者だよ。まだ自覚ねえのかよ」
「友成よ、その辺で勘弁してやってくれや〜。まだまだガキなんだからよ」
ようやく仁科が助け船を出したが、江口の肩は落ちたままだった。
「ま、きついことを言うが、今日の町田を完封できないようじゃ、J1でのプレーは夢のまた夢だぞ、江口。江口に限らず、今日は完封を狙え。俺たちの傲慢でもなく、町田の戦力がうちよりも劣るのは事実だ。うちの強みである攻撃力だけじゃなく、守備力も友成頼みではないことを見せつけてやれ」
松本監督は、そう言って選手を送り出した。
後半、町田はFWを一枚増やしてきた。
「ボランチを削って小柄な出口か。どうやら江川を前に出しての2シャドーってとこだな」
「ロングボール合戦か、あるいはサイド攻撃の強化か・・・いずれにしろ、望むところだ」
宮脇コーチの予想に、松本監督は口元を緩めた。
町田の狙い目としては、セカンドボールの攻防で上回ることだろう。
しかし、これが町田にとって裏目に出る。切り札の2シャドーが、江口の餌食になったからだ。
「おおりぃやっ!」
「ぐお!」
ゴール前でのセットプレー、競り合いのこぼれ球に反応した江口は、出口を弾き飛ばしてボールを回収する。驚異的な出足の速さと身体のぶつけ方の上手さで、セカンドボールをことごとく回収。町田の攻撃を単発に止め続けた。
さらに反対側のゴール前でも・・・
「よこせやゴルァ!」
「ヒッ」
ボールを持ったパクに鬼の形相でプレスをかける剣崎。その迫力と速さに、パクのバックパスが雑なものになる。
「ば、バカ!ちゃんと見て蹴ってくれよ!」
慌てたキーパーは蹴り出そうとするが、焦りが焦りを呼んでこれもミスキック。拾った竹内がキーパーが前に出た上に重心も前がかりなのを見定め、左足で華麗なループシュートを放り込み、柔らかくネットを揺らした。
「抜け目ねえな、トシ!」
「俺だってストライカーさ」
そう言葉を交わし、剣崎と竹内が抱き合い、剣崎は満面の笑みで竹内の頭をくしゃくしゃにする。
そのやり取りを見ながら、降谷は立ち尽くしていた。
(こいつら・・・ほんとにすげえな。タレント軍団ってのは金だけじゃねえんだな)
反撃の手を打ってきた相手の鼻っ柱を、早々にへし折った竹内のゴール。試合はまだ40分以上を残していたが、もはや大勢は決した。松本監督は先手先手で交代カードを切り、竹内に代えて野添、小松原に代えて矢神、仁科に代えて米良と、フレッシュな選手を投じて町田の反撃の糸口をことごとく立つ。おまけに矢神が後半のアディショナルタイム直前にゴールを決めるなど、左うちわの試合展開で、あとは完封を飾るだけとなった。
だが、最後の最後、古巣への意地を見せる男が問屋を卸させなかった。
「でぇいっ!!」
目安の時間が過ぎ、あとは審判が笛を馴らすだけという状況でインターセプトした江川は、そのままドリブルで和歌山の選手たちを振り切る。
「やらすかよ!!」
ゴール前での一対一という状況にまで至り、友成がゴールをさせまいと間合いを一気に詰めてくる。江川は華麗なボールコントロールでそれをかわした。そして、がら空きのゴールにボールを流し込む。得点を認める笛に続いて、試合終了のホイッスルが鳴り響いた。
「最後はナイスゴールだったな。一仕事させたから、こっちの負けだな」
試合後の整列で、猪口は江川とすれ違う際に、そう声をかける。
「お前との勝負には勝ったが、チームの試合はハッキリ言って惨敗だ。意地にすらならないさ」
江川は自虐的に笑ってそう返した。
「まだ次はうちのホームでやる。その時は試合も勝負も勝たせてもらうさ」
「じゃあ、今度こそ抑えて、町田のホームでお前に赤っ恥をかかせようか」
二人はそう言葉をかけあった。
こうして町田との戦いに勝利した和歌山は順位を逆転させたのであった。




