第〇話
「あらあらまぁまぁ! 歪な魂がまた来たと思ったら見知った顔じゃなぁい!」
ゆらゆらと水面を揺らしたように揺蕩う淡い光を放つ水晶を前に、声を出してくるりと回る影一つ。
脚の長さも足りていない程の色素が薄い長い髪を、本が散らかる床に垂らして、艶かしい口調で更に笑う。
「凶魔ちゃんの次は不死身ちゃん! なんて良い厄日なのかしらん!」
これ以上の嬉しさはないとばかりに、影は水晶を抱きかかえ、はうぅっと白い息を吹きかけた。温度差で表面が白く曇る。
くるんっくるんっ 空中で幾度も回る影。その足は、最初から一度たりとも床に触れようとはしない。
長い長い髪は忙しなくぴょんぴょん跳ね、楽しさに輝かせる瞳を見せたり隠したり。まるで子供の様に。
影は今一度高く回ると、思い出した様に声を上げた。
「そうだそうだ! 歓迎しなくちゃね! どーせあの子ったら来てくれないんだもの! こっちから迎えに行ってしまいましょう!!」
ゴトンッ 水晶を元の位置に戻して逆さまに覗き込む。
中では、ふわふわ漂う霧に映し出された一人の少年が、誰かと話ながら動いている。
赤髪に赤い瞳、片方だけ長い鬢髪と目立つ巨剣。何年経っても変えないスタイルに、見間違いはない。
影は、体の半分ほどの大きさのツバを持つ尖った帽子を其処らから取って被り、枝切れのように細い棒を手に取る。もう片方には派手にキラキラと輝く頭蓋が二つ。
「あーてさてん! 散々馬鹿にしてくれたあの子にお仕置きタァーイムっ! そしてあわよくば人体解剖させてくれないっかなぁ~?」
擬音で表せば、るんるんっ と言える高テンションで再三の回転。もう足元に垂れる髪が絡まっていることなど、言わずもがな。それすらも忘れる機嫌の良さで、一本の箒を取った。
「やっぱり、これがなきゃ本職じゃないわね!」
そしてそれに跨り、やはり宙に浮く。どうあっても地面に足を着けたくないようだ。
一通りの準備が終わったのか、最後に水晶を持ち上げ、殆ど丸見えな両太腿の間に挟むように置く。淡く光るそれの光が少し増し、愉しく笑う影の、基、女性の顔が照らされた。
瞳の中央に、薄らと文字が浮かぶ赤と緑のオッドアイ。パチリと瞬かれたその双眼は、再び覗き込んだ水晶を見て、驚いたように見開かれた。
「あら、律儀にまだ巫女ちゃん連れて歩いてるのねぇ。しかも一人増えてるし!!」
羨ましい! 一人でいいから、いえ半分でもいいからその子欲しい!! 誰もいない狭い部屋で、女は器用に箒の上でジタバタと足を振り上げる。まるで、本当に子供だ。
一頻り暴れると、ようやく気が収まったのか、女はふわりと高度を上げた。
「もうっ! こうなったら『とっておき』の魔法をプレゼントしてあげちゃうんだから!」
頬を可愛らしく膨らませて、棒先をまるで絵でも描くみたいに動かす。すると、滲みでる様に光が一つの円図を作り始めた。幾つもの難解な文字や数式が空中に浮かぶ。
其れは、物によって更に狭められてしまった部屋に収まらない以上の大きさへと広がり、壁・床。天井を摺り抜けて、そして同時に溶けて消えてしまった。――否、空気と混じりあった。
「臓器の一つや二つくらい良いわよねぇ、不死身ちゃん」
艶の良い唇を細く伸ばして釣り上げる。見事な鋭角の笑に、赤と緑の目は笑っていなかった。
辛うじて見える板で塞がれた窓の向こうには、曇天が紫に集まる。




