3-2.ニルムの森と人間の最後の砦
魔道車は荒れ果てた荒野をギシギシといびつな音を立てて走り抜ける。
帝都周辺は砂漠か荒野しかない。
だから、退屈な景色がいつまでも続くのだが、運転席の俺を除いて楽しそうだ。
その理由は、アリーが持って来たカードゲームにある。
異なる模様の12枚のカードが4セットあり、それらをシャッフルして混ぜ合わせる。
そして、カードの束から一番上のカードを引き、
手元に残すか相手の任意のカードと取り替えるかし、
この作業を交互に繰り返し役という組み合わせをつくる単調なゲームだ。
だが、誰かとゲームに興じるというのはなかなかに楽しいものらしく、
先ほどからネリーとアリーの楽しそうな声が聞こえて来て羨ましい。
「こらっ!よそ見しない。デレ目はちゃんと運転しなさい。」
「デレ目ゆーなて。お前ら、楽しそうだな。
おれなんて変わり映えしない景色を見ながら、
もう1時間も運転してるんだぞ?」
「じゃあ、僕が変わろうか?リネス。」
「ほんとか!助かるよ、ネリー。」
そして、休憩を挟んで運転をネリーに任せたおれは
アリーとゲームに興じることになる。
「まさかあんたとカードゲームに興じる日が来るとはね。運命って残酷だわぁ。」
「心配すんな。森までだから一本勝負だよ。」
「森?あぁ、ニルムのね。あそこは魔族がよく出るものね。」
「そーゆうこと。」
おれのカードからドラゴンの模様を引いた時のアリーのニンマリ顔から、
どうやらドラゴンのカードを集めているらしいことを
知ったおれは戦略を立ててみることにした。
アリーがドラゴンのカードを引きそうになると笑顔になり、
それ以外だと悔しげな表情を見せるという技を5回に一度ほど使ってみた。
これが相当効くようでアリーは眼光鋭くおれを威嚇してくるのだった。
もちろん言うまでもなくおれの勝利に終わったわけだが、
負けず嫌いの女というのは面白いがなかなか大変だなと感じる。
彼女は素直なところもある一方で、感情が表に出やすいタイプだ。
これから迎う連合軍本営はそんなアリーには少し厳しい場所かもしれない。
おれはそっとアリーを御する決意を固めたのであった。
やがて、ニルムの森についたおれたちはネリーが運転、
おれが徒歩で周辺警戒、アリーが魔法による車両の不可視化
という役割で森を進み始めた。
ニルムには、弱いが大量の最下位魔族が潜んでいる。
なぜ、人間側の領土にこんなにも魔族がいるのか
分からないが警戒を抜くと命を奪われる。それがこの美しい森の裏の顔だ。
ときたま襲ってくる魔族を倒しながら、おれたちは森の中腹まで到達した。
「みんな、この泉で休もう。ここなら魔族は襲ってこない。」
「そうなの?結界みたいな魔法陣が書いてあるし、これが守ってくれるのかな?」
泉を囲うように等間隔で魔法陣が配置されたここは、
魔除けの泉とよばれ、本営に向かう人々の憩いの場となっている。
透明な泉の水は帝都でも重宝されており、非常に軽く、飲み心地が良い。
おれたちは戦いで失った体力と水分を回復するため、
泉の淵に腰掛けてしばらく談笑していた。
「ぼくね、魔族のことを見てて気付いたんだけど、
この森に出る魔族は北の旧ルイド領の最下位魔族に似てる気がするんだ。
リネスはどう思う?」
「言われてみれば確かに、あのあたりでマルウスとか
よばれてるのに似てるな。だけど変な話だよな、
あいつらは寒い地域にしか出現しないはずなのに。」
おれはこの時のネリーの小さな発見について
もっとよく考えるべきだったとのちに気づくこととなる。
森を無事に抜けたおれたちは、本営に到着した。
本営、そこは大陸中から集められた腕の立つ戦士や貴族、商人、聖職者が
住まう場所だ。魔族との最前線からもっとも遠く安全な土地とされている。
華美な装飾が施された窓、煉瓦造りの二階建ての建物、宝石や質の良さそうな
生地の服を着た男や女たち。
こんな連中のために最前線で命をかけてるのかと思うと
バカバカしくなりそうだった。
「あー、もうなんだっての。ここの連中、
私たちの姿を見て、くすくす笑うなんて許せないわ。」
アリーがイライラを爆発させ、周りの「貴族の令嬢です」と
言わんばかりに着飾った女たちにガンを飛ばす。
「ここの人たちは泥臭いこととは無縁の人たちだからね。
前線で働く人間のことはあまり分かってないんだよ。」
なだめるネリーもあまりいい気分ではないようだ。
「ささっと長官に会おうぜ。そんで要件を済ませてしまおう。」
「そうね。早く、こんな胸糞悪いところから帰りましょう。」
「あ、あの、、、それはそうとみんなはお腹すいてないかな?」
ネリーはお腹が空いて倒れそうな様子だった。
そこで俺たちは近くの酒場で先に食事を済ませることにした。
本営の酒場は、おれたちがイメージする酒場とは大きく異なっていた。
お偉方というのは、プライベートな個室というものを好むようだ。
やたらと分厚い仕切りで区切られた空間に詰め込まれて、
やたらと高い肉や酒が出てくる。
食べ盛りのネリーはテンションが上がっていたが、
おれやアリーには少し量が多かった。
「魔族と戦ってる前線とはまったく違うもんだな。」
おれが誰にともなく呟くとネリーが応じる。
「そうだね。ここは王や貴族、その従者が
住んでるから待遇が前線とは天と地の差なんだよ。」
「まずい保存食ばかりで、戦況次第じゃ泥水だって
すするような前線の連中からしたらあんまりだろ?」
「ひどいと思うなら1日でも早く戦争を終わらせることよ。
ここは来たるべき魔族との決戦に向けて、
国中から兵士が集められているみたいだしね。」
アリーは吐き捨てるように言い放つ。
「おれたちは何のために戦うんだろうなぁ。」
連合軍本営基地は、煉瓦塀で二重に囲われた場所に建っていた。
魔族には煉瓦塀などなんの意味も持たないのだが、
本営の人間はこんなところに金を使って、
最前線のジリ貧の現状が分かっているのだろうか?
応接室に案内されたおれたちは、ふかふかのソファに腰掛けて、
居心地の悪さを感じていた。
しばらくすると銀細工で装飾された扉を開けて、ノイド長官が現れた。
「やぁ、君たち。遠路はるばるよく来たね。
私がノイドだ。」
「よろしくお願いします。長官。
わたしたちは帝都から参りました伝達員です。指令への返答のため参りました。」
「うむ、もちろん進軍に参加するのであるな?
それでは1週間後に魔族領土への侵攻を開始する。」
おれは自分の耳を疑った。
「いや、待ってください!おれはまだ返事について何も言っていません。」
「返事はイエスに決まっているのだよ。
帝国のような荒地の衰退国家に本営の指令を断ることなど、許されない。」
長官は窓の外を眺めながら、誰にともなく呟く。
「本営には本営のメンツがあるのだ。
少しの犠牲でそれが守られ、人間側の士気が高まるのであれば、
それが最善策なのだよ。
いま、我々が崩壊すれば、人々はまとまりを失い、
魔族にあっという間に滅ぼされてしまう。これが最善策なのだよ。」
「いえ、申し訳ありませんが今回の指令は承れません。
我々の国は領土を守る戦力すらことかいています。
その状況で何百人という兵士を出せと言わせれても対応できません。」
おれの言葉に長官は眉間にしわを寄せて、怒鳴るように吐き捨てる。
「貴様ら、我々の戦略のおかげで生き延びられている連中が
生意気な口を聞いてただで済むと思うな!
指令は絶対だ、必ず出兵してもらう。
いますぐ荒地に帰り、貴様らの主に伝えよ。」
アリーが殴りかかりそうになる気配を感じおれはそっと制する。
「わかりました。一度、持ち帰らせていただきます。」
本営基地を出た俺たちは、今日泊まる宿屋に向かった。
隣で殺気を放つアリーが恐ろしく、おれは無言で空を眺めた。




