18話 助けに来たぬいぐるみ?
「ステラ!」
ぽんっと音が鳴るのと同時に視界に煙が充満する。
その中から現れたのはウィル様だった。
「ウィル様……!?」
「大丈夫かステラ!?」
床に落ちる直前の私を手で受け止めたウィル様が心配そうに覗き込んでくる。
どうしてここにウィル様が?
まだウィル様は遠征に行っているはずじゃ……というか、なんでウィル様がぬいぐるみに? ああもう何が何だかわからなくなってきた。
「きゃあああ!? 何なの? 離してちょうだい!!」
「貴様ら……! ジェレミーの手の者か!?」
マリア様の悲鳴とレナルド殿下の声が聞こえて階段の方を見ると、どやどやと騎士達が突入してきていた。すでにマリア様は拘束されているしレナルド殿下も追い詰められていた。
「くっ……」
「レナルド殿下、ステラ・ハーディング伯爵令嬢誘拐の件でお話を聞かせてもらいましょうか」
最後に階段を下りてきたのは副団長のブラッド様だった。
ギリリと彼を睨んだレナルド様が何かを口に入れる。
「あ、それは!」
「まさか変身薬を……!?」
私が牢屋の中に落とした変身薬!
ウィル様が咄嗟に立ち上がって手を伸ばしたけれど間に合わなかった。
ぽんっと音を立てて煙の中から今度は黒いウサギのぬいぐるみが現れた。レナルド殿下が変身した姿だ。
「な、なんだ!?」
「小さいぞ!」
「逃げた!!」
狭い牢の中をちょこまかと騎士達の足元をすりぬけてレナルド殿下が逃げていく。捕まっていたマリア様が声を上げた。
「レ、レナルド様ぁ!」
「うるさい! お前などもう用なしだ!」
うわ酷い。
私を捕まえるために利用したんだ。青い顔をしたマリア様その場にへたり込む。レナルド殿下はそのまま逃亡するつもりだったのだろう。
けれど石造りの階段を数段上ったところで最後にやってきた人物にむぎゅっと掴まれてしまった。
「ジェレミー……!」
「やあ兄さん。なんだか少し見ないうちにずいぶん小さくなったみたいだね」
そこにいたのはジェレミー殿下だった。
温和な表情でじっとぬいぐるみになったレナルド殿下を見つめている。
その目はまったく笑っていなかった。
いつだったか誰かに聞いたことがある。
この世で一番怒らせてはいけないのは普段全然怒らない人なのだと……。
「離せジェレミー! お、俺は何も悪くない」
じたばたとジェレミー殿下の手の中で暴れるレナルド殿下はちょっと滑稽で哀れだった。
冷たい目でそれを見下ろしていたジェレミー殿下が周囲を見渡した。
「ステラ・ハーディング伯爵令嬢誘拐の容疑でレナルド・ラザフォード王子とマリア・アドキンス伯爵令嬢を連行しろ。現行犯だ」
「はっ」
ばたばたと騎士様達が一斉に動き出す。
私はその様子をウィル様の手の中でぽかんとしながら眺めていた。
指揮をしてたブラッド様がこちらへやって来る。
少し戸惑った様子でウィル様の手の中の私を見つめた。
「……ステラ嬢だな? 怪我はないか」
「は、はい」
「そうか、怖い思いをしただろう。後で話を聞かねばならないが、とりあえず元の姿に戻るまでウィルといなさい」
「ありがとうございます……」
弟の婚約者がぬいぐるみの姿になっているというのに優しい言葉をかけて気遣ってくれるなんてこの人も人格者だな……。ブラッド様はウィル様の肩に手を置くとジェレミー殿下と共に牢を出て行った。
そして残されたのは私達だけになった。
その途端、ぽんと音がしてあたりに煙が充満した。
「わ!? ……元に戻った。あ、ウィル様すみません。心配かけ……て!?」
「ああもう!」
薬の効果が切れて元に戻ったかと思ったらウィル様に抱きしめられた。
え……ええ!?
突然のことに硬直しているとウィル様のため息が聞こえてきた。
「どこも怪我してないか? 何もされてない?」
「だい、じょうぶ、です」
「……良かった。本当に心配した。俺のせいでごめん」
「そんな! ウィル様のせいじゃありません」
「いや、レナルド殿下が不満を溜めているのは知ってたのに油断してた俺のせいだ。ごめん、セオドアにも殴られた」
「ええー!?」
兄様なんてことを。
そういえばセオドア兄様はさっきの隊にはいなかった。
「だ、だだ大丈夫ですか? そういえば兄は」
「なんともない。セオドアは第一王子派の調査に行ってるんだ。君を攫ったのもそいつらの仕業だろうから」
「そうだったんですね……」
私をぎゅううと抱きしめたままぽんぽんと頭を撫でるウィル様。牢屋の中は寒いけれどウィル様に包まれていると温かくてようやく気持ちがほっとして落ち着いてきた。
「……そういえばどうしてウィル様があの姿に?」
「ああ、あれステラが初めてぬいぐるみになって俺の家に来た日に、ブローチと一緒に一粒落としていったやつだよ」
ウィル様の屋敷にぬいぐるみになって連れ帰られた日、いつも着けているブローチと一粒薬を抱えていた。そういえばあの薬無くなってた……!? 今の今まで気がつかなかった。
「あの薬がどういう物なのかあの時点ではわからなかったからさ。一応俺が預かっていたんだ。そのまま返しそびれてて……」
少し気まずそうにウィル様は苦笑した。
「ここ城の北にある塔の地下牢なんだよ。ちょうど入口に鉄格子の窓がついてて、ぬいぐるみの姿になって通り抜けたんだ」
「それで皆の前でぬいぐるみの姿に? なんて無茶を……」
万が一、小さな身体でいたらレナルド殿下に捕まってたかもしれないのに。
思わず眉を顰めたら、ウィル様はむすっとした顔をした。
「無茶したのはステラだろう? どうしてレナルドに言い返したりしたんだ」
「え!? あ、あれ聞いてたんですか」
「聞こえてたよ。いつ突入するか機会を伺ってたんだ」
うわあ、恥ずかしい!
ウィル様を悪く言われて思わず言い返してしまったけど本人に聞こえていたなんて。
顔が滅茶苦茶熱い。きっと茹蛸みたいになってる。
「俺の秘密を黙っていてくれてありがとう。だけどそんなこと君の身に比べればどうでもいいことなんだ。だからもう二度と無茶はしないでくれ」
「ウィル様……」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられて私はもう押しつぶされそうだった。
でも、なんだかそれが嬉しくてウィル様の背に手をまわした。
「ステラー! 無事か!?」
「に、兄様!?」
大きな声と階段を駆け降りる騒々しい音が聞こえて私とウィル様は弾かれたように距離を取った。牢の中に飛び込んできたのは予想通りセオドア兄様だった。
がばっと私に抱きつく。
「怪我はないか! 本当に肝を冷やしたぞ!」
「うん、心配かけてごめんなさい。セオドア兄様」
わあわあ騒ぐセオドア兄様の背をぽんぽんと叩いて眺めながらちらりと視線をウィル様に向けた。少し頬の赤いウィル様と目が合って二人でこっそりと笑い合い……。
「す、ステラ!?」
「大丈夫か!」
「あ、安心したら気が抜けちゃったみたいで……」
緊張の糸が切れたみたいでそのまま私は腰を抜かしてへたり込んでしまったのだった。
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