3-3.罠
「くっそ、ムカつく。あの上から目線親父!!
魔族の餌にしてやりたい。」
「まあまあ、待つんだ。たしかに腹は立つが
この件は慎重に進めないとこじれるぞ。
とりあえず、一度帝都に戻って対策を練った方がいいな。
どうも本気で魔族領に出兵するみたいだし。」
おれは怒り狂うアリーをなだめつつ、視線をネリーに向ける。
「ネリー、どうした?」
「あ、うん。帝都の緊張感に比べて、ここの人たちの緊張感のなさに驚いてるんだよ。
もう東側の国は全て魔族に落とされて、帝都も近く陥落するかもしれない状況で、
みんな普通に生活してる。そこにすごく違和感を感じるんだ。」
「たしかにな。先日の最上位魔族の襲撃で帝都は一度は魔族側に蹂躙されたわけだし、
もう少し緊張感があってもいいよな。一体どういうことなんだろうな?」
「僕はあまり素直な人間じゃないからいろいろ考えちゃうんだ。まさかだと思うけどね。
変な方向に話が進まなければ良いなと思う。」
「そう・・だな。」
おれはネリーの歯切れの悪さに少し疑問を感じたが、帝都からの旅と先の長官との顔合わせで
みんな疲れていたので、明日の帝都に向けた出発のため早めに寝ることにした。
連合軍本営、そこは人間側の最後の砦であり、魔族という危険からもっとも離れた平和な街である。
夜の繁華街には、きらきらと魅惑的な光を四方にはなつ魔鉱石があちこちに配置され、
独特の街並みが形成されている。そんな平和の砦はその夜、大きな爆発音に始まる事件により
地上から姿を消すことになる・・・・。
「警戒!!警戒!!戦闘要員へ伝達、ニルスの森より司令魔族襲撃、繰り返す!
ニルスの森より司令魔族襲撃。第二次戦闘態勢をとれ、遊撃班は現地へ出陣。」
けたたましく鳴りひびく警戒鐘の音が街を支配する。突然の出来事に人々は驚き、
戦士たちも戸惑いを隠せない様子だった。
その夜、突然にニルスの森へ司令魔族ルベルがあらわれ、連合軍本営へ遠距離攻撃を
仕掛けてきたのだ。本営は混乱を極め、兵のほぼ8割に及ぶ主力部隊を森に派遣した。
そして、その判断は大きな誤りであったことがのちに判明する。
「ねえ!デレ目!どういう状況なの?ニルスの森にどうして司令魔族がでるの!?
帝都は落とされたの!?」
冷静さを失うアリー、なにか考え込むネリーとともにおれは遊撃班の一員として森に出陣した。
本営からニルスの森までは魔道車を使えば30分ほどの距離だ。
遊撃班は先行部隊、応援部隊、後攻部隊に分かれて出陣した。
応援部隊として出陣した俺たちが森に着く頃には、凄惨な光景が広がっていた。
豊かに木々を蓄えていた森には炎が広がり、あちこちに魔族や人間の死体が転がっていた。
しかし、悪い状況ではないようだ。
さすがは本営お抱えの戦士だけあり、統率の取れた戦いで戦線後方においては、
人間側有利に戦いが行われていた。
一方、前線のルベルが陣取る領域では人間側は手も足も出ない状況だった。
「くっ、異形の存在め。魔法も斬撃も効かんというのか。」
「あなたたちはよく戦いました。
人という非力な存在では我ら魔族には叶わない。安らかに眠りなさい。」
ルベルはそう語りかけると、長い爪を空に向けてかかげた。
次の瞬間、バケツをひっくり返したように空から大量の雨粒が降り始める。
「雨、、、なのか?なんだ・・!?体が・・・動かない。」
「人の子よ、禁術に謳われる石化の雨です。
水滴に触れた時点であなたたちはもう助からないのです。
まもなく訪れる死を静かに待ちなさい。」
主力部隊の2割にのぼる兵士がこの一撃で命を落とした。
俺たちは三人で攻撃、防御、補助・回復を行いながら、
なんとかルベルが陣取る前線にたどり着いた。
「灰色の雨か、、、。噂には聞いていたが、これほどだとはな。
アリー、ネリー、やつが腕を空に向けたら、すぐに結界魔法を使うんだ。
絶対に空から落ちてくる雨粒には触れるんじゃない。」
「灰色の雨、噂には聞いてたけど魔族はそんな広域魔法を使えるんだね。」
その言葉を受けて、ルベルは底の見えない漆黒の瞳をネリーに向け、言い放つ。
「人の子よ、我らは至高の存在である。
その中でも選ばれたものだけが我のように自然現象すら歪める力を得るのだ。
魔族であれば何者でもこの技が使えるわけではない。」
「それはたいそうな力なんだな。
それで、てめぇら、いったいどこから湧いてきやがった?」
「簡単なこと、『ゲート』を利用したのですよ?」
「ゲート・・・だと?」
ゲートとは物理的に離れた2つの拠点を空間的に接続する技術の総称だ。
「でも、あれはガルベンシアが落ちた時、失われた技術のはず・・。」
「いえ、あの国の要人が逃げ延びるために一部のゲートは残されていたのです。
我々は我先にとゲートへ急ぐあの国の貴族を捕まえてゲートの場所を吐かせたのですよ。」
「なるほど、リネス、謎が解けたよ。ニルスの森には北方の魔族が頻繁に出現していたよね?
あいつらはゲートを通ってこの国に入ってきてたんだ。」
「ちくしょー、そういうことかよ。」
「魔族のくせに少しばかり頭を使ったみたいね。だけど、その作戦もここであたしたちに
あんたが討たれることで失敗に終わるわ。」
合点が行ったという感じでアリーは正眼に剣を構える。
「しかし、人の子よ。あなたたちはこんなところで遊んでいても大丈夫なのですか?」
「はっ?何言ってやがる。」
「私がこの程度の騒ぎを起こすためだけにゲートを通って
森にきたと?そんなことありえませんよ。
ふむ、そろそろ準備ができたみたいですね。」
俺は奴の瞳に浮かぶ勝ち誇ったような笑みを捉えて、背筋が凍りつくような感覚を覚えた。
背後で大音量の爆音が聞こえたのはその時だった。
「次はなんだ!?後方ってことは本営か?」
「ご名答ですね。私は囮です。あなたたち兵隊をできるだけこちらに引きつけて、最小被害で
あの都市を落とすためのね?さぁ、早く戻らねばあなたたちの
最後の砦は簡単に陥落してしまいますよ?配下よ、任は解かれた。撤退する。」
ルベルの言葉を受けて兵士に牙を向けていた魔族が一斉に撤退を始めた。
ルベルは一度振り返り、俺たちに挑むような笑みを向けて宣言する。
「人の子の勇者よ、我は君たちが時間迷宮と呼ぶ場所で待つ。
我が憎く打ち果たしたいと思うなら万全の状態でそこへ来なさい。」
そして、まるで吹き抜ける風のようにルベルは去って行った。
後方の土地、本営全体が真っ赤な火に包まれる様を、
その場に居合わせた誰もが悪い夢であってほしいと願いつつ眺めることしかできなかった。
「デレ目!!しっかりしなさい。
こんなとこでぼーっとしてるわけには行かないわ。ムカつく奴らばかりだけど、
まだ戦ってる人がいるなら加勢に行かないと!」
「あ、ああ。わかった。まさかゲートとはな・・・。くそっ、魔族どもめ!!」
苦虫をかみつぶしたような気分を味わいつつ、俺たちは本営に向けて駆け出した。
そのころ、本営外周壁の隠し扉が音もなく開けられた。
殺戮と混沌がうずまく街中とは隔離されたその場所で人影が2つ揺れていた。
1人はノイド長官、もう1人はその腹心の部下であるロディス副長官である。
「はぁ、ロディスよ。危ないところであった。まさか、魔族がここまで攻めて来ようとは。」
「ええ、悲しいことではありますがここにいる人間は私をのぞいて皆死ぬ運命のようですね。」
「貴様、何を言っている?」
「長官、魔族がこうも手際よく本営を落とせたこと不思議に思いませんでしたか?
いや、あなたの貧弱な脳みそでは想像もできませんでしょうな。」
そして、ロディスは不気味に高笑いする。
「ま・・まさか、諜報部が先日報告を上げた魔族への内通者というのは・・・。」
「はい、私でございます。」
ロディスは口角を釣り上げて、ニタニタと笑みを浮かべる。
そして、彼らは言い争いをはじめる。
数分後には片方の人間の腹に深々とナイフが突き刺さり、命朽ち果てていた。
走り去る人影、その腕には鈍く光る十字架が抱えられていた。
のちに、人間側の秘宝とされたルピの十字架と呼ばれる古代文明の叡智に
つながる宝具が失われたことが知れ渡る。
その後、本営にかけ付けた人々を待っていたのは焼き尽くされ、
破壊し尽くされたかっての本営の残骸だった。
守るべき町、守るべき家族を全て失った人々の喪失感は想像を超えていた。
あるものは天を仰ぎ、あるものは家族の亡骸を抱えて必死に呼びかけた、
またあるものは希望を失い武器も持たずに魔族の残党に突進し命を散らせた。
やがて、暴力と火がおさまったその都市に残されたものは
希望を失った人々となんの役にも立たない武器だけだった。
兵士の6割にのぼる損失、食糧生産農場の破壊、かっての本営の姿は失われ、
栄光の残骸がむなしく残された。
また、負けた。何も守れない自分たちは非力で無力だと人々は嘆いた。
アリーもネリーもおれ自身も魔族の圧倒的な力の前に為すすべもなかった。
のちに人々はこの事件を終焉の一夜と呼んだ。
この一件を期に人々の中には魔族に降伏すべきではないかという声がで始めた。
地上に残された人間の砦は期せずして帝都のみになったのである。




